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無償の愛  作者: あお
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知らない場所と、見たこともない生き物

聖女の話を楽しみにしてくださっていた方申し訳ございません。

先に書き上げたこちらのお話を投稿させていただきます。

楽しんでいただけると嬉しいです。


「ん…」


意識が浮上した私は目をうっすらと開けた。

飛び込んできた景色は草ばかりで、陽の光さえも遮る程の茂みの中だった。

顔に纏わりつく草に不快感を覚えながら、何故こんな草むらの中で寝ていたのかと記憶が曖昧な中、地面に手をついてゆっくりと起き上がると、ズキンと走る頭痛とあちこち悲鳴をあげる体に苦笑した。

傷を確認することはしない。

どうせ、“いつものように”腫れや内出血等の外傷を確認することはないのだから。


私は子供の頃から怪我の治りが異常なまでに早かった。

傷を負うと他の人と比べて早くに塞がるし、どす黒い色の内出血は消えるように肌色に戻る。

ただ、痛覚は脳への信号であるために、見た目上傷が治っていたとしても、暫く痛みは感じるのだ。


とりあえず少しでも状況を把握するために辺りを見渡す。


だが


「え…どこ…、ここ…」


思わず独り言のように呟いてしまうが、無理もなかった。


だって、人の手が入ってないような程の荒れた森の中だったのだから。




【無償の愛】




周りが見えないほどの暗闇ではないから、今は夜ではないのだろう。

だが、陽の光は生い茂る木々から僅かしか差しこんでいない為、周りは非常に薄暗く、しかも湿度も高いのかジメジメとしていた。

若干の息苦しさに眉をしかめると、ふと【ぐえーぐえー】と、苦しんでいるのか、それともただの鳴き声なのかよくわからない声が上の方から聞こえてきたため、びくりと跳ねた体を落ち着かせる。

私はその声の主を探そうと恐る恐る上空を見上げ、そして改めて木の大きさに目を疑った。

どこまで続いているのだと驚愕してしまうほど大きな木に、上を見上げたまま近寄ると腕を広げても足らないほどの幹の太さだった。

そして更に目を疑った。

上空を大きい数羽の鳥が飛び交っているのだ。


「なに…あの大きな鳥…みたことない…」


見たことないといっても、殆どの鳥や動物たちを本で知ったから、もしかすると世界中探せば見つけることが出来るかもしれない。

それでも、ここまで色鮮やかで、首が長く、嘴も足も大きい鳥は生きていた人生の中で見たことがなかった。

飛んでいるからどれぐらい大きいかなんてわからないが、もしかしたら150cm手前の私の身長よりも遥かに大きいかもしれない。


(…なんてね、ダチョウだって飛ばないんだから)


実際にダチョウをみたことはないが、それでも飛ぶことが出来ない鳥がいることは知っている。

地上で争う必要がなくなった動物たちは、昔とは姿を変え、今では体重が重い大きな鳥は自らの羽で飛ぶことができない。


まだ目が覚めて間もない事から、寝ぼけて遠近感が掴めずにいるのだろうと結論付けた私は、ほぼ真上を見上げていた為に痛みを感じた首を手で抑えるようにしながら視線を戻すと、うねうねと動く虫たちが視界に入り思わず眉をしかめた。

さすがに騒ぐほどではないが、あいにく昆虫にときめきを感じるほど純粋な子供心は持ち合わせていない。


(自然って落ち着くけど、こういうのみちゃうとなぁ…)


虫から目を逸らして、少しよろけながらも立ち上がる。

見てしまったからには、地べたに座ったままの状態に虫唾が走ってもぞもぞするからだ。


「…?…」


立つことで視界が広がった私に何か”嫌なもの”が見えた気がした。


不思議に思いながら視界に入ったモノを探すと、私を警戒しているのか、それともタイミングを狙っているのか、人の腿ほどまで伸びた草むらに身を隠しながらこちらを伺う動物…のような生き物が草から見え隠れしていた。


