パンダと竹、ムー大陸動物園にて。
にぎやかな遊園地「ムー大陸動物園」。
青空の下、子供たちはきぐるみを取り囲む。パンダのきぐるみのほうは、愛らしく手を振った。
もう一つは竹のきぐるみだった。まっすぐな筒状の体は動きづらそうで、歩くのが精一杯というありさまだった。
「ここ、ムー大陸動物園では、さまざまな動物キャラや自然キャラとのふれあいが楽しめます」
「遊園地なのに名前は動物園かよ。いろいろややこしすぎだろ。しかもムー大陸て、何のつもりだよ。」
あたりにはキリンやラクダ、怪しい著作権侵害を思わせるキャラクター、宇宙生物かなにかを思わせるキャラクター、さらになぜか樹木や鉱物類を模したきぐるみたちが闊歩していた。テーマゾーンとされた区切りは檻を模した、というか檻そのもので、動物園というかサファリパークのような遊園地だった。
余計ややこしい。
「パンダさん、竹食べてー」
言われたまま、パンダきぐるみは竹のきぐるみに襲いかかる。馬乗りになって殴るマネ。竹きぐるみが動かなくなると、肉食獣のようにかぶりつく。
「わー、かわいー!」
「竹じゃなくて、本来は笹……どころじゃないぞ。どこまでツッコミどころ満載なんだここは」
突っ込み疲れた様子のお客さんを尻目に、やがてきぐるみたちは音楽が流れるとともにバックヤードへ掃けた。
「ふう、つかれたね、パンダさん」
「そうだな、笹……じゃなくて、竹さん」
二人はきぐるみの頭を取って笑いあった。パンダの方は渋い強面の男子高校生が、竹のほうはひょうきんそうな愛敬ある成人男性が入っていた。
「あとでラーメン食べに行きます?」と竹のほう。
「そうですね、行きますか」とパンダのほう。
パンダと竹の中の人たちは、笑いながらバックヤードで着替えた。
渋い強面の男子高校生は、汚い学生カバンと竹刀の入った荷物を担いで出てきた。愛敬ある成人男性は、年齢不詳のポップな服装。まるでテレビタレントか舞台上の俳優のようだった。
「繁田さん、」と、ポップな男性。
「なんですか、笹野さん」と強面の高校生。
「やっぱりまず、銭湯行きますか。汗かいちゃったし。」
「そうですか、じゃあそのあとはラーメンですね。ニンニクマシマシアブラカラメ。」
「……まあ、まずは行きましょう。」
ムー大陸動物園の内部にある銭湯「ムーの湯」。
ここは昔ながらの銭湯そのままで、テーマパーク内でなければ今時珍しいというレベルではない。ここがまだただの寂れた街中だったころ、まとめて国が町おこし感覚で支援し、いつしか本格的なテーマパークとなってしまった。それもこれもあの怪しいマスコット「ムーくん」が異様に人気を得てしまったのが始まりだった。黄色い体、まん丸な耳、顔は無垢そのもの。丸い赤の頬の模様。
それは人気になるのは仕方ない、といえるデザインだった。
「ムーの湯」内部のあらゆる備品が「ムーくん」の顔入りだ。浴場にも巨大な「ムーくん」のタイルアートがあるが、古い銭湯ファンの反対にあい、それはもともと女湯だけだった。そこで男女で浴場を日により入れ替えはじめたが、今日は男湯には雄大な青富士があった。
笹野と繁田は銭湯から出ると、すぐにラーメン屋へ。八十三郎系ラーメンという名前で有名なそのチェーン店も、容赦なく例のカオステーマパークは取り込み、一部としていた。
「繁田くんはよく食べるね。」
「伸び盛りですから。」
「でも、ヒジキマシマシでトッピング50倍券を使うのはどうなの。君だけだったよ、正直」
「伸び盛りですから、髪も。」
「そっか。」
