雪解けの時期を経て
春の訪れを祝うガーデンパーティ、と銘打っているだけあり、王宮の中庭は一分の隙もなく手が行き届いていた。美しく咲き誇る彩り豊かな花々はちょうど見頃のもので揃えられ、その間を縫うようにパリッとした純白のクロスがかかったテーブルが並ぶ。
春特有の柔らかい色彩の青空にはふんわりと薄雲が浮かび、絶好のパーティー日和だ。
(さすが王宮の使用人。ここまで完璧だとたまに聞こえる鳥のさえずりすら仕込みなんじゃないかと疑ってしまうわね)
グレイスはそんな毒にも薬にもならないことをぼんやりと思いながら、グラスに口をつけた。
今日のグレイスはモスグリーンの地味なドレスを身にまとっていた。
ガーデンパーティらしく少しカジュアルではあるが、公爵家らしく布や細部の装飾は細やかで上質なドレスは、グレイスを目立たせることも引き立てることもせずちょうどよく地味に存在を薄くしてくれている。
そのおかげでグレイスは壁の花としてのんびり周囲を観察できているのである。
アルバートはグレイスと目が合った途端その無駄に高い鼻をふんと鳴らして
「おや、花園に山菜が紛れ込んでいるようだ」
と嫌味をぶちかますとさっさと華やかなご令嬢のもとへ向かった。
(毎度よく多種多様な嫌味がすらすら出てくるわね。王族教育の賜物よねぇ)
くいっと最後の一口を飲み干すと、近くにいた給仕に渡してスイーツのコーナーへ向かう。
宝石のごとく輝くみずみずしいフルーツを使ったスイーツや、華をかたどった生クリームがたっぷりのったケーキ、どっしりと濃厚なバタークリームが挟まった色とりどりのマカロン。
グレイスは真剣な目で端から端までスイーツをチェックし、中でもカロリーが低めであろうフルーツタルトを目ざとくピックアップするとまたもや壁に戻って王宮の味を堪能し始めた。
フルーツには艶々とした飴がうすくかけられ、口に入れるとパリっとした食感と甘さののちにじゅわっと酸味のある果汁が口に溢れてくる。そのジューシーなフルーツをまろやかなクリームがつつみこみ、香ばしいタルト生地と混ざって一体となる。
グレイスはぎゅっとフォークを握りしめると、しばし目をつぶって芳醇なスイーツの味を噛み締めた。
(これぞ、王宮のお茶会の醍醐味……!)
小さく切り分けられたスイーツを名残惜しそうに食べ終えると、再度アルバート様の観察に目を戻した。
本当なら全種類、お腹がはち切れるほどに胃袋に収めたいのだが、今のグレイスは以前とは違うのだ。食と美容の関係をみっちりたたきこまれたグレイスは、美味しいものを適量、が一番いいということを知っている。
庭園の中心では、アルバート様の側に群がる美しい蝶のような女性たちが笑顔と香水の香りをふりまいている。
グレイスのいる木陰から見ると、まばゆい春の光の下で談笑する若い男女は本当に発光しているようで眩しくて目を細めた。
アルバートとグレイスの関係は、もちろん以前はこんなふうに嫌味を言われそれをぐっと抑え込むようなものではなかった。
まだお互いの背丈があまり変わらない頃までは、二人は一緒に家庭教師にマナーや歴史、ダンスなどに励み、時には二人で愚痴を言い合い、互いの好きなものを教えあった。
グレイスは小さい頃からスイーツと紅茶が大好きで、勉強後のお茶会ではいつもアルバートの分のお菓子にまで手を伸ばしていた。アルバートは苦笑しながらもそれを温かい目で見つめてくれていた。
いつから関係が変わっていったのか、グレイスははっきりとは覚えていなかったが、少なくとも王立アカデミーを卒業するときには二人の関係はすでに取り返しのつかないレベルで歪になってしまった。
(……いけない、思い出に浸ってしまったわ。さて、時間的にはそろそろ頃合いね)
お茶会も佳境を過ぎたと判断し、グレイスはミッション完了とばかりに足早に踵を返し馬車寄せに向かった。
手持ち無沙汰な様子で待機するたくさんの家紋付きの馬車と御者の中から、公爵家の家紋を見つけると馬車が開きクレアが降りてきた。
「お嬢様、お早いお帰りで。お茶会はつつがなくお過ごしになられましたか?」
グレイスはにっこりと笑うとクレアに日傘を手渡し、馬車に乗り込んだ。
「ええ、満足よ。想定通りと言ったほうがいいかしら」
「アルバート様は、やはり何も……?」
「いつも通りよ。今日は私が山菜に見えていたようだわ」
「まぁまぁ、あの王子はついに視力が地に落ちたようですね」
これまたいつも通り容赦のないクレアの衣着せぬ言葉に、グレイスはくすくすと笑った。
「いいのよ、私が山菜に偽装するようなドレスをあえて選んだんだから。むしろうまいこと言うなと感心したくらいだわ」
何かにふっきれたように馬車の外を見つめるグレイスを見て、クレアはそっと口角を上げて微笑んだ。
グレイスお嬢様はこの一ヶ月で、見る人が見れば確実にわかるレベルで変わっている。
成長期の少女であるということはもちろんだが、内面の変化が抑えきれずに溢れているのが一番大きな理由ではないかとクレアは考えている。
今まで、公爵家の娘であろう、王子の婚約者であろう、と何をするにおいても「ふさわしさ」を重視して自分を押し殺してきた妹のようにかわいい彼女が、自分の意思でティファニーの元へ通い自ら努力している様を見ているのは、クレアにとってもとても喜ばしいことだった。
寒さに萎縮していた蕾が、雪解けの時期を経て今内側から少しずつほころぶようなグレイスの様子を、誰より感じ取っているのは一番身近にいる自分に違いない。
「お嬢様、お強くなられましたね」
「えっ、トレーニングしすぎたかしら!そんなに筋肉をつけるつもりじゃなかったのよ!?どうしましょう、ティファニー様みたいになってしまったら。いえ、ティファニー様はもちろんあのままで十分素敵ですけれども」
しみじみと思いを込めてクレアがつぶやくと、グレイスは焦ったように自分の二の腕や腹筋を服の上からさわさわと触り始めた。
でもトレーニングはやった分だけ結果が出るのが楽しくて、ちょっとやりすぎたかもしれない……とぶつぶつつぶやくグレイスを見ながら、クレアはにっこりと笑みを浮かべた。
うんうん、うちのお嬢様が一番かわいい。




