第五話 狭山 杏という少女
ビーストの現場には橘さんたちが行っているはず、だから私達の行く場所は――
「誰もいませんね」
マジカル☆ウィッチに変身した愛ちゃんが、放送室から出て来る。
《職員室にビーストの情報が来る前に放送があった》
この事実に気が付いたのは、悔しけど杏だ。
「橘さんの所に行く?」
「駄目。それ敵の狙いかも」
「危険です。私の力ではビーストロードから二人を護れません」
愛ちゃんは、俯いてしまった。
自分の力の無さに自信を失い掛けているのだ。
「教室に戻りましょう」
♂ ⇒ ♀
結局、その日は何も進展がなく、橘さんたちは帰って来なかった。
「ソレはソレ、コレはコレ。つまりコレ」
杏は一枚の紙をテーブルに置いた。
「長阜県転入記念・ピンキーレインボー単独ライブ?」
「違う。資料は最後まで読む」
えっと……。
「単独ライブ(ブラックサキュバスを添えて)……えっ? 無理、無理、無理、無理、無理、無理……。ライブなんて絶対に無理!!」
「何言ってるの? マジカル♡キュアドルの役割を放棄する気!? 馬鹿にしないで!!」
杏が別人のように凄い剣幕で怒り出した。
必死に愛ちゃんがなだめている。
でも役割とか言うんだったら、他のこともしっかりして欲しい。
「わ、わかったわよ……。やったこと無かったから自信がないだけ。そんなに怒らないで」
涙目の杏はベッドの下からいろいろ取り出す。
「マジカル♡キュアドルに変身すれば勝手に体は動く。でも心配ならこのDVD観て」
杏と愛ちゃんはお風呂に行ってしまった。
一人になりたかったので、渡されたポータブルDVDプレイヤーを観ることにした。
去年出来たばかりの臨海新都心アリーナ。
地響きのような声援の中、スポットライトが次々とマジカル♡キュアドルをステージに浮かび上がらせる。
その中央に巨大なステージがあり、そのステージには、卒業してしまった7人の魔法少女と今のメンバーがいた。
清純派のブルームーンの美月を始めて見た時、そのオーラに圧倒されたけど、卒業した7人はもっとアイドルのオーラが出ていた。
歌、ダンスは勿論、仕草、表情、すべてがアイドルの頂点だった。
怒涛の5曲が終了して、私もほっと一息つく。
ちょっとしたトークを挟み、また曲が始まる。
でも卒業ライブだから現役のマジカル♡キュアドルたちは余り映らない。
それでも、バックで踊る……杏の姿に衝撃を受けた。
「まるで別人じゃない!!」
「杏は、マジカル♡キュアドルの本質を体験してもらいたかったの」
いつの間にか隣に湯上がりの愛ちゃんがいた。
濡れた髪を後ろに一つにまとめており、ちょっと大人の雰囲気だ。
「どういうことですか?」
「杏は、大勢でいれば……この通り、凄いパフォーマンスを発揮できるけど、引っ込み思案で一人では何も出来ない。でもブラックサキュバスにも、あのステージを……興奮を体感して欲しいと、私にだけ……言っていたの」
「杏って……私の事……嫌いなんじゃ……」
「そんな事ないわ。この長阜の件だって、仲良くなりたいから……そうだよね。誘い方とか全然駄目だったわね」
「もしかして、わ、私のために単独ライブを!?」
「うん」
「愛ちゃん!? 杏は何処にいるの?」
「えっと、長湯なんで……まだお風呂に入っているとかな」
寮の廊下は走ってはいけないが、全力で浴室に向かった。
丁度、お風呂から上がってきた杏を見付け、そのまま抱きついた。
「杏、ごめんなさい。私……全然子供だった……」
「苦しい……。それに裸、ちょっと恥ずかしい」
「あっ……ごめん」
杏はバスタオルで体を隠しているけど、ちょっとエッチでとても綺麗だった。
「うぅ……。愛が余計なこと言ったんでしょ?」
「うん。でも、何も気付かなくて、杏のこと……嫌なやつだなって……」
「仕方ない。皆にそう思われてる。だけど、どうして良いか解らない」
「もっと話そう。沢山話そうよ」
裸になって、杏をまた露天風呂に誘った。
「タオルで隠して、見るのも見られるのも恥ずかしい……」
「杏なら気にしない」
「わ、私が気にするの!」




