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無償の愛  作者: あお
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その優しさが嬉しい



ぺろぺろと生暖かい何かが頬を舐めている感覚に、私の意識は浮上した。


「ぅ…」


うっすらと目を開けると、白くて小さくてふわふわした動物が私の頬を必死に舐めている。


(この子は……)


短い耳をみてなんだか違和感を覚えてしまうが、私はこの動物をみたことがあった。


なんだっけ…、ああ…そうだ。

兎だ。


白いふわふわの毛で、ぴょんぴょん飛び回って、月と雪がよく似合う。


「大じょ、ぅグッ!!、…ッ、…ハァハァ」


声を出そうとしたところで、肋部分に激痛が走る。

思わず抑えようとして動かした腕にも激痛が走り、私は指1本も動かせない状態だと悟った。

そんな私の様子に一度はビクリと身を引いたウサギだったが、動かない私の様子に再び近寄りすり寄る。


(私が気を失っていた時もこうして、心配してくれていたのかな…)


そうだったら、嬉しいな。

私が怪我しても、今までこうして心配して傍にいてくれる人なんて、たまに会うおじさん以外いなかったから。


だからそんな存在が嬉しくて、心が温かくなる。

そして首のリンパ腺の辺りがムズムズしていくと、次第に目に涙が溜まってくる。

遂にはあふれ出して、どんどん流れ落ちる涙に、気付いたウサギが傷じゃなくて涙を拭うように舐めた。


(この子に伝えたい)


ありがとうって、心配してくれてありがとうって。

君がいてくれて、嬉しいよって感謝の気持ちを伝えたい。


でも、伝えられない。


自身の現状から、声を出すことも、体を動かすことも不可能だからだ。

激痛から骨の何本かは折れていることがわかっているし、呼吸もヒューヒューと音が鳴り、もしかしたら肺が傷ついているのかもしれない。


ここまでひどかったことは今まで一度もなかったが、それでも経験上ただじっと体を動かさないでいれば、いつものように痛みも徐々に落ち着くことは知っていた。


(いつもそうしてた…、そして痛みが引いた頃には夜になって、そしていつも通り私はあの公園にいって……あれ?)


“いつもそうしてた”ってなんで?


私はよくケガをする子だったのだろうか?


原因を思い出そうとすると、何か変な感じがした。

スーっと記憶がなくなっているような、そんな感じ。


(…、どうでもいっか…)


ふとそう思った。


思い出せなくなる恐怖なんてなかった。


記憶に執着なんて、ないと感じたから。


思い出せないならそれでいい。


ウサギの舌触りに集中するように、私は目を閉じる。


(…痛みが和らいだら…この子にありがとうって伝えたいなあ)


どうか目が覚めても傍にいてと、叶いそうにない願いを祈りながら、私の意識は遠ざかった。















次に目を覚ました時には、私は森の外にいた。


「え!?なんで?」


一指も動かせる状態ではなかった体で森を抜け出すなんてありえない。

だが飛び跳ねるように起きた私の体は、どこも痛くなく、そして軽かった。

森の中を駆け抜けている間の傷や、滑り落ちたときの体を動かせないような大怪我を負っていたのに、今はその痛みも傷口も跡形もなく消えていたのだ。


「どう、なってるの…?」


不思議に思いつつも、辺りを見渡すとくるぶし程の背丈の草原がひろがっていて、ところどころ土が見えている。

お日様はちょうど真上にあるからきっと今はお昼近いのだろう。

草の上は柔らかいし、なにも無ければ日向ぼっこに最適な環境だ。


だけれど、何故自分がここにいるのかが全くわかっていない為、そんな暢気なことは出来ないし、なにか情報を得なくてはいけないだろう。

そして一番の問題として、さっきから空腹に耐えかねて悲鳴を上げ続けているこのお腹だ。

ぐーぐーうるさいお腹をさすり、なにか食べ物をともう一度見渡すと、視界に入る森。


「………っ」


森をみただけであの時の恐怖が背中を走ってぶるりと体が震える。


すぐさま森での食料調達の案は捨て去り、大きめのズボンの裾で足を覆った。

何が起こったのか全くわからないながらも、折角綺麗な状態の肌にまたすぐに傷をつけることは回避したい。

靴がないから応急処置的なことしかできないけれども、それでも服がクッションになり痛みを和らげることができた。

そうして森とは逆方向を、地面を見て危ないものが落ちていないか確認しながら歩く。

空腹を訴えるお腹をさすったり、無意味に息を止めたり、とにかく何かごまかしながら歩いていたが、限界が来たのだろう、次第に頭がぼうとしてくる。


(考えたら、昨日の夜からなにも食べてない…)


そもそも昨日のお昼だって何を食べたのか思い出せないのだ。

もしかしたらお昼から食べてないのかもしれない。


お腹と背中がくっつきそうだと思いながら、足を止めて空を見上げる。

綺麗な青空に、白い雲が浮かんでいた。

たまに吹く風が心地いい。

私を照らしてくれる日差しが、元気を与えてくれるような気がした。


ふと何か音が聞こえた。


閉じていた目を開いて、辺りを見渡すと荷馬車…だろうか?遠くて良く見えないが、向かって左から右上に移動している。

追いつけないとはわかっていながらも、必死で走った。

あの馬車が向かう先には、私の目指す目的地がある気がしたのだ。


森で彷徨っていた時よりも走った気がする。

整備されていない森よりも、平らな草原は凄く走りやすかったからそう思えたかもしれないけど。


次第に、見えていた馬車が通ったと思われる道が見えた。

その道につくと、既に馬車は見えなくなっていたが、道なりに進めば、きっとどこかの町にたどり着くだろうと走っていた足を徒歩に切り替える。

でも、決してのろのろとは歩かなかった。

そのまま歩き進めると、やっと遠くに高い壁に囲まれた町?いやもしかして国だろうか…が見えた。

遠くで雰囲気はわからないながらも、とりあえず当てのなかった状況から一変して目指す目標が見つかり安堵するが、辺りはもう陽が傾き始めている。


早くしないと夜になるから、私は目標に向かって再び走ったのだった。








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