この子、こういう顔するのね
胸が高鳴っている。
不安と期待と、少しの高揚が入り混じった、今までに感じたことのない感情だった。
夜会会場へ向かう馬車の中、グレイスは何度目かもわからないほどチラチラと横の座席を眺めた。
隣に座るエスコート役の男性クリスティフ・シリル――ティファニーが、楽しそうに長い足を組んだ。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。今日の戦闘衣装は100点満点なんだから」
「いや緊張もあるんですけど、どっちかっていうと混乱が… …」
「びっくりした?」
ふふ、と笑って、ティファニーはグレイスを横目で見た。
男装したその姿は、見慣れたサロンの主とは別人だった。
白に近い金髪は後ろで低く結われ、化粧を落としたバイオレットの瞳は切れ長に見える。
仕立てのいい礼装が長い手足を際立たせ、どこからどう見ても――
完璧な美青年だった。
「びっくりしたどころじゃないんですけど!どういうことか説明してくださいティファニー様!」
「うーん、だって話に聞く王子があまりにもアレがアレでアレだから、万が一があるかもなって思ってたのよ。そしたら案の定、クレアちゃんが午前中にお店にすっ飛んできたじゃない?」
「あぁ!そういえば午前いなかった!」
「だから、一肌脱いじゃおうかなって。どう?イケてる?」
「イケテルどころじゃないですよ、ティファニー様って男性バージョンもかっこいいんですね」
「うふふ、素直な子は好きよ。さ、今夜の私は“クリスティフ・シリル”。口調も立ち居振る舞いも、ここからはそっちでいくわよ。間違ってもティファニー様なんて呼ぶんじゃないわよ」
「は、はい……!」
会場に到着すると、ざわりと空気が揺れた。
「……どなたかしら?見ない顔ね」
「あのお方、スタイルが良すぎない?」
「ご令嬢は……ヨークシャー公爵令嬢かしら。いつもと随分雰囲気が違うけれど」
視線が一斉に集まる。
ドレスは、あの三着の中から選んだ薄い紫色。以前のグレイスは絶対に着ない、あかるい色だ。
さらに前髪を作ったことで、グレイスの印象は柔らかく、しかし凛としていた。
ティファニー――クリスティフは、完璧なタイミングで一歩前に出ると、にっこりと笑い自己紹介をした。
「シリル公爵家次男、クリスティフ・シリルです。本日はグレイス嬢のエスコートという光栄を賜りました」
ティファニーは優雅な手つきでグレイスにそっと手を差し伸べた。
グレイスは一瞬固まったが、すぐに深呼吸し、軽く笑顔を作りエスコートを受け入れた。
――できてる。
私、ちゃんと。
ティファニーは、好奇心から声をかけてくる遠回しな詮索に、殿下は本日はフリード王国のエスコートのため代理で、とのらりくらりと交わしながらも会場の入り口を意識することは忘れない。
あー久しぶりだわ、この感じ。
社交界、しかも令息としての参加なんて。
チラリと横を見ると、笑顔のグレイスが気難しいと噂の伯爵夫人を相手ににこやかに会話を回していた。
ふぅん、この子、こういう顔するのね。まぁ伊達に王子の婚約者やってないってことか。
でもどうなんだろう。アルバート王子に会ったらグレイスはどんな反応をするのか。他の女性をエスコートする姿を、この子はどういう気持ちで見るのかしら。
キリがいいところで会話を切り上げ、二人で会場を回っていると、ティファニーの腕を掴むグレイスの手にきゅっと力が入った。時間的にも王子の入場だろうかとサッと目を凝らして入り口を見るが、扉は閉じたまま。
「ティ……クリスティフ様、見てください、デザートの充実具合!!」
目をキラキラさせてデザートコーナーにティファニーを引っ張って行こうとするグレイスを見ながら、
「……グレイス嬢は随分と図太い神経をお持ちでいらっしゃるようで」
ティファニーは、なんか、意外と心配いらないかもな?と思った。




