説明
「おう、おかえり」
「ただいま。いい匂いね」
イートにつくといい香りが鼻とお腹を刺激する。
そういえば私サリーナさんから貰ったパンしか食べてなかった。
インディングさんがこの店は肉料理がメインだといっていたけど、4人席のテーブルに並べられていたのは真っ白くて温かそうなシチューだった。
大きな肉や野菜がゴロゴロとシチューに使っており、とても美味しそう。
そしてテーブルの真ん中にロールパンが籠に置かれていた。
ロールパンは近くのパン屋さんのもので、私に食べさせたのもそのお店のパンだ。
店主同士親友と言えるほど仲が良く、インディングさんのお店でもその人のパンを取り扱っていて、要するに贔屓にしているらしい。
ちなみにインディングさんの料理とコラボもして、パン屋さんで売られているらしい。
後でパンを調達する時にでも教えてやるっていってたから、お金貯めたら後で買って食べてみようと思う。
(すごいおいしそう!)
「アレンもきっと腹減ってると思ってな。少し早いが晩飯にしよう」
「ごめんねアレン。気が利かなくて」
インディングさんの言葉にハッとしたサリーナさんが申し訳なさそうに肩を落としたため、私は慌てて首を振った。
「いえ!あのパンとてもおいしかったです!ありがとうございますサリーナさん。
インディングさんも、ありがとうございます」
「ちゃんと食べてないと動けねーからな」
冷める前に食べろとインディングさんから促されたところで、私もサリーナさんも席に着いて、スプーンを手に取る。
「どうだ?」
「美味しいです!」
とてもよく煮込まれているのがわかるほど野菜もお肉も柔らかくて、本当に美味しくて、これは人気が出るのもわかると思ったから、素直に感想を述べると、そうだろうとインディングさんも大きく頷いた。
あっという間に半分程の量をぺろりと食べ終えてしまったところで、パンに手を伸ばす。
するとサリーナさんとインディングさんが驚きに目を見開いていた。
「アレン?」
「…どうした?」
パンを手にしたまま首を傾げると、インディングさんが手を伸ばして私の頬を拭う。
離れていくインディングさんの手が濡れていて、私は自分が泣いていることに気付いた。
「あれ……、なんでだろう、私…」
パンに手を伸ばしかけた手で、目元を拭う。
止めどなく流れ落ちる涙は、どんどん手を濡らした。
ご飯も美味しくて、二人に出会えたことがとても嬉しくて。
それに“一人じゃない”みんなで食卓を囲んで、幸せを感じて、今幸せな筈なのに。
絶対に悲しくないはずなのに、泣いていることを自覚した瞬間、胸がとても締め付けられるように痛くなった。
なんで、なんでと疑問を口にしながら涙を拭う。
「アレンは覚えてないけど、辛かったのね」
席から立ちあがったサリーナさんが私のところまできて、ぎゅっと頭を抱き込んだ。
「これからは私たちがいるからね。安心して」
何故自分が泣いているのか、理由がわからなかった。
でも泣いている私を少し辛そうに、でも微笑みを向ける2人に胸がギュって締め付けられながら、嬉しいと思う気持ちが広がると更に涙がでた。
泣いている時間は長くはなかったけど、落ち着きを取り戻し始めた頃を見計らってサリーナさんが席につく。
ちなみに席はサリーナさんとインディングさんが並んで座り、私はインディングさんの前に座っている状態だ。
「説明しようと思ったけど、明日の方がいいわよね?」
「いえ、大丈夫です。すみません、教えてください」
それでなくても、わからないことが多いだけで2人に迷惑がかかるかもしれないのだ。
無知程怖いものはない。
「アレンはどこまで覚えているのかしら?」
「どこまで…?」
「アレンって食べる時に、…えっ“イターギマス”だったかしら?そういってから食べてたわよね?
