このくらいは許容範囲
「あの、あのティファニー様?私本日は色合わせだけできれば結構ですの」
やる気に満ちた様子のティファニーとクレアの様子に、本能的に危険を感じたグレイスは彼女なりに精一杯きりっと眉を上げた表情で今日の要件を告げた。
「はぁ?あんたやる気あんの?」
グレイスの心は迫力満点のドスの利いた声で一瞬で折られた。こわい。蛇に睨まれた蛙の気持ちだ。もうやだ美人こわい。
「だって……私みたいな地味な顔では、どんなにがんばったところで笑われるだけですわ」
先程までかろうじてきりっとしていた眉をいつも通りしゅんと下げ、うつむいた。
「まぁそうね。正直に言わせてもらうと、色合わせだけであなたが化けるなんてことは絶対にないわ。なんでかわかる?」
「似合う色がわかったところで、着るのが私だからでしょうか?」
答えながらティファニーを見ると、想像以上に真剣な眼差しでこちらを見ていた。
美人の真顔というのは圧が強い。目を合わせることが耐えられずにそっと下に視線を向けると、
むぎゅっと温かな両手で顔を挟まれた。強制的に視線を合わせられる。今私タコみたいになってるのでは?そんな顔でこんな美人に至近距離で見られていることに気づき困惑してしまう。
「ひはにー様?」
「まっったくもって不正解よ。いい?耳の穴かっぽじってよぉく聞きなさい。あなたに必要なのは豪華な美しいドレスでも高級なお化粧品でもないの。わかる?自信よ。あなたのその自分を卑下する性格が一番ブスなの」
強制的に薄紫色の意思の強そうな瞳と目を合わせられる。ティファニー様の目は本気だ。
バッサバサのまつげに囲まれてじっとこちらを見る力強い瞳がこちらを見ている。今日会ったばかりなのに、この人は私のことをちゃんと見てくれている、と私に思わせるには十分だった。
「ねぇあなた、今の自分が好き?ずっと今の自分でいたいかしら?」
少し首を傾げると、目を合わせたまま下から覗き込むように見上げられる。
ああきっと私の情けない表情がすべて見えてしまうわ。
私はヨークシャー公爵の娘で、アルバート様の婚約者。
癖の強いウェーブの銀色の髪にグレーの瞳、白い肌にガリガリの手足。
アルバート様に嫌がられない華美過ぎず地味過ぎない装いを身にまとい、公爵家にふさわしい振る舞いを求められる。
これが今の私だ。
今の自分が好き?私は私のことが好きなのかしら?
好きっていったい、どういうことなのかしら。
考えたこともなかった問いを突然投げかけられて、とっさに言葉が出てこない。
しかしティファニー様は、私の揺れる視線から何かを感じ取ったようだった。
「自分のことを好きになりたいって思うなら、私が全力でサポートするわ。あなたが自分に満足できるいい女にしてあげる。でもこれは人に強制されるものじゃないの。グレイス嬢、ゆっくりでいいわ。あなたがどうしたいか教えてくれる?」
透き通る紫の瞳にじっと見つめられ、困惑する。
自分のことを好きかどうかなんて考えたこともなかった。だって、常に周囲からどう見られているか、どう求められているかを指針に生きてきたのだから。
「私……私、自分のことが好きかどうかと聞かれたら、正直あまり好きではないと思います」
何をどう答えようか頭でまとめてから話そうと思ったのに、その前に口からぽろりと本音がこぼれ出てしまった。
「でももっと、人の目を気にせずに、堂々とした自分になれたら、素敵だなと思います。相手の、誰かの一言にびくびくするのに、少し疲れてしまったのです」
うまく言葉にできずに、途切れ途切れになってしまった私の言葉を、ティファニー様は笑うことも茶化すこともなく、さっきと変わらない真摯な瞳で頷いてくれた。
どうにかこうにか気持ちを言葉にした途端に、今までアルバート様の嫌味はいつも仕方がないと思って流していたけれど、私は本当はそれに傷ついていたんだなぁということに気がついた。
ずっと気が付かないふりをして、しかたないと諦めてきたのに。気がついたらもうだめなんだ。こんなことを聞かれたらつい本音が溢れてしまう。
本当は、昨日のドレスはとても気に入っていた。貧相と言われてつい受け入れて謝ってしまったけど、本当は褒めてほしかったし、せめて嫌味にも動じずに自分だけでもお気に入りのドレスを素敵だと認めてあげたかった。
奥底にある気持ちを自覚させられて、じんわりと目に涙がにじむ。公爵令嬢たるもの人前で涙は見せられないが、まだ涙は溢れていない。このくらいは許容範囲だろう。
潤んだ瞳に意思を込めて、ぐっと目の前の美女を見つめて一度深呼吸をした。
「ティファニー様、どうぞ私をいい女にしてくださいませ」
紅の唇がにぃっと弧を描く。
「よく言ったわ。任せなさい。私がついてるんだから、あなたは絶対にいい女になれるわ」
腕を組んで自信満々に微笑む眼の前の美女を見て、グレイスは思わず惚れ惚れしてしまった。
なるほど自信のある人とは、美しいものなのだ。