ハチなんて知らない!
小学5年生の瑛人は新しい学校で使う教科書をバサッバサと雑に棚へと並べた。ダンボールが積んである部屋にピカピカの教科書だけが並べられていく。本当なら漫画とかゲームのカードとかをまず出したいところだが、明日から使うんだからと半ば強制的に母親に言いつけられた。カチャとドアノブが動く音がして母親が瑛人の様子を見にきた。
「もう瑛人ったら今度の学校はもうずっと通うんだから丁寧に扱いなさいよ」
母親はもう端の方が折れている教科書をみて呆れ顔をした。
「棚に入っていればいいだろ」
瑛人はぶっきらぼうに応えて最後の教科書を逆さまのまま棚へと突っ込む。
「あなたなら新しい学校でも上手くやれるわよ。今までだってそうでしょ? 早く部屋片づけなさい」
瑛人はむしゃくしゃしながら近くにあった段ボールのガムテープを乱暴に剥がした。するとそこに見えたのはカラフルな色紙だった。
「ずっと通うなら前の学校が良かった。やっと慣れたところだったのに」
瑛人の父親は転勤が多かった。1年待たずにまた引っ越しなんてことも珍しくはない。けれど前回の学校は比較的長くいて友達も多かった。それなのにまた引っ越しで今度こそ最後だというのだから大人は勝手だ。
「あなたならまた新しい友達できるわよ。特別な友達だってできるかもしれないわよ」
母親はそう言うと部屋を出て行った。
「なんだよ。特別なともだちって。何もわかってないな、お母さんは」
胸のモヤモヤを吐き出すように大きなため息をつく。今までの友達とこれからできる友達は同じじゃない。また1から初対面の同級生と関係を築き上げなければならない苦労をお母さんは分かっていないんだ。
ふと窓の外を見ると薄ピンク色のカーテンが風にそよいでいるのが見えた。隣の家には瑛人と同級生の女の子がいるらしい。
「あら東さん! こんにちは!」
窓の下からは母親の声が聞こえる。母親の声は瑛人と話す時よりも高めで機嫌も良さそうだ。
「あ、小西さん」
聞き慣れない女の人の声も一緒に聞こえた。窓の下を覗き込むと楽しそうに笑っている母親が見えた。
子供が同級生ということもあって母親はもう隣人と仲良くなっていた。母親と一緒にいる女性は母親と同じか少し若いくらいで品の良い感じがした。
ワンワン!
その時、犬の鳴き声がして「こんにちは!」という大きな声とともに勢いよく女の子が飛び出してきた。
「あら、ななちゃん、お散歩に行くの?」
「はい!」
「ななちゃん、よかったらこれ使って。おばさんね、近くの雑貨屋さんで可愛くってつい買っちゃったんだけど、ほらうち息子しかいないから使う人いなくて」
母親が小さな包みをななに渡す。
「わぁ! ありがとうございます!」
女の子は袋の中身を見ると弾けるような笑顔を見せた。瑛人はその笑顔にドキっとして思わず自分の姿がバレないようにカーテンの裏に隠れた。
ワンワン!
