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弱気令嬢の美的トレーニング  作者: たぬきち
2/14

まったく似合ってない

グレイスがアルバートの婚約者に決まったのは、8歳のときだった。


第一王子の婚約者候補としてふさわしい家格の令嬢が集められたお茶会が、二人の出会いだった。



その頃のグレイスは、今の令嬢然とした姿からは想像がつかないほど、好奇心旺盛でお転婆な少女だった。

公爵家の厳しい躾により、人前、さらにいえば殿下のいらっしゃるお茶会ではおとなしくしていなければならない、と頭では理解しているものの、内心は緑に囲まれ、色とりどりの花が咲き誇る庭園を探検したいとうずうずしていた。


あの生け垣、迷路みたい!あそこを超えたらあのバラのアーチにたどりつくのかしら?ああなんて上質な芝生なの、こんないいお天気にここで寝っ転がったりしたら最高では!?

ピンク色のよそ行きのワンピースの裾をぎゅっと握りしめ、グレイスはどうにか探検したい気持ちを落ち着けた。


周囲のご令嬢たちが、8歳の愛らしい天使のようなアルバートとどうにか仲良くなろうと必死に褒めそやす中、少し離れたテーブルで上品に見えるように紅茶を嗜み、王城のシェフが腕によりをかけた宝石のようなスイーツを頬張るグレイスの頭の中は、めったに入れない素敵なお庭で遊びたい!一色だった。王城のお茶会は、王子以上に目を引くものであふれていたのだ。


そんな態度が物珍しかったのか、お茶会の終盤に殿下がわざわざグレイスのもとに足を運んできた。

グレイスは焼き菓子を食べていた手をとめ、最新の注意を払ってアルバートをもてなし、あたりさわりのない会話で場をやりすごした。

そんな印象にも残らないお茶会の一週間後、なぜか王子から直々に婚約の打診があったのだ。

諸手を挙げて喜ぶ両親を横目に、グレイスはなぜ自分が選ばれたのかわからなかった。まぁ家柄で言えば私が一番高いし、そんなもんかなと思ったくらいである。




さてこの婚約、第一王子アルバートの一目惚れからの陛下へのおねだりであった。



アルバートは齢8歳にして、自分は人々にかしずかれる存在であることを理解していた。それは同年代の令嬢も例外ではなく、婚約者を探すともなれば豪華に着飾った令嬢たちが自分に好意をもって群がってくるのは当然だと認識していた。


しかし、お茶会には一人毛色の違う少女がいた。


その少女、どう見ても自分に興味がないのである。アルバートはいわゆる、おもしれー女、とグレイスに興味を持ち自分から彼女に近づいた。一歩また一歩と歩を進め、彼女の姿が鮮明に目に写り始めると、胸が高鳴るのを抑えられなかった。

銀色のつややかで豊かな髪、きょとんとこちらを見つめる灰色のまんまるな目。ぽかんと開く唇は柔らかなピンク色だ。ぶっちゃけ、好みどストライクだった。


その後の会話は覚えていない。当たり障りのない会話だったのだろうと思う。舞い上がってしまいそうな心の内をどうにか抑え込んで無難に会話を続けたはずだ。

お茶会が終わってすぐに、アルバートは両親に、名前すら覚えられなかったその少女との婚約を望んだのだった。



二人の婚約が整うと、それぞれ将来に向けた勉強が始まった。詰め込み型の勉強のあと、週に一度は二人でお茶をする機会が与えられた。


「グレイスは今日はなんの授業だったの?」

「本日は地理の授業でした。各領地の特産物などを教えていただきましたわ。私が好きな紅茶の産地もございました。」

「ああ、シリル公爵の領地の名産の紅茶かな?僕が国王になったら、グレイスが好きな紅茶をいっぱい生産してもらおう」

「ふふ、ありがとうございますアルバート様」


数年の間、二人は順調に距離を縮めていった。グレイスがアルバートに向ける感情はまだまだ友愛の粋を出なかったが、それでも仲睦まじい二人の姿は両家から喜ばしく歓迎されていた。




