「無人島」
無人島に一つだけ持っていけるとしたら何を持っていくか。
会話の中でふと議題に上がったこの使い古された質問に対して、「思い出」と答えた人間がいた。
それを聞いた周りの人間は一瞬ポカンとして、その後苦笑いをした。
どうにか一つ気の利いたことを言おうとして失敗したのだろう。そんな思いやりとも軽蔑ともとれる空気が流れる中、ただその人だけが真剣な顔をしていた。どうやら本人が真面目に言っているようだということが伝わり、しばらくして一人が「どうして?」と質問をした。
聞かれた人間は「それがあれば、たとえそこで死んでも後悔しないから。」と答えた。
「なるほど、ねぇ」と、聞いた人が相槌をうつ。答えている本人が真面目な顔でいう物だから聞いている方もある程度それに合わせた神妙な相槌をしていたが、あまりピンと来ていないのは明白で、それは周りも同じだった。
微妙に気まずいこの流れを変えようと人々は思い思いに自分の考えを発言しはじめた。
「私ならやっぱりゲームかなー」「電源どうするのさ」「俺は水だな、無難に」「それはずるいだろ」など目新しくもない回答をしていく。
「でも」とまたその人間が言った。
「どのみち助からないじゃないですか。無人島に流されたら。」
一瞬何とも言えない空気が流れる。
「いやいや、真面目かよ!」と、誰かが突っ込みをいれる。
それに合わせたように周りが笑う。その人間は笑わず、かといって笑われたことを不快に思っている様子でもなく、結局会話が終わり、集まりが解散するまでそのまま口を開くことはなかった。
時々、今でもその会話を思い出すことがある。
あの会話の中で、その人間だけが自分が死ぬという前提で物事を考えていた。
それがいいことなのかどうなのか、あるいはなぜあの人間がそんなことを考える境遇にいたのか、私には分からない。
分かっているのは、あの真剣な表情だけだ。今までの人生であそこまで真面目な表情をする人間は見た事がなかった。
もしまだ彼が無事に生きているなら、どうかいい思い出を作っていてほしい。なんて、私は名前も知らないその人間の幸福を、勝手に祈っている。
「すみませーん。」
と、考え事をしているうちにお客が一人来たようだ。
「いらっしゃいませ。」
お客を席に案内してメニューを渡す。
「このお店、変わった名前ですね。」
そう言って、席に着いたお客が私に話しかける。
「ええ、よく言われます。」
私は笑顔で答えた。
「それでは-。」と、私はメニューを開いたお客に少し芝居がかった口調で尋ねる。
「この中から一つだけ選ぶとしたら、何を選びますか?」




