色ひとつでこんなにも
「いたいいたいいたたたったい!!!」
「クレアちゃん、やっちゃって」
「待って待って!クレア待ってええ!」
夜会に向けてのティファニー様は、この一か月本当に容赦がなかった。
肌や髪の基礎的な管理よりも、今回は夜会の会場で映える陰影や色を強調したメイクの仕方や、おくれ毛の一筋までこだわりぬいたヘアセットの方法、似合うドレスの色や形の選び方などを中心のレッスンが続いた。
メイクの講義では、アイラインの引き方ひとつ、選ぶリップの色ひとつでこんなにも顔の印象が変わるのかとずいぶん驚いたと同時に、ばっちりメイクのティファニー様の素顔は一体どうなってるんだろうとまじまじと眺めてしまってティファニー様にデコピンをくらった。
そんなこんなでまるで走馬灯のように意識を飛ばしているうちに、クレアが手早くコルセットの金具を止め終えた。
一仕事終えたプロの職人みたいに腕で額の汗をぬぐうクレアを横目に、鏡を覗き込む。
「おおっ……何度見ても詐欺……!」
普段のコルセットのつけ方でも、ウェストはきゅっと細く胸は強調されているが、今回はさらに、胸の盛りがすごい。自分の胸だとは思えず、盛り上がったデコルテを思わず手で触ってぷにぷにと確認してしまう。
「どうかしら?順調?」
カーテン越しにティファニー様の声がした。
「順調でございます、ティファニー様のアドバイス通り今着付けさせていただいております」
ティファニー様から、身体への筋肉や脂肪のつき方や、美しく見せるための構造などをみっちり講義された成果なのか、メイドとしてのクレアの執念なのか、グレイスの着付けは1ミリの妥協も許さず行われた。
「そう、よかったわ。グレイスちゃんもちゃんと覚えておきなさいな。いいこと?膝から上の肉は、全部胸よ」
「最初聞いたときは何言ってるんだろうと思いましたが、やっぱり実際やってみるとすごいものですね……」
「ウェストを細く見せるのも大事だけど、お腹だけ絞り過ぎても不健康に見えちゃうのよね。あと、そうするとあなた夜会で何も食べれないだろうし」
「そうなんです……夜会のお菓子ってとてもおいしそうなんですけど、がっつりコルセットつけてるときはなかなか食べられないんですよ……」
「今回選んだドレスはたぶん、どれも食べられるわよ。バカみたいに食べたら苦しくなるだろうけど」
今回夜会の候補として、ティファニー様と一緒に三着のドレスを選んだ。
一着目は薄い水色の生地に白と銀の細やかな刺繍が全面に入り、スカート部分には透ける白い生地が上からふわりとかぶさる豪奢なドレス。
二着目は、もう少し色の濃いミントグリーンに、深い緑の幅広リボンをウエストや袖にあしらったシックなドレス。
そして三着目は、薄い紫色のドレス。立体の形がとにかくとてもきれいで、胸元とスカート部分には色とりどりの小花がすそにむけて散らされている。
現在、ティファニーズビューティーサロンでは、明日の夜会に抜けてグレイスの最終チェックが行われている。
今日は三着とも試着をしてみて、どれも似合っているとティファニー様とクレアから太鼓判をもらっているので、明日は気分で好きなものを選べばいいと言われた。
今まで着ていたような深い色合いのクラシックなドレスではなくて、軽やかな色合いの洗練されたドレスは、自分で言うのもなんだが、想像以上に似合っていると思う。
メイクのおかげもあり、顔色がぱっと明るく透明感が際立つ。食事管理の影響もあるのか、以前よりも髪も肌もツヤがでているのも一目でわかるほどになった。
鏡から振り返ると、真剣な目でこちらを見つめるティファニー様と目があった。
「どうでしょうか?」
ティファニー様は、折れそうなピンヒールで器用に二歩三歩と後ろに下がり、上から下までくまなく視線をめぐらせると、あごに手をあてて満足げにうなずいた。
「最っ高にかわいいわ」
うんうん、と頷きながら私の周りをぐるっと回ると、最後に私を鏡に向かせてその背後から鏡を一緒に覗き込んだ。
「ドレスもメイクもとっても似合っているし、上手にできているわ。クレアちゃんのプロのお仕事のおかげもあるけど、一番はグレイスちゃんの努力の賜物ね」
鏡越しにティファニー様と目が合う。恥ずかしいけれど、まっすぐに褒めてもらえるのはとてもうれしい。
照れくさい思いで鏡を見つめていると、後ろから頭にぽんとティファニー様の暖かい手が添えられた。
撫でられるなんて、そんな、こどもみたいだなとくすぐったく思っていると、その手がそっと額のあたりまで降りてきた。
「ねぇ、嫌だったら断ってくれていいんだけど、ひとつ提案があるの。きっと似合うと思う」