しばらくご無沙汰
3日後、グレイスはクレアを伴ってまたティファニーのところへ訪れていた。
事前になるべく白い服でと言われていたので白いレースの襟付きのワンピースを着てきたグレイスは、鏡の前に座らされていた。
「さて。じゃあ今日はお待ちかねの色合わせやっていきましょ。まずはいくつか質問よ。普段持っている服やドレスはどんな色が多いの?」
「そうですね、普段着はなるべく控えめなものにしているので、ベージュ、ブラウン、ネイビーあたりが多いかしら?社交のときは伝統的なドレスが多いので、深い緑や赤が多いです」
グレイスのクローゼットの全てを把握しているクレアも後ろで頷いているので、大きくずれてはいないだろう。
「わかってはいたけど、なかなかに地味ねぇ。ドレスのときの装飾品は?どういったものを合わせるの?」
「ドレスにもよりますが、婚約者のアルバート様の瞳にあわせた緑のエメラルドが多いかしら」
「殿下が送ってきたギラギラした金色の土台に主張の激しいエメラルドがついた、お嬢様の趣味など考えてない派手なネックレスですね」
「もうクレア、だめよそんなこと言っちゃ」
大丈夫かしら、私のせいでクレアがどんどんアルバート様過激派になってしまうわ。
「じゃあ次の質問よ。グレイス嬢が好きな色を教えてくれる?似合う色じゃないわ、あなたが好きな色よ。心がわくわくする色」
「好きな色、ですか……」
これはなかなかに難しい問いだった。
グレイスは今まで、お茶会や夜会など状況に合わせて失礼のない色、あまり派手すぎず目立たない色、くらいしか色についてこだわりはなく、自分が好きな色なんて考えたこともなかった。
眉を寄せてうーんと悩んでいると、目の前の机にバサッと色とりどりの布の山が置かれた。
布の一枚一枚はハンカチ程度の大きさで、赤色だけでも明るい色から暗い色まで何十種類もありそうだ。それが赤だけでなく青、黄色、緑と、途端に目の前が極彩色でちかちかする。
「色見本よ。思いつかないでしょうから、この中からいいなと思うもの選びなさい。胸がキュンとするようなやつね」
ティファニーはペラペラと布をめくりながら、キュンの部分で硬そうな胸に手を当てるとこともなげに言った。
そっと布に触ってみると、さらさらとした手触りが伝わってくる。
色の名前もわからないほどの種類の多さに、世界にはこんなにたくさんの色があるんだなぁと感心してしまった。
重なった布を広げながら、あてもなく手を触れて吟味していく。ふと、赤い布が目についた。
あら、これは私か好きなチェリータルトのさくらんぼにそっくり。グレイスは初夏にとれる黄色から赤色にグラデーションがかかる小さな果実を使ったタルトが大好物なのだ。
す、と引き抜いて自分の近くに手繰り寄せる。一つ選んでしまうとそこからはスムーズだった。
レモンパイの鮮やかな黄色、ピスタチオのジェラートのクリームがかった黄緑、桃のケーキの薄いピンク。
楽しくなっていくつかの色を選び、あらかた満足して顔を上げると、アメジストのような薄い紫の瞳を細めてこちらを見つめているティファニーに気が付いた。
きれいな色。アメジストよりも少し薄めで柔らかい色だけれど、キラキラと複雑に輝いてまるで宝石みたいだわ。
グレイスは色見本に手をのばすと、薄紫色の布をそっと近くに手繰り寄せた。
「あら、意外とカラフルな色ばっかり。素敵ね」
「はい!こちらなんてまるでチェリータルトのようでしょう?私大好きなんです!太るからと思って最近は食べていなかったのですけれど」
「いいじゃない。この黄色も爽やかでとってもキレイね」
「そちらはレモンパイのイメージです!ほら、見てくださいレモンクリームの色にそっくり。見ているだけできゅっとなりますわ。……まぁレモンパイも、しばらくご無沙汰ですけど」
これはショコラ、これはベリーと目の前の色を説明していると、ついつい熱が入ってしまったようだ。
少ししゃべりすぎたかも、と思ったが口から出てしまったものは戻らない。はしたないことをしてしまったわ。グレイスはゆっくりと口をつぐみ、気まずそうにお茶を一口飲んだ。
「ふふっ、グレイス嬢、本当に甘いものに目がないのね?あなた今が一番生き生きしていたわ」
そんなグレイスを咎めることもなく、ティファニー様は楽しそうに布を一枚ずつ手にとると、最初にグレイスが選んだチェリー色の布をそっとグレイスの胸のあたりにあてた。
「さぁ、鏡を見て」
期待を含んだ声でそう告げられ、おずおずと鏡を見た途端、グレイスは落胆してそっと視線を落とした。
似合っていない。
初夏のさくらんぼのようなオレンジがかった鮮やかな明るい赤色は、それ自体はとてもみずみずしくて素敵な色だと思ったものの、実際に自分に合わせてみるとびっくりするほど似合わない。
何が悪いのかはよくわからないが、とにかく似合わないことは自分でもわかった。
赤色ばかりが目立ってしまって、グレイスの存在感がかなり薄くなってしまうのだ。こんなドレスを着て歩いた日には、私なんか見えずにきっとドレスが歩いているように見えるわ、と思うほどだ。
「……似合っていない、ですよね」