心なしかいつもより
否定される前に、つい自分の口から早口の言葉がこぼれた。
似合うと浮かれて微妙な反応をされて落ち込むよりは、自分でも似合わないことはわかっていると伝えた方が傷は浅いだろう。
「あなたはそう思うのね?ねぇねぇ、実は私ってチェリータルトでも、もーっと熟して味が濃ぉいチェリーが好きなのよ。ツヤツヤして宝石みたいなの。そうね、例えばこんな色かしら」
そう言って大量の布の山から一枚の布を引っ張り出す。さきほどの黄味がかった赤色ではなく、少し紫に近い深みのある赤色だ。
ティファニー様はそっとさきほどの布を持つ手を下におろし、新たに深いチェリー色を胸のあたりにあてると、にんまりと満足げに微笑んだ。
グレイスがもう一度鏡を見ると、なるほど先ほどよりも違和感がない。
落ち着いた赤色はグレイスの輪郭を引き立て、心なしかいつもより顔立ちが凛として見える。
「す、すごい……さっきと全然違いますね。同じ赤なのに」
ティファニー様は楽しげに笑うと、もう一枚の布を引き出した。
「さぁ、じゃあそのチェリーを今度はもーっと甘いクリームにしてみたらどうかしら?」
歌うように言葉をつむぎながら、ひらひらと次の布を目の前にあてられる。
次の色は、さきほどの落ち着いた赤にたっぷりのクリームを足したような、紫がかったふんわりと柔らかいピンク色だ。
可愛すぎて自分じゃ絶対に選ばない色ね。
鏡を見るのも勇気がいるわ、そう思いながらグレイスがおそるおそる顔を上げると、少し驚いた顔をした自分が鏡の中から見返していた。
見立て通り、と言いながら満足気に布をあてるティファニー様の後ろから、クレアが嬉しそうにうんうんと頷いてこちらを見ている。
「私、ピンクなんて絶対に似合わないって……」
鏡の中の私はまだ少し疑うような、それでいて普段身に付けないピンクに少し困ったような、でもほんのりと上気した頬には少しの喜色を忍ばせた、なんとも複雑な表情をしている。
「お嬢様、さきほどの赤色も素敵でしたけど、ピンクだってとってもお似合いですよ?」
クレアの援護射撃は頼もしいが、クレアはいつも褒めてくれるのでこういうときは信用できないのだ。まるで何かの間違いを探すように、鏡をじっと見つめてしまう。
「なによ、不安なの?似合ってるわよその色?ねぇ、じゃあ一番最初の色をあてたとき、あなたどう思った?」
「……似合わないと思いました。色はとても素敵でしたけど、その分わたしは引き立て役というか…」
つい思い出して恨めしげな声でそう告げると、ティファニー様は楽しげに口の端を上げた。
「あら、よくわかったじゃない。じゃあ次の深い赤色はどう?」
「そうですね……最初の色よりは、マシだったかと思います」
「なるほどね。じゃあ聞くけど最後の薄いピンク色は?」
「……絶対に、私にピンクなんて似合わないと思ったのですが……
正直に言うと三つの中では一番気に入りました。自分でいうのもおかしな話ですが、なんというか、優しそうな人に見える気がします」
「うんうん、ちゃんとわかっていて素晴らしいわ!しかもそれを言葉にできるなんてなかなかできることじゃないのよ?自信を持っていいわ、あなたかなり色の感覚が敏感なのね。さらにそれを言葉にできるだけの教養もある」
テイファニー様は満足気に微笑むと、さきほどの三色の布を目の前に並べた。
「さて、まず簡単に説明すると、似合わない色だと合わせたときにまず最初に布に目がいくの。似合う色だと自然と顔が引き立って顔に目がいくものよ」
そう言いながら一枚めの布をぺいっと放り投げ布の山の中に戻した。
残りの二枚を手に取ると、ずいっとグレイスの前に身を乗り出してくる。
「グレイス嬢の瞳はきれいなブルーグレーだし、髪もシルバー。この二つの色の系統はどちらも青系よ。だから色を選ぶときは、どの色にしても少し青みが入っていた方がきっと似合うわ。
さらに言えば、お肌も真っ白で髪も細くてキレイだから、強めの色よりは柔らかい色、素材も柔らかいものを選ぶのがオススメよ」
二番目の布と三番目の布を交互にあてられ、色の違いを説明していく。
「さっき選んでもらった、あなたの好きな色があるでしょう?あの色たちも、少しずつ青みがかったものに調整してあげるときっとどれも似合うわ。
もしも大好きな色なのにどう頑張っても似合わない!っていう色を取り入れたいときは、小物とか靴とか、なるべく顔から離したところにあしらうとうまくまとまるわよ。」
クレアが必死にメモをとっているのを視界に捉えながら、グレイスもう一度鏡に目をやった。
恐る恐る薄いピンク色の布をてにとる。
「私、こんなきれいな色やかわいい色が似合うなんて思ったこともなかったです。小さい頃はいろんな色を着ていましたけど、大きくなってからはずっと、場にふさわしい色だけを基準に選んできましたの」
「えぇ?プライベートなんて何を着てもいいじゃない。いろいろ冒険してみなさいよ。ほら、あなたが好きなスイーツ色よ?合わせてみなさいよ」
机に散らばった中から、ぽいぽいっと次々と色をあてられていく。
レモンイエロー、ピスタチオグリーン、アメジストのような薄紫。
自分の顔は変わっていないのに、あわせる色で顔色も印象もがらっと変わって見えて面白い。
「……冒険、してみてもいいのかしら」
ぽつりと唇からこぼれた言葉は、至近距離にいたティファニー様にはばっちり聞こえていたようだ。
「すればいいわ。別にあなたがピンクの服を着たからって、世界の誰かが死ぬわけじゃないでしょう?」
そう言ってティファニー様は美しくカールしたまつげをバサッと羽ばたかせてウィンクをした。派手な人の言うことは大げさだ。
だけど、グレイスの心をこんなにわくわくさせてくれた人は、記憶にある限りいなかった。