犬が立ち止まる女の子を急かすように鳴く。
「行ってきます!」
「気をつけて行ってらっしゃい」
のそりと窓から目だけ出してのぞくと、女の子が笑顔で手を振っているのが見えた。
「ななちゃんって明るくて本当に良い子よね! うちの子とは正反対。瑛人はすごく無愛想で大人しいのよ」
母親のぼやきが聞こえる。でもそんなことはどうでもいい。彼の頭の中はさっきの女の子のことでいっぱいだった。瑛人は色々な学校で色々な女の子を見てきたがあんなはじけるように笑う子はいなかった。
次の日、瑛人は引っ越して初めて学校へと行った。校舎の作りも匂いも学校によって全然違う。担任の先生は若い女の先生だった。
「転校生を紹介します。さぁ自己紹介して」
先生が促すと瑛人は黒板の前で大きな声で挨拶をした。
「小西瑛人です。サッカーが好きです! 前の学校ではハチって呼ばれていたのでハチと呼んでください」
瑛人がそう言うとみんなが首を傾げた。
「なんでハチなの?」
「ハチミツが好きとか?」
みんなが瑛人のあだ名にザワザワとする。でもそれが瑛人の狙いだった。
「ヒントは俺の名前でーす」
瑛人がおちゃらけて言うとみんなの目がキラキラと光る。みんな謎解きが好きなのだ。
「瑛人、えいと、エイト!?」
「英語でエイトは8(ハチ)だー!」
誰かが言うと瑛人はピースをする。
「せいかーい! よろしく!」
「ハチ!」
「ハチっておもしろい!」
みんなが口々にハチをあだ名で呼んだ。不思議なことにあだ名で呼ぶだけで、瑛人はもうクラスに馴染んでいた。
「じゃあ小西くんは東さんの隣の席に座ってください」
先生に言われて席につくと隣は隣の家の女の子『なな』だった。
「よろしくな」
「よろしく、小西くん」
ななは俯きがちに小さな声を出した。瑛人は自分の目を疑った。それは昨日見た女の子とはまるで別人だった。
「言ったろ、俺のことはハチって呼んでって」
瑛人は自分を指差しながら笑顔を向けると、ななは困ったように目を泳がせる。
「あの、えっと……」
「せんせーい、ハチがナンパしてまーす」
他の男子がさっそく瑛人を揶揄って声を上げた。
「やめろよー」
そのやりとりにクラス中が笑いに包まれた。しかし、ななはおどおどしながらハンドタオルをポケットから出すとそれをぎゅっと握りしめていた。
「学校はどうだったの?」
帰ると母親が待ち構えていてそう聞いた。
「別に、いつも通り」
瑛人がそっけなく答えると母親は軽く笑った。
「あなた、外面がいいものね」
瑛人は何も答えずに自分の部屋へと行った。外でおちゃらけているのは転校を繰り返してきた彼なりのクラスになじむ術だった。あだ名で呼ぶと親近感が湧くし、揶揄われるくらいの方がすぐに打ち解けられる。
「ハチでいるのはつかれるんだよな」
瑛人はランドセルを床に落とすと、そのままベッドに寝転がった。目をつぶると風に乗って軽やかな笑い声が聞こえた。その声にぴくりと瑛人の耳が反応する。
(あの子だ)
瑛人はベッドに寝転んだまま、窓の方へほふく前進する。そしてゆっくりと上半身を上げて窓の外を見た。するとその声は隣の家の薄桃色のカーテンの奥から聞こえていた。カーテンは風に吹かれて柔らかくなびき、その隙間からななの後ろ姿が見える。ななは瑛人に気付いていない。そして次の瞬間、ななの声が隣接する瑛人の部屋まで大きく響いた。
「ハチ、だーいすき」
その甘い声に瑛人はベッドから思わず転がり落ちそうになった。いや、聞き間違いかもしれない。瑛人はドキドキとしながら耳をすます。
「ななはね、ハチのことが大大だーい好きなの」
瑛人は動揺して、ななに気付かれないよう窓を閉じた。
(あいつ、俺のこと……)
次の日、瑛人はやや緊張しながら学校に向かった。しかし、ななは学校だとまるで別人のように笑わず、瑛人とも話そうとしなかった。
「あの、プリント交換……」
(こいつ、すました顔をしてるけど俺のこと……)