私達にはそういう習慣がないから、きっと無意識に習慣付けられていることが出ていると思うのよ。
それにアク?というのも私は初めて知ったわ。
でも魔法玉を買いに行ってた時は、日没に関しても、町の様子もまるで知らなかったみたいだし…だから、どれぐらいのことを覚えているのかしらと思ってね」
食べながら聞いてね、という言葉に甘えて、手にしていたパンをちぎって口に運ぶ。
「ここはイヴェールという地域で、王都に最も近くて一番大きな町よ。
でも近いといっても人が歩いたら丸一日以上はかかるから、外壁の外を歩いていたアレンは気付かなかったと思うわ」
「はい」
確かに見えなかったから、素直に頷くとくすりと笑われる。
「魔法玉を買いに行ったとき、私が言った“期”というのは魔物が狂暴化する時期を表しているのよ」
「ま、魔物…」
(出会った時サリーナさんがいってた言葉聞き間違いじゃなかったんだ…)
思わず口元がひきつってしまうがしょうがない。
しかも狂暴化だなんて、恐ろしすぎるよ。
「ええ、…どうやら魔物は知っているようね」
知っているというより“見た”というべきか…。
「魔物はね人を襲う怖い生き物よ。
魔物がどこから生まれるとかはわかってないんだけど、…私たちが知ってるのは魔物は暗いところを好むらしくてね。
森の浅いところならそこまでじゃないけど、…森の奥は整備が難しいから陽の光があまり当たらなくて、森の奥には魔物がうじゃうじゃいるといわれているのよ。
だから、日中は森の奥から出てこないからいいのだけど、陽が暮れはじめたら森から出てきて、そこらへんをうろつき始めるから、一人で外壁の外には出ちゃだめよ?
この町にいれば騎士様達が町に近づく魔物を退治してくれるし、それにここは外壁に守られて安心だから」
森、魔物ときいて、昨日森の中で見たあのへんな生き物の事を思い出してぞわりとする。
大丈夫です。
あんな目にあいたくないから、私絶対一人で出たくありません。
コクコクと頷いて見せると、サリーナさんも安心したように息をつく。
「基本的に1日の始まりは太陽で判断するんだけれど、時間で言うと1日は30時間くらいかしらね?
1週間は7日あって、5週で1月。1年は8か月あるの。
そして暦のほかに、1期2期3期があってね、太陽できまるのよ」
「太陽?」
「ええ。大体3月と半分くらいで1期と2期が終わって、3期が1月ほどの短い期間なんだけど…正確に判断するには暦ではなくて太陽で判断するのよ。
2期の今は太陽が明るく照らしていたでしょ?
だから日中外壁の外に出ても魔物は殆ど出てこれないから安心だけど、でもそのかわり陽が暮れるのが早いのよ」
食事中だけどサリーナさんが席から立ちあがって、入り口にかけられていたカーテンを開けると、確かに他の店から漏れている明かりはあったけれど、すごく暗かった。
まるで月の光がないような、真っ暗な闇が広がっていた。
「反対に魔物がそれほど狂暴化しない1期の間は、太陽が完全に沈まない代わりに、照らす明かりが弱弱しくなってね、日中でも森から魔物が出てくるのよ。
あ、でも太陽が沈まないおかげで、外は夜でも今よりも明るし、壁の中なら人も家の外に出るから、店の営業時間も伸ばせて、売り上げがあがるわ」
席に戻ったサリーナさんは、パンをちぎってシチューに絡めて食べる。
なるほど。
たしかにそうやって食べれば食器に余分な汚れが残らないし、それに美味しいインディングさんの料理を余すことなく食べられるので、私もマネしてパンをちぎった。
「じゃあ今の夜は誰も外にでないってことですか?」
「そうね。例え壁に守られてても、私たちみたいな平民だと出ないわ」
「出ているのは、騎士だけだな」
町を守ることも騎士の仕事で、夜通し見回りをしているらしい。
壁内も壁外も。
安全の為に見回ってくれる騎士たちに感謝だね。
「そして3期は、2期ほどではないけれど日中は明るいし、夜には小さな太陽が静かに照らしてくれるわ。
昼間は2期が安全安心だけど、1日のトータルで考えると3期が一番穏やかね」
あとは何かしらね…。と顔を見合わせる2人を眺めながら、少し疑問に思ったことを質問する。
「あの…町の中は安全って言ってましたけど、夜は町の中真っ暗ですよね?
