エスコートという大役を
「……お嬢様、とってもお似合いです!なんてお可愛らしい……!」
クレアが口に手をあてて大きな声で叫ぶように褒めちぎってくれた。 正直、自分でもかなり印象が変わったと思うし、似合っていると思う。 サロンの他の店員さんたちも驚いたように絶賛してくれて、お披露目したタイミングでは軽く拍手までいただいた。 ティファニー様も、一仕事終わったかのように満足げに銀色の鋏を指にかけてくるっと回すと、見惚れそうなほどのいい笑顔でこちらを覗き込んできた。
「どうかしら?」
「正直に言っていいですか?」
「もちろん」
「可愛いです、私。ティファニー様のおかげです。ありがとうございます」
正直な感想を伝える。前髪を切っただけなのに、新しく自分になったくらいの解放感がある。家族も、アルバート様も、みんなが知らない自分になれたことに優越感のような満足を感じる。
「明日の夜会、楽しみになってきました」
夜会当日、お昼ごろから入浴、エステなどに数時間をかけ、その後着付けやヘアメイクをして、夕方にはアルバート様のエスコートで夜会に向かう予定だった。
予定されていたスケジュールがが崩れたのは当日の朝食前。 いつもよりも少し強めのノックで入室してきたクレアは、どう見ても怒りを耐えた表情で私に銀のトレーに載せた手紙を1通差し出した。 紋章を見た時点で、アルバート様からの手紙であることは一目瞭然。さらに夜会当日の朝、となれば、嫌な予感しかしない。 それを察知したからこそクレアもこの表情なのだろう。 手紙を読み終え、折り目に沿ってたたみなおしてトレーに戻すと、クレアと目があった。
「アルバート様は今夜エスコートができないそうよ。フリード王国の末の王女が来ているそうで、そちらのエスコートを頼まれたと書いてあるわ。今日の夜会に、私は来るも来ないも任せる、と」
「あんのクズ王子……どこまでお嬢様を……」
「クレア落ち着いて。言葉が乱れているわ」
失礼いたしました、とすぐさま謝罪の言葉を言いながらも、クレアの顔を見ればわかる。めちゃくちゃ怒っている。 人は自分よりも怒っている人がいれば落ち着くと誰かが言っていた気がするな、と思いながら、やはり自分以上に怒ってくれるクレアがいるからこそグレイスは冷静でいられた。
「お父様はもうお母様のエスコートで決まっていらっしゃるし、どうしましょうね。お父様に頼み込んでご一緒させていただくか、一人で行くか、それとも今日の夜会は諦めるか」
選択肢を並べながら、衣裳部屋の方をちらっと見てしまう。そこには、今夜着るはずだったドレスや靴や装飾品一式が準備されている。 いつものパーティーなら衣装なんて気にしないが、今日は違う。自分に似合う色で、形で、すべて考え抜いて選んだ自信作だ。 夜会に行かないということは、この素晴らしいドレスが着られないということ。それは今の私にとって、とてももったいないことに感じられた。
「クレア、夜会にはやっぱり参加しようと思うから、お父様にも相談してみるわ。午後からは行く予定で準備をお願い」
「わかりました。それでは予定通り準備を進めてまいります。午前中、少し手配したいものがありお側を離れてもよろしいでしょうか?」
「ええどうぞ。夜会まではまだ時間があるから、私もゆっくりしているわ」
退出するクレアを見送ると朝食に向かう。そこでお父様に相談し、 結局、お父様とお母様と一緒に三人で入場させてもらうことになったので、午後からは昨日のリハーサルと同様に夜会の準備を進めていく。 着飾った私を見て、クレア筆頭に公爵家のメイド一同はやりきった爽やかな表情で私を眺め、ありとあらゆる角度からプロの最後の手直しを進められていく。
「お嬢様は今まであまりドレスに興味がないのかと思っていましたけれど、最近のお嬢様はお召し物も、お化粧も、どんどん垢ぬけて美しくなっていかれて、メイド一同磨きあげ甲斐があるというものです」
「本当に!お嬢様の好きな色もわかりましたし、これからはぜひいろんなお洋服を着てみてくださいませ」
にこにことうれしそうなメイドたちを見ると、私って本当に今まで見た目に無頓着だったんだなぁと改めて感じて苦笑いしてしまう。
「ありがとう、みんなのおかげだわ」
最後にドレスと近い色合いの生花を使った飾りを髪につけると、お父様が待っている一階へ向かう。ふかふかの絨毯がひかれた階段を高いピンヒールで降りるというのはまだまだ慣れないが、今までの太い地味なローヒールと比べると華奢なヒールはいい意味で緊張感がある。一段ずつ階段を下り、ようやく視線を上げると、そこにはきらびやかな衣装をまとった知らない男性がこちらを見ていた。
「えっ……失礼いたしました。どなたさまでしょうか。お父様のお客様でいらっしゃいますか?」
目線だけで周囲を見渡すも、お父様もお母様も姿が見えない。
男性はスラリとした長い足で数歩でこちらへと歩を進めると、おもむろに私の前に跪いた。
「シリル公爵家次男のクリスティフ・シリルです。本日はグレイス嬢のエスコートという大役を務めさせていただくこと、心より感謝いたします」
そっと私の手をとり、上目遣いでこちらを見つめる男性を見る。
白に近い金髪に、バイオレットの瞳。 声。 顔。
ううん、でもそんなはずは。
「……ティファニー、様?」
かぼそい声で名前を呼ぶと、目の前の男性がにっこりと笑った。その笑顔に確信する。
「そのドレスにしたのね、最っ高に可愛いじゃない」




