05 予感
時の流れというやつは、人間を変えてしまう力を持っているらしい。
それを私は、元恋人の変貌ぶりを目の当たりにして、しみじみ実感していた。
私の知っている榊東悟と言う男は、思ったことを顔にも出さずに平然としていられるような『できた』人間じゃなかった……はず。
どちらかと言えば、『感情の動きが表情直結』で、今機嫌が良いのか悪いのか、とても分かりやすかった。
嬉しくなったり、悲しくなったり。ドキドキ・ハラハラ。その表情が変わる度に、あの頃の私は一喜一憂していた。
確かに、年齢的には二十歳そこそこで若かったこともあるだろうけど、あの頃の東悟から、今目の前にいる『大人然とした』谷田部課長を想像するのは、難しい。
少なくとも、私には想像できない。
ここまで完璧な『ポーカー・フェイス』は、見たことがなかった。こんな、人をおちょくって愉快そうに笑うような……ところは、確かにあったけど。
「……お人違いじゃないですか? 誰かと、勘違いなさっておられるのでは?」
妙に、その態度にむかっ腹が立った私は、思わずつっけんどんな返事をしてしまった。
「……酷いな。俺は、一目で梓だって分かったのに。君の方は、俺のことなど忘却の彼方って訳だ……」
いとも残念そうな声音とは裏腹に、彼の黒い瞳には悪戯盛りの少年のような好奇心に満ちた光が揺れている。
この男は……。あくまで、人をおちょくって楽しんでいる。
そう確信した私は、思いっきり眉根を寄せて渋面を作ると、視線を前方の信号機に戻した。
「梓……」
その声で、名前を呼ばないでよ。古傷が、ズキズキ痛むじゃないの。生憎、私は自分の傷を抉って喜びに打ち震えるような、アブナイ趣味は持ち合わせていませんから!
「……あの時は、すまなかったな」
明らかに、さっきまでと声のトーンが変わった。
引き寄せられるように、再び向けた私の視線の先にあるのは、あの頃と変わらない真っ直ぐな瞳。
これ以上ないくらい真剣な瞳には、さっきまでのからかいを込めた色合いは微塵も残っていない。
――な、なによ。
こんなの、反則技も良いところじゃない……。
長いようで、たぶん一瞬だろう視線の交錯。
でも、その一瞬は、私の心の奥に封印したはずの何かを目覚めさせるのに、充分な時間だった。
ザワザワと、心の奥で、ゆっくりと、何かが動き出す。
それは、熱い予感。
たぶん私は、この男に惹かれるのを止められない。
あの頃のように。
ううん。あの頃以上に、惹かれてしまう。
そんな確信めいた予感が、高鳴る胸を過ぎった。