笹野は自分の前髪を見た。白髪混じりの前髪を梳いて、ため息。
「笹野さんて、いくつなんですか。」
「56」
「……知りませんでした。」
「頭を下げなくていいよ。」
気まずい空気の中、二人は帰路につこうとした。
しかし、そこへ「ムーパレード」が通りがかった。
「動物園の仲間が大集結!今日はカレーフェスだから、カレーの仲間たちもいるよ!」
にんじん、じゃかいも、玉ねぎ、なすにれんこん。
さまざまな野菜のきぐるみが、あちこちの旧商店型のバックヤードから湧いて出てくる。
ネギにサバ、キャベツにとろろ芋。こんにゃくに、豆腐……。
「今日はカレーフェスでしたね。カレーたべませんか。」
「まだ食べれるの?カレーフェスかあ……って、あれは」
笹野は絶句した。かき氷カレーと名のついたものが、屋台を出している。
「あ、あれ空いてますよ、ちょっと買ってきます」
嬉しそうに繁田はかき氷カレーを買いに行く。
笹野は呆然としながらかき氷カレーを口に運ぶ。
「水っぽいし冷たいし……辛いし。」
「美味しいっすね。笹野さん」
繁田は嬉しそうに完食。笹野は繁田に半分あげた。
「もうぼくは年だから、胃腸的にきついかな……あげるよ、繁田くん。」
それを一礼して繁田は受け取ったのち、それにシロップを追加した。
カレーシロップは甘辛い。また、ちょっと薬っぽくもあった。
パレードが進むにつれ、日暮れも進む。
ライトアップがあちこちを照らし、笹野は歓声を上げた。
「きれいだね、今日はもうほかのきぐるみたちは休みかな」
「いえ、イルミネーションきぐるみパレードがまだありますよ」
「光るんだ、そっか。」
プリン、ヤシの木、アザラシ、カニ、著作権侵害未遂、あんころもち、著作権侵害未遂、梅干し。さまざまなきぐるみが輝き、夕暮れの赤い光を遮りながら進む。それを二人は黙って見守った。繁田はつぶやいた。
「いつか、ぼくは光るパンダのきぐるみに入りたいです。」
「光りたいんだね。じゃあぼくも、いつか光るネギのきぐるみに入りたいな。」
「あんまし竹と変わらないじゃないですか。」
「きみはパンダのままじゃないか。」
二人は笑いながらお互いを指差した。
数年後。遊園地「ムー大陸動物園」は、特定観光都市「ムー大陸動物園遊園地町」となっていた。八十三郎ラーメンは40店舗も増え、ラーメン観覧車とネギのジェットコースター、餃子のカフェもあらたに増えた。しかし、その翌年経営破綻して売り飛ばされ、仕方なく国が買い取っていた。
各施設は個人経営となり、少しずつ解体されていった。さまざまな特例を駆使した奇跡の娯楽都市には、たくさんのラーメン屋ばかりが残って見えた。そしてその半分は、やがてzozo99番屋というカレー屋に変わった。しばらくは、そうしてカレーとラーメンの香りが街中を埋め尽くしていく。
笹野はその街に深い思い入れをもち、旧テーマパーク内の数店舗を買い取ると、小さな思い出系のカフェとして経営した。旧テーマパークの思い出をかき集めたカフェは人気を博したが、ついに「ムー大陸動物園」という遊園地の復活には至れなかった。
繁田はパンダをこよなく愛した結果、中国に行った。そこでなぜか日本人女性と結婚し、故郷関東から離れて東北に移り住んだ。
いまだに悪食は治らないらしい。
そして、繁田の秋田県あたりの家には、あのパンダのきぐるみがあった。
「あれが似合うのは、君だけだよ」
周りの人々から言われて、繁田はそれを大切に受け取っていた。
いつまでも、それは繁田家の語り草となった。しかしきぐるみ自体は繁田は受け取った直後に廃棄していた。