魔物がいきなり出てきたりしないんですか?」
「私たちに知らされてないだけなのかわからないけど、魔物がどうやって生まれるのか不明なの。
だけど町の中からいきなり魔物が生まれたことは今まで一度もなかったわ」
「…じゃあ、騎士の方たちが夜も見回ってくれているといってましたけど、街灯は設置してないんです?」
「街灯は王都や壁がない小さな村だけなの。普通の火だと風が吹いただけで消えてしまうから、街灯を付ける場合には魔法が必要になるのよ。
王都には魔術団がいるから魔力も保たれているけれど、壁に守られているような大きな町には必要な魔力量が足りなくて街灯を設置することが難しいのよ」
こんな説明で大丈夫かしら?と尋ねるサリーナさんに頷く。
ちなみに一滴も残さずに綺麗に食べたお皿はなんともいえない達成感だ。
2人のお皿も確認すると、既に綺麗になにもなかったから私のお皿の上に重ねて、厨房へと持っていった。
お皿は3人とも綺麗に食べ終えたから油汚れも然程なく、渡されていたタオルに残しておいた灰をつけて皿を洗う。
ちなみに厨房にもシャワー室と同じように水を溜めているタンクがあり、そこから水を使わせてもらった。
火はどうしようもないが、料理中水が必要になる場面は多くあるから、使うたびにサリーナさんに頼んでられない為、厨房にも設置しているとのこと。
お皿とフォークを洗い終えると、てっきりサリーナさんとお話ししていると思っていたから、後ろにインディングさんが立っていて少し怖かったのは内緒だ。
「灰で綺麗になるんなんだな」
「はい。消臭効果もあるので臭いがこびりつきやすい料理とかにいいと思います」
「あっちはなにに使うんだ?」
と指さした先にあるのは抽出中の灰汁。
「灰汁はアルカリ性が強いので、汚れが酷くこびりついた食器とか調理器具ですかね?」
本当は油も欲しいけど、それは言わないでおいた。
作った記憶がないから成功するかわからないし、いつか自分で油とか買ってこっそり作ってみようと思ったのだ。
「どう?」
「ああすごいぞ!灰であそこまで綺麗になるなんて思わなかったからな!
これなら明日からアレンに任せておいても安心だし、例え残っていてもあれだけ簡単に落とせるのならずいぶん楽になるな」
それは楽しみねとかなんとか話す二人も早々に切り上げて、「明日はアレンの初デビューなんだから、今日はシャワーを浴びて早く寝ましょうか」と1階の明かりを消し、みんなで2階に上がる。
シャワー室のタンク補充はどんな感じで行われるのかを見させてもらうと、サリーナさんが水の球を作って、インディングさんが周りを火で覆って温めるという、2人の共同作業だった。
水は思っていた以上に早く熱湯になって大した時間はかからなかった。
お湯をバケツとかタライとかで何度も運ぶのかと思っていたから、魔法はやっぱり便利なんだなと再確認した。
私は、サリーナさん曰く結構乱雑に切られた髪の毛を整えるために、一番最後にシャワーを使うことになった。
インディングさんの髪の毛も切っているみたいで、楽しそうにハサミを動かしていたサリーナさんはご機嫌だった。
切った髪の毛を集めたサリーナさんは「ちゃんと手に髪の毛がつかなくなるまで、ちゃんとお湯を浴びるのよ」と言葉を残しシャワー室から出ていく。
意外にもお湯の温度もさがってなくて、とてもほかほかした状態でベッドにもぐりこむ。
魔法玉の使い方を教わってなかったから、光っている魔法球にオロオロしてしまったけど、部屋にやってきたサリーナさんに教えて貰って、明かりを消すことが出来た。
誰にでも使いやすい仕様で安心だね。
魔法玉を担当している魔術師さん、本当にありがとうございます。
あとサリーナさん、私は一人で寝れるから、大丈夫だからね。
泣いているところばかり見せてしまったからか、心配そうな表情だったけど、本当に大丈夫だから。
だから私が寝るまで扉の隙間から覗かなくても大丈夫だからね。
心配してくれてありがとう。
おやすみなさい。
そうして一日が終わった。