瑛人は昨日のななの言葉を思い出して首を振る。
「小西くん?」
ななは不思議そうにおずおずと瑛人を見た。
「だから、ハチって呼べよ」
「で、でも」
もごもごと下を向いて口ごもる。しかし瑛人には、ななの言動がすべて恥ずかしがっているように見えた。
「ま、いいけど」
瑛人はポリポリと頬を指で掻きながら自分のプリントとななのプリントを交換した。ななのプリントには小さく犬が落書きされていた。犬はスリッパを噛んでキリっとした顔をしていた。
「犬、好きなの?」
その質問に、ななは顔をぱっと明るくさせた。
「うん! うちの子ね、とってもかわいいんだけどやんちゃで昨日もスリッパをボロボロにしちゃってママに怒られちゃったの」
そう話すななは初めて見た時の同じくらい弾けるような笑顔を浮かべていた。瑛人はそんな顔をさせる犬が羨ましくなった。
「せんせーい、ハチと東がいちゃついてまーす」
近くの男子が大きな声で言う。
「やめろよー、そんなんじゃねーし」
瑛人が笑いながら言うとクラスのみんなも笑う。先生は賑やかなクラスに響くようにパンパンと手を叩いた。
「はいはい、おしゃべりしないで丸つけしてくださいね」
隣の席を見るとななはまた俯いてピンク色のタオルを握りしめていた。
それからもななは瑛人のことを「ハチ」と呼ぶことはなかった。
「小西くん、これ落ちてたよ」
なながそっけない態度で瑛人に消しゴムを渡す。
「あ、うん。ありがとう」
「別に、大丈夫」
ななは目も合わせずにそう言うと教室を出て行ってしまった。それを見ていた男子が瑛人の近くへと集まってきた。
「消しゴム渡すにしてももうちょっと可愛くできないのかよ」
「あいついっつも下向いてるしな」
「本当、東って暗いよな」
瑛人のまわりにいた男子が口々に言った。
「暗いかな?」
瑛人は今の態度もただ恥ずかしそうにしているように見えた。それに瑛人はななの笑顔を思い出す。あんな風に笑う子が暗いわけがない。すると他の男子が吐き捨てるように言った。
「俺、あいつ嫌い」
「え?」
「だって根暗で大人しくて何考えてるかわかんねーし。本当、東とハチは正反対の性格だよな」
ぐさりと友達の言葉が胸に刺さる。本当のところ根暗で大人しい性格なのは瑛人の方だ。
瑛人は知っていた。ななは家に帰れば別人のようによく笑う。そして「ハチ」についても語るのだ。
『ハチはおもしろいね』
『ハチが世界一かっこいい』
『ハチ、大大だーい好き』
そんなことを言われて意識しないわけがない。
(でも、ななが好きなのもハチの方だ。大人しい瑛人じゃない)
そう思うと心が虚しく、寂しくなった。みんなが求めているのはハチの方、瑛人はそれをきっかけに今までよりももっとふざけて明るく振る舞った。
そして瑛人が転校してきて3ヶ月が経ったある日、事件が起きた。
「あ」
「あ」
二つの声がある1点を見つめて重なった。その視線の先にはなながいつも握りしめているハンドタオルがあった。そしてハンドタオルは瑛人の上履きの下敷きになっていた。
「ご、ごめん」
慌てて拾い上げるとピンク色のタオルにはくっきりと上履きの跡がついていた。瑛人は3ヶ月間、ななの隣の席にいてわかったことがある。それは彼女が緊張するとタオルを握りしめる癖があることだった。しかもこのピンクのタオルは特にお気に入りで洗濯しては持ってきていたのか2日に1度はそのタオルだった。
瑛人はこの頃にはもうクラスにすっかり馴染んで、彼はクラスのお笑いキャラで人気者になっていた。調子に乗りすぎて時にそれは悪ふざけになることもあった。そして、その悪ふざけがこの悲劇を呼んだ。
その日、給食の時、先生の目を盗んで瑛人は前に座っている男子に牛乳のストローを向けた。すると前の男子もニヤリとして牛乳のストローを向ける。
「手をあげろ! 打つぞ」
「お前こそ打つぞ!」
2人はストローをお互いに向け合ってはいたが、本当にかけるつもりはなかった。そう、かけるつもりはなかったのだ。