思わずごくりと唾を飲み込む。


ライオンや熊のような動物は自然の森では怖いと恐れられているが、動物園だと人気者だ。

そんな意味のかわいらしい動物ではなく、妖怪といえばいいのか、いや、オカルトやファンタジーゲームが好きならば”魔物”や”化け物”と言えば伝わりやすいだろうか。

とにかく、毛むくじゃらな体は人間のように草に身を隠し、そして私を遠目から眺めていたのだ。


幸いにも私とは距離があるために、あの恐ろしい風貌を隅々まで細かくみることはない。

隅々まではっきりと見てしまったらきっと夢に出てきて、毎晩のようにうなされてしまうだろう。


アレは人間とは相いれない生き物だ。

人間を襲い、捕食するだろう。


そう私は感じた。


理由なんてない。ただの直観だった。


そんな現実ではみたことのない、いや、遭遇する事などけっしてない生物が、離れた場所からじっと私から目をそらさずに見ている。

その現実に、ドクドクと心臓が飛び出しそうなほどに脈を打ち始め、汗が背中を伝う。

ハッハッと知らない生き物への恐怖からか、酸素がうまく取り込めなく息が浅くなる。


ガサッ


「っ!」


これは私が動いてなった音ではない。


虫も違う。


明らかに私を遠くから見ていたあの生物の周りの草が動いたと分かった瞬間、私は瞬時に駆け出した。


同時にソレらも動き出す。


後ろから聞こえてくる葉の擦れる音が一つではないことから、複数いることがわかった。

整備されていない森は、木の枝も、鶴も、草も、私の行く手を阻むように邪魔をする。

追ってくるアレから逃げることだけしか考えられない私は、とにかく阻んでくる草木を必死で振り払い、脚を動かした。

枝が私の皮膚を、枯れ木や石が足を傷つけても、痛みを感じる余裕もなかった。


それほど必死だった。

恐怖だった。

怖くて、怖くて、溜まらなくて、がくがくと震える唇を噛みしめて、それでも私はひたすら走った。










ハッハッと浅い呼吸を繰り返し、疲れで脇腹が痛くなり始めた頃、感じていなかった痛みが全身に走る。


後ろから追いかけてくる音が聞こえなくなった事に気付き、私は私自身に余裕ができたことを察して少しだけ安堵した。

でも余裕が出来るということは、逃げることだけに頭を使っていた時と反し、様々なことを考えてしまう。


_このまま闇雲に走って、もし逃げている方向にもアレがいたら?_


_こんな深い森で、他の肉食獣にも出会ったら?_


どちらにしても待っているのは死だった。

あんなに早く動いていた足が、次第に鈍くなり、遂には動きが止まる。


(このまま逃げても結局は死んじゃう…?)


自身の体を見下ろすと、引っ掛かった枝により服が破れ、破けた服から覗く肌は血が流れている。


「痛い…」


一番ひどかったのは、靴も履いていない足が傷だらけになり、血だらけという悲惨な状態になっていたことだ。

傷はすぐ治る。

でも、決して痛くないわけではない。


(なんで、どうして…、私ばかりこんな目に合うの…)


じわりと涙がうかぶ。


思い出すのは暴力を振るう親の姿だ。

実の母親が言っていた。

“れいぷ”という卑劣な行動から出来た子供が私。

そんな非道な出来事があったという事実を、私を見るたびに突きつけられるのだと、毎日のようにそういわれていた。

母の気分がいい時は屋根や壁がある家で寝ることが出来たけれど、機嫌が悪い時は容赦なく暴力を振るわれ、暴言を吐かれ、そして追い出された。


(あ、でも悪いことばかりじゃなかったな…)


家を追い出されたある日の私は行く当てもなく彷徨った。

お風呂も満足に入れなかった私は不潔だと周りの子に遠ざけられ、そして暴力的な親がいることから関わることを拒絶されていたから、頼る友達もいなかった。

そんな私を受け入れてくれたのは、公園にいたおじさんだった。


『話し相手になってくれるかい?』


そういって、幸せな一時を与えてくれた。

暖かいお風呂と、温かいシチューは今でも鮮明に思い出せる。

だけど、私は拒否した。

拒否して、それでもおじさんと会う事だけは無くしたくなくて、おじさんに沢山会いに行った。

役に立ちそうなことは勿論、おじさんの失敗話や夢の話、私が学校でわからないことがあると「みせてくれるかい?」って言って教えてくれた。

この人が私の親ならよかったのにと思うくらい、優しくしてくれたおじさんのことを思い出した。


風がふく。

冷たい風が体にあたり、そして草木がざわつくように音を鳴らし、私は現実に戻る。


こんな状態の体でも一刻も早くこの森から出なければ、また狙われるかもしれない。


_でもどうやって?方向もわからないのに、どうやって抜け出す?_


かなり走っていたが、それでも景色は大して変わらなかったのだ。

いつまでも続く景色に絶望が生まれる。


「…嫌…怖い、怖いよ…」


遂に薄暗かった森が闇色に染まる。


こんな暗かったら、どこを歩けばいいのかもわからなくなる。

今こうして生きていられるのは、あの生き物たちが私より足が遅かったからか、それとも私を諦めてくれたかしただけなのだ。

もしも暗闇の中夜目が利かずに歩き、自ら進んでアレらのもとに飛び込んでしまうことになったら…

最悪の事を想像して身がぶるりと震える。

考えを振り切るよう思いっきり頭を振ったところに、セミ程の大きさの虫が羽の音を鳴らしながら、飛んでくる気がした。


咄嗟に避ける為に身を大きく傾けると、疲労と貧血で眩暈を起こした私は、そのまま体勢を崩し、急な傾斜だった道を滑り落ちたのだった。


「きゃぁああぁあああああああ!!!」











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