二人の関係が変わったのは、13歳からの王立アカデミーへの入学後だった。


王立アカデミーは中等部と高等部にわかれ、13歳からそれぞれ3年ずつ通うことになる。貴族の令嬢・令息の多くがアカデミーに通い、学問を納める。そして生涯の伴侶を探す場でもある。

アルバートは王子教育として優秀な教師がついていたためアカデミーへ通うことはなかったが、グレイスは持ち前の好奇心を発揮し、見聞を広めたいという理由でアカデミーへの入学を果たしたのだ。

平日から休日に変更になった二人のお茶会では、新たな刺激に興奮を隠せない様子のグレイスからアカデミーの様子を聞くことが増えた。


会話に出てくる学友の話題には令嬢だけではなく男子生徒の話もあり、彼らの下心にまったく気づきもしないグレイスに対して、アルバートの苛立ちは徐々につのっていった。


「天文学には一人とても精通した方がいらして、ええと、オリバー様という方なのですが、今度みなさまと星を観に行こうと……」

「ねぇところでグレイス、アカデミーにはいつもどんな服で行っているの?」


熱心に授業の内容を語っていたグレイスに対して、アルバートは言いようもないもやもやした気持ちが抑えきれず、つい話を遮ってしまった。

グレイスは一瞬不思議そうな顔をした後、


「服ですか?ご存知の通り平民学校と違い制服などございませんから、このような服で通っておりますよ?」

と、自分のワンピースの胸元に手を当てて示した。

アカデミーに行く際は、夜会などとは違いあくまで勉強のためということで、コルセットのないワンピースで行くことが多いようだ。


今日のグレイスは、腕や胸元に白いフリルのついたラベンダー色のワンピースを身にまとっていた。ハイウエストの切り替えには、白い小花柄の太めのリボンをあしらっている。

露出も少なく、アカデミーでも特に目立つことのない服装だ。

その答えを聞くと、アルバートの胸の中にあるもやもやがさらに大きくなり、言いようのない怒りを感じた。


グレイスはかわいい。グレイスは僕のものだ。なのにアカデミーに行って他の男と、こんなかわいい服で会話を楽しんでいるだと?僕のいないところで?

何にいらいらしているかはわからない。でもグレイスは僕のものなのに。なんで。

オリバーって誰だよ。こんな、グレイスは、だって。


「まったく似合ってない」


無意識のうちに言葉を発していた。

目の前には、口を小さく開けてかたまるグレイスの姿がある。



「アカデミーは勉強の場だろう?そんな服装で浮かれているんじゃないのか。ああ、それとも君はアカデミーに遊びに行っているだけなのかもしれないな」

目を合わせることすらできず、早口で一気に紡いだ言葉はまるで自分のものではないようだった。

言い放った言葉を回収することもできず、かといってグレイスの反応を見ることもできず、ひたすら紅茶の入ったカップを見つめる。


「……アルバート様?」

かぼそい声で、困惑したようにグレイスが名前を呼ぶ。

ああ、だめだ。こんなことが言いたいんじゃないのに。


「わかったらもっと地味な服にしたほうがいい。そもそも君の容姿でそんな派手な服を着ても似合うわけがないだろう」


「……はい、申し訳、ございません。殿下のおっしゃる通りですわね」

反論するでもなくぽつりと落ちたグレイスの言葉は、明らかにショックを受けていた。

グレイスにこんな表情をさせてしまったと焦る一方で、自分の言葉に彼女が傷ついてくれたこと、そして自分に謝ってきたことに対してアルバートは仄暗い優越感を覚えた。




毎週のように開催されていた二人のお茶会は、翌週アルバートの都合で中止になり、その次の週はアカデミーの都合で延期になり、

お茶会の頻度が減ると同時に、二人の距離も疎遠になっていった。

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