初めての魔法に触れる
ボロボロと泣いてしまった私に、サリーナさんはあらあらといって抱きしめる。
インディングさんも「ちゃんと目冷やせよ」と言いながら頭をなで、暫くして落ち着いた私の目を覆うようにサリーナさんが手のひらを当てた。
泣いてしまって熱を持っている目に、サリーナさんの手はとてもヒヤリしていて気持ちいい。
が
(冷たすぎるんじゃないか?)
まるで氷でもあてられているような冷たさだ。
こんな冷たかったら、サリーナさんの手が凍傷になってしまうのではと不安になる。
「あ、あのサリーナさん…」
焦る私になんでもなさげに首を傾げるサリーナさんは言った。
「冷たすぎたかしら?」
「アレンが凍っちまったらどうすんだよ。ちゃんと布を凍らせて渡せ」
「あら!私精密な操作なら得意なのよ?失敗するわけないじゃない」
2人から飛び交う言葉が、訳が分からずただ眺める。
(なに言ってんのか…わからない…)
「そういえば、アレンの属性を聞いてなかったわね。私は水で、インディングは火よ。
騎士様のように訓練はしていないから、どちらも日常生活レベルだけどね」
(属性?水、火?)
さっぱりわからないと表情に出ていたのか、サリーナさんは首を傾げた後もしかしてと声をあげる。
「そうよね、記憶を失ってるものね」
ごめんなさいね。と一言謝ってから属性とはなにか、そして軽くこの国と町の事を教えてくれた。
最初に、この大陸には3つの大きな国が存在している。
それぞれ、人、獣人、亜人と分かれ、ここは人間が住むアルバラド国だという事。
アルバラド国は4つの地域が王都を囲むように位置し、ここは王都の東側に位置しているイヴェール地域の最大の町であるイヴェール町_地域内一番の規模の町の為に地域名をそのまま付けられている_というところらしい。
他に王都の西側にオエスト地域、南にドゥード地域、北にノールデン地域があると名前だけ教えてもらいつつ、聞いたことはあるかと問われ首を振る。
サリーナさん達は苦笑しつつ、私を慰めながら、次に魔法属性について教えてくれた。
魔法属性とは魔法の種類で、火、水、雷、風、光、地があり、最低でも一つは持っているものらしいが、光の中でも聖魔法だけは王族のみに受け継がれる属性らしい。
サリーナさんは水属性で、水を生み出したり、凍らせたりできるそうで、インディングさんは火属性で、火を生み出せるらしい。
しかし二人とも訓練をしたわけではない為、大規模な魔法は生み出せない。
例えばサリーナさんの魔法は小さな火ならば消火できるが、大きな炎になると魔力が足りず生み出せる水も限界があり、消すことはできないのだそうだ。
だからこの店が_周りも木製の建物じゃない為ないとは思うが_もし火事になって炎につつまれてしまっても、魔力の少ないサリーナさんにはどうすることもできない、ということ。
ちなみに魔法や魔力について教えて貰った時に、サリーナさんとインディングさんにはレインという息子がいることを聞いた。
歳は10歳。
身長や体格差はあるが、私の受け答えも考慮すると同じくらいの年じゃないかとインディングさんが言っていた。
今年見習い騎士に昇格し、王都で精進しているということ。
サリーナさん曰く、騎士への憧れが強く鍛錬ばかりしていたそうで、お店の手伝いはしていなかったと愚痴のようにいっていた。
それでも本人の努力が実り、見習い騎士として認められたのだから大したものだと、インディングさんが嬉しそうに褒めていた。
どういうことかというと、魔術師も騎士も国を守る為に、例え見習いでも防護や戦闘を考慮しているため、合格ラインはかなり高く設定しているらしい。
その防護力や戦闘能力に大きく影響するのが魔力量で、魔力量が大きくないと見習いであっても合格することは出来ないのだ。
魔力量は、筋肉を鍛えるように努力次第で量が増えるものらしいが、僅か10歳を迎えたときに見習いとして適性を判断される。
大抵の平民の子供は、身分に関係なくなれる魔術師や騎士を志すが、属性判明時のおよそ5歳から10歳までの間に、魔力量の増幅に加え、魔法の使用能力(精密な調整)を上げなくては見習いにもなることは出来ないのだ。
それでも魔術師や騎士が人気なのは、身分に関係なくなれる他に、受講費用は王宮が負担していることが挙げられる。
魔術師を講師として、町では教会、村では草原の下という所謂青空教室で、10歳未満を対象に講座を開かれているのだ。
しかも魔法については勿論、一般的な教養も取り入れている為、殆どの家庭の子供が講座に参加し(または親に参加させられる)そのまま騎士、もしくは魔術師を目指すようになる。
見習いとして合格し、そのまま5年真面目に取り組めば、確実に魔術師への道が開けるのだという。
ちなみにレイン君が目指している騎士は肉体も鍛えなければいけなく、更に狭き門らしい。
簡単に言うと魔術師相手に剣一本で勝てるのが騎士だ。
かなり凄いよね。
魔術師と騎士について簡単に説明してもらっている間に”魔法玉”という言葉が出てきたのでそれもどういうものなのか聞いた。
人は生まれながらにしてもっている属性以外は使えないらしく、それを補うものが魔法玉だ。
火属性の魔力玉を使えば、火の魔法を使えないサリーナさんも魔法球に魔力を流すだけで、火を生み出すことができるようになる。
魔法の規模は個人で持っている魔力量に頼ることになるが、とても画期的だと感じた。
だが、そんな便利なものでも欠点をあげるのならば、消耗品だということ。