「くらえ!」
そう言うと思わず指に力が入ってしまったのだろう。男の子の持つ牛乳のストローの先からピューッと瑛人に向かって牛乳が飛んだ。慌てたのは男の子だった。
「うわっ! やべっ! 東、ちょっと貸して」
そう言って隣の机の上に置いていたななのタオルをおもむろに取ると瑛人の机の上にこぼれた牛乳を拭こうとした。瑛人は驚いて男の子が持っているタオルを掴んだ。
「お前、何やってんだよ」
「何って拭くんだよ。先生にばれたら怒られるだろ。ハチ、離せよ」
そこからは何故かタオルの取り合いになってしまった。ななはオロオロとその様子を見ていた。
「おい、別にタオルで拭く必要ないだろ! ティッシュとか雑巾でーー」
瑛人がそう言いながら強く引っ張ると男子は冷静になったのかぱっとタオルを離す。
「そっか、確かに」
しかし突然タオルを離された瑛人はバランスを崩してしまった。そして咄嗟に机を掴むとタオルはひらりと床に落ちた。それでも倒れそうだった瑛人は転ばないように思い切り足を床についた。ダンッという大きな音が響いたその足の下にピンク色のタオルがあった。
2人の「あ」が重なると同時に、ななの目がうるうると涙に光る。
「ご、ごめん」
瑛人は足跡のついたタオルを擦ると汚れは余計ににじんで広がっていった。タオルの端っこには小さな犬の刺繍がついていた。犬の刺繍も黒く汚れてしまっている。
「返して」
ななは手を差し出し、瑛人はその手にタオルを渡した。汚れたタオルを大事そうに握りしめる。
「ごめん、俺が手を離したから」
前の席の男子が申し訳なさそうに言った。瑛人は首を振る。
「先にふざけたのは俺だから俺が全部悪いよ」
「そ、そーだよな!ハチが悪いよなぁ」
そう言って気まずそうに席につく。俯くななの手はかすかに震えていた。瑛人は下校までの間、ななのことを見られなかった。
「おかえり」
「……」
瑛人は家に帰ると無言で自分の部屋にこもった。
ちらりと窓の方を見る。ななは学校が終わるなり、急いで帰っていた。瑛人は恐る恐る窓を開けて聞き耳を立てた。
するとしばらくしてグスグスと涙を啜るような声が聞こえてきた。
「ひどい、ひどいよ」
ななは絞り出すように言った。
(やっぱり怒っていたんだ)
瑛人の胸は罪悪感で押しつぶされそうだった。そしてななは今まで聞いたことのないほど大きな声で叫んだ。
「ハチなんてもう知らないっ!!!」
ななはそう言うとバタバタバタと階段を駆け降りてバタンと家の外へと走って出て行った。瑛人はいても経ってもいられずにななを追いかけた。
「ちょっとそんなに急いでどこ行くの!?」
母親が驚いていたけれどそんなことにかまっている暇はなかった。早く追いかけなければ見失ってしまう。幸いなことに瑛人はサッカーのおかげで走ることには自信があった。小さかったななの後ろ姿はもうすぐそこまでに追いつき、彼女は誰も遊んでいない小さな公園のベンチに座った。
(どう声をかけよう)
公園の入り口で立ち止まっているとななは瑛人に気づいて驚いた顔をしていた。
「小西くん?」
そう言ったななの目は涙で赤くなっていた。瑛人は覚悟を決めてななに近づく。
「あの、さ」
気まずそうな瑛人にななは、ハッとしてその目を隠す。
「これは……あ、あの……」
ななは小さな声でそう言った。瑛人はたまらずに深く頭を下げた。
「本当にごめん」
それに驚いたのはななだった。
「なんで小西くんが謝るの?」
瑛人は恐る恐る顔をあげる。すると本当にわからないといったふうに首を傾げるななに、瑛人もつられて首を傾げた。
「え? タオル汚したこと怒ってるんじゃないの?」
ななはパチクリと瞬きをしてコクンと頷いた。
「だって小西くんはタオルが牛乳臭くならないように守ってくれたんだよね。私の方こそ、小西くんが全部俺のせいだって言ったとき、ちがうって言いたかったのに言えなくてごめんね」
