決めるのはあなたよあなたよ
「ねぇ、嫌だったら断ってくれていいんだけど、ひとつ提案があるの。きっと似合うと思う」
鏡越しにきらりと光るティファニー様の目が合った。
額のあたりまでおろされたティファニー様の手が、そっと髪の毛をつまむ。
「前髪を作ってみない?」
「ま、前髪ですか……?」
「絶対。絶対似合うと思うわ」
ぎらぎらとしたティファニー様の菫色の目から逃れるように思わず身を捩るが、強い力で肩を固定されてびくともしない。
グレイスは幼少期から前髪を作らずにセンターで分けて長く伸ばしたロングヘアスタイルだった。美しいロングヘアは貴族のステータス。 髪を切ることはあっても、毛先を整えるように切ることがほとんどで、前髪を切って額を隠すようなヘアスタイルは記憶にある限りしたことがなかった。
「今の髪型もとっても似合ってるわよ。そのうえで、ほらグレイスちゃんって目の形が丸かったり、眉毛もアーチ形、唇も曲線がちゃんとあるタイプのお顔なのよね。もし大人っぽく見られたいって言うなら今の髪型がぴったりだと思う。 ただ、もし髪型を変えてみたいとか、新しいスタイルに挑戦したいなら、前髪作ってみるのは顔の系統的には絶対似合うはずよ」
真剣な表情で、メイク筆を顔の前でいろんな角度で会わせながら各パーツを説明してもらう。 ウィッグで試してみることもできる、というので、奥から前髪だけのウィッグももってきてもらい、こうじゃないああじゃない、この髪型ならアクセサリーは、と議論は白熱していく。
「どうかしら、やってみない?」
「に、似合いますかね……私前髪があったことがないので、こどもみたいに見えたりしません……?」
「そんな短くしなければ大丈夫よ。でも決めるのはあなたよ、グレイスちゃん。どうですか?じゃなくて、あなたがどうしたいかを教えて」
切ってしまえばもう後戻りできないという決断に、とたんに自信がなくなりおろおろとしてしまう。クレアに目線で助けを求めるも、にこにこと笑っているだけだ。 どうしよう、物心ついたときからずっと前髪なんてなかったし、急に前髪なんて作ったらお父様やアルバート様にもまたふさわしくないとか何か嫌味を言われるんじゃないかしら。
でも。私はそれが嫌だから変わりたいって思ったんだった。 ぐっと唇をかむと、鏡越しに宣言する。
「わかりました。作りましょう前髪。可愛くしてください!」
口から外に言葉が出てしまえばもう取り返せない。そっと目を閉じて、ティファニー様に身を任せる。 肩におかれた少し高体温の手が、ぽんぽんと安心させるように肩をたたいた。
「任せなさい。絶対に可愛くしてあげる。約束するわ」
自信満々なその声はやっぱりとても頼もしくて、不安よりも楽しみの方がいつの間にか上回っていた。
今回の夜会で私はどうしたいのか。
殿下に褒めてもらいたいとか、可愛いねと言われたいという思いは意外なほどになかった。
見た目を変えた私に殿下がどんな反応をするのか、怖くないといえばまぁ嘘にはなるけれど、
――私は、私がどんな顔で、どんな背中で、どんな選択をする人間なのか。
それを、自分自身で見つけるために、この夜会に行くと決めたのだ。