例えば火属性の魔法玉は、それ以外の属性魔力を流してしまうと徐々に属性が薄れてしまうらしく、永久的に使えるものではない。
また魔法玉に属性魔力を練りこむのも大量な魔力に加え、精密な魔法操作が必要で、魔術師や騎士以外には無理だということ。
だから魔法玉を購入したら、属性が消えた後購入店舗を通じて返却する。
返却した魔法玉には、魔術師の人たちが属性を補充するのだ。
ちなみに飲食業を営むサリーナさんとインディングさんは、火と水の属性なので、あまり魔法玉に頼ることはないという。
頼っても風属性の魔法玉で店の中の空気循環くらいだそうだ。
属性の話に戻すが、大抵の人は感情の起伏が激しい幼少期に発現し、その際にどのような魔法だったかで自分の属性を知るらしい。
サリーナさんも幼少期の頃、喉が乾いたと思った時に水を生み出すことが出来たことで、自分が水属性とわかったらしい。
これはかなり平和的な発現の仕方らしい。
属性によっては、人に火傷をおわせてしまったり、するどい鎌鼬で傷を負わせてしまうからだ。
だが自分の属性に気付かない人の例として、まず属性を複数持つ者があげられる。
複数の属性はいっぺんに現れるわけではなく、時間をあけて発現するらしく、自分はこの属性だという先入観から気付かない場合が多いらしい。
また魔力量が低かったり、属性によって気付かないケースもあるのだそうだ。
そういう人たちの為に魔術団と騎士団は、複数持ちの可能性を見る為に、魔道具を使って確認する為に隊に1つは持っているらしい。
そして一般人は王都の教会に置かれている魔道具を使用する。
「じゃあ私も王都に行けばわかるの?」
「ええ、王都にある属性感知器を使えば、アレンもなんの属性を持っているか、どれぐらいの魔力量があるか確認できると思うわ」
サリーナさんの言葉に、なんだか心が躍るような楽しい気分になり笑顔になる。
記憶がなくなる前にはきっと私も使っていたかもしれないが、それでもすごくワクワクする気持ちが湧き出してくるのだ。
「喜んでるところ悪いが、属性の確認は後でも構わないか?」
「あら、どうして?」
「今のアレンに保証人がいないからだ。別に教会の感知器使う分には問題はねーが…王都は貴族が多いからな。
そこで問題に巻き込まれてしまったら、まだ家族になってない俺たちじゃなにもできねぇ」
インディングさんの言葉に、それもそうねとサリーナさんが頷いている。
「それに貴族の子供ならともかく、平民の子供ならそんなに大事にはならねーだろう」
インディングさんの言葉に首を捻ると、貴族と平民の子供では魔力量の差があるらしい。
騎士になっている平民が多いのに、何故平民の子供の魔力量は低いのかと問うと、魔力は血で大体が決まってしまう為、元々魔力量が低かった人の子供は、生まれた当初も魔力量も低いのだそうだ。
要は努力しろということ。
だから自分の属性を知らない幼少期は、無意識的に魔法を使ってしまっても、貴族でない以上魔力量が少なければ大きな被害にはならないだろうとインディングさんは判断したのだ。
また私の髪や目の色が茶色であることから地の属性だろうと推測し、攻撃的な属性ではないことも延期の判断材料としていた。
「アレンはそれでも大丈夫?」
「はい!大丈夫です!」
魔法と聞いて胸が高まる気持ちはあるが、一生使えないことはないし、少し怖い気もするが、サリーナさん達のように何かの拍子で発動することもあるだろうから、なにがなんでも王宮に行きすぐに確認したいわけではない。
なにより私にはここで働くという事が一番の優先事項。
役に立たねばという気持ちが強い。
「じゃあ、まずはお店の説明ね」
とサリーナさんが説明してくれたのは、店内のことだった。
カウンターは左から順にカウンター1番から5番の番号が振られている。
テーブル席は、厨房に近い席から順にテーブル1番から4番。
掃除は床が壁と同じく木材じゃないから、サリーナさんの魔法で水を撒いてブラシで擦る。
ちなみにこの国の気温は比較的暖かく、また湿度も低いようで、過ごしやすいし、水も乾きやすい。
一応寒気の季節はあるから、その時期はから拭きが必要だが、今の時期はいらないのだそうだ。
ので、ある程度水気を取ればおしまいらしいから、そこまで重労働ではないと感じる。
お客さんとのお金のやり取りについては後々仕事に慣れてから教えてくれるということで、今度はインディングさんのところにいく。
基本的にインディングさんが料理を作って、サリーナさんがお客さんへ運ぶというスタイルだということで、私にはサリーナさんと一緒にお客さんに料理を運ぶということと、あと食器洗いを任せたいということだった。
タオルである程度の汚れを落としてお湯につけておいてはいるらしいが、どうにも食器洗いまで手が回らないらしい。
しかもこの店というより男性の割合が多いこの町では、肉料理をメインとして扱っている為油汚れがこれまた厄介で、インディングさんもサリーナさんも食器洗いはお店がすいた時間帯か閉店後にやっていたらしく、気が付いたら食器の量も増えていて、閉店した際にはこんもりと洗わなければいけない食器が山積みになっているそうだ。
軌道にのってきていると聞いてはいたが、食器洗いにまで手が回らないほどとは思わなかった。
ほらよ、と食器洗いに使っているタオルを受け取る。
「あの…洗剤はどこですか?」
「…洗剤…ああ、悪いな、ここにはねーんだ」
へ?