少しずつ、着実に
それから、少なくても週に一度はグレイスはティファニーの元に通った。
ある日は体の姿勢を頭から足の先の骨まで矯正され(グレイスは右肩が下がっていて歪んでいる、とティファニーに信じられない力でゴリゴリと押された)
ある日は「熱・冷・湿・乾」からなる四体液説について食事の講義があり(グレイスの食事改善はクレアと料理長のおかげで順調に進み、肌の血色が良くなり髪にも艶が出てきた)
ある日は使っているヘアケア用品をまるっと全て取り替えられた。(ティファニーにもらったオイルのおかげで、寝起きにはぼわぼわと広がる髪がしっとりとウェーブを描くようになった)
さて、その甲斐あってかグレイスは少しずつ、着実に、まるで花びらが一枚ずつ開いていくかのように、美しくなっていった。
クレアがほうっとため息をつきながら、グレイスの髪をブラッシングしていく。
「一か月と少ししか経っていないのに、変わるものですね。お嬢様の努力の証ですわ」
「そう、ね。それにクレアは私のことをよく見てくれているもの。だから些細なことでも気づいてくれるんだわ」
グレイスは変わってきている。それはもちろん自覚しているし、小さくても変化があるからこそ嬉しくて毎日せっせと美容に励んだのだ。
ゆったりとウェーブを描く髪を一房つかみとってみると、以前よりも格段に落ち着いて艶のある毛先が目に入る。鳥の巣のように絡まることもなく、指の間をさらさらと流れ落ちる感触に目を細めた。
しかし、グレイスは不安なのだ。
自分が少しずつ変わってきている。自覚もあるし、ティファニーやクレアのおかげがほとんどとは言え自分の努力に対して自信も持てた。
でも、グレイスの変化に万人が気づくわけではない。本人であるグレイスはもちろん、クレアはそれ以上にグレイスのことを気にかけている。だからこそわかる変化なのだ。
変わってきている。だけど。
(来週は、またアルバート様にお会いしなければならないのに)
冬から春へと季節が移り変わる中、来週は王宮で春の訪れを祝うガーデンパーティーが開催される。年若い令嬢や令息が集まる気軽なパーティーではあるが、そこにグレイスとアルバートは参加を義務付けられているのだ。
二人は昨年もそのパーティーに参加していた。
(思い出したくもないわ)
グレイスは思わずため息をついて天を仰いだ。
去年のガーデンパーティに、グレイスは落ち着いたアプリコット色のドレスで出席していた。若者が集まるパーティーということで、普段着ているような地味な色よりは少し明るく、でも色味はベージュに近く落ち着いた色を選んだのだ。
しかしいざ会場を見渡せば、そこには色とりどりの花のようなドレスと、いやらしくない程度のギリギリの露出を絶妙に保った見目麗しいご令嬢たちに溢れ、アルバートは最初の挨拶まわりもそこそこにグレイスのそばを離れると他のご令嬢に囲まれていた。
離れる直前にアルバートがかけた言葉はこうだ。
「今日のテーマは、そうだな、盛りを過ぎてしおれた花であってるか?」
ふんっと鼻で笑われながら言われた一語一句だけでなく、その視線が身体中を舐め回すように動いた挙げ句顔よりも少し下にむけられたことをグレイスははっきりと覚えている。
そのときは唇をかみしめどうにか笑みを浮かべてやり過ごした。
今ならわかるが、確かにあの色はグレイスにちっとも似合っていなかった。
しかし問題はそこではないのだ、あれは確実にドレスや容姿以外もバカにされていた。
(なんでしょう、思い出してみるとアルバート様の言い方ってやっぱり度が過ぎるのではないかしら?今までは全部私が悪いと思っていたけれど、それにしたってひどすぎるのではないかしら。そもそも、人の持って生まれた体をからかうなんて子供でもしないわよ。うん、そうね、決めたわ)
グレイスは鏡ごしにクレアを見つめた。
「クレア。ガーデンパーティのドレスだけど、できるだけ地味にしてほしいの。今まで通りに」
今年こそはグレイスをめいいっぱい飾り立てようと意気込んでいたクレアの目が驚きに見開かれ、あわあわと焦る様子を鏡越しに眺めながら、グレイスの心の中で冷静にこれからのことを考えていた。