瑛人はタオルを握りしめて震えていたななを思い出した。あれは怒って震えていたんだじゃなくて俺のせいじゃないと言おうとしてくれていたのだ。
「俺、てっきりすごく怒っているんだと思ってた」
するとななは悲しそうな顔をした。
「私学校だとうまく話せなくて怒っているみたいって思われちゃうの。でも本当に怒っていないの、汚れは洗えば落ちるから……だから急いで洗ったの。だけど……」
ななはそこまで言うと口をつぐんで唇を振るわせた。涙がまたじわじわと溢れてくる。
「や、やっぱり汚れ落ちなかったとか? だったら同じの買う。全く同じの探して買うから泣くなよ」
オタオタと狼狽える瑛太に、ななはまた目を丸くした。そしてぎゅっと握りしめていたタオルを広げた。洗って濡れたタオルに汚れはない。ただ引きちぎられたようにひどくボロボロになっていた。
「うわ、どうしたの? これ」
「うちの子にかじられてボロボロになっちゃったの」
「うちの子って犬?」
ななは頷いた。瑛人は前にスリッパをボロボロにしたと言っていたのを思い出した。でも瑛人にはわからないことがあった。
「でもさ、さっき『ハチなんてもう知らない!』って叫んでたよね」
ななの顔がみるみる赤くなっていく。
「き、聞こえていたの?」
ななの声は裏返っていた。
「うん。大嫌いとか」
「それはタオルをボロボロにしたから思わず怒っちゃて……」
なながゴニョゴニョと口ごもりながら言うので瑛太は理解できずにいた。すると真っ赤な顔をしたななが意を決したように瑛人を見つめる。
「な、何?」
「あのね……うちの子、ハチなの」
「え?」
瑛人は目を点にしてもう一度聞き返す。
「うちの子が俺? え?」
「ちがうの。うちの犬がハチっていう名前なの。だから同じ呼び方だと紛らわしいかなって小西くんって呼んでたの」
それを聞いて全てが納得いった。「ハチは面白いね」も「ハチが世界一かっこいい」も「ハチ大好き」も全部瑛人ではなく飼い犬に向けての言葉だったのだ。瑛人は恥ずかしさで顔を隠してその場にしゃがみ込んだ。
「小西くん?」
瑛人は破れたタオルの刺繍をみた。よくよく見れば、ななの飼っている犬によく似ている。
「あのさ、やっぱりタオル返したい。それ大事なタオルなんだろ? 俺がふざけなければ汚れることも破れることもなかったから」
瑛人がそういうとななは少し考えて微笑む。
「このタオルね、小西くんのママがくれたの。他にもたくさん種類があるんだって。だから買ってくれなくていいから一緒に選んで欲しいな」
瑛人はびっくりしてピシッと立ち上がる。
「俺でいいの?」
「うん。小西くんのママが小西くんは友達思いだって言ってたの。家ではあまり話さないけど学校では友達を笑顔にするって。私もそう思う。小西くんは揶揄われてもへこたれないし、クラスのみんなを笑顔にしてる。それに泣いている私を追いかけてくれた。私あがり症でクラスではうまく話せないけど小西くんに選んでもらったタオルを持っていたら私もクラスの子と話をする勇気が出る気がするの」
キラキラとした目で言われると瑛人はなんだかすごく照れくさくなった。ななはハンカチをぎゅっと握りしめて瑛人を見た。
「だからね、私……小西くんと友達になりたいの。なってくれる?」
「むしろもう友達だと思ってたし!」
瑛人は大きな声で食い気味に言ってしまった自分がまた恥ずかしくなった。ななは驚きながらも嬉しそうに微笑む。
「友達なら私もやっぱりハチって呼んだ方がいいのかな?」
ななが聞くと瑛人は答えるより先に首を横に振っていた。ななにはハチって呼んで欲しくない。そんな気持ちが湧き上がる。
「ううん、東だけは瑛人って呼んで。俺もななって呼ぶから」
名前を呼ばれたななは少し驚いた顔をして頬を染め、タオルを握りしめる。
「わかった。瑛人くん」
そう言ってはにかみながら笑顔を向ける。その笑顔は弾けるように明るく嬉しそうな笑顔だった。