46 真意-8
とにかく、美加ちゃんには、寝室で朝まで仮眠を取ってもらい、無理をさせてしまうけれど、明日は一人で通常通り出勤、と言う形をとることにした。
課長は、病欠。
私は、『親戚に急なお葬式が出来た』とでも適当に理由をつけて……。
まあ、所謂、ズル休みだ。
そう段取りが決まれば、いよいよ、病人看護開始。
男物の着替えは用意することができないから、上着は、ネクタイを外してワイシャツを脱がせ、少し考えてから、スラックスはそのままでベルトだけを外した。
さすがに、『全部ひん剥いて下着姿に』、と言うのはいくら元恋人同士の仲といえど、躊躇われた。
この状態で、汗ばんだ身体を濡れタオルで拭いてから、熱がこもらないように、薄手のタオルケットのみを上に掛けて、冷凍庫で常備していた冷却枕と、風呂桶に汲んだ氷水に浸したタオルを定期的に交換して、頭を冷やす。
後、出来ることは――。
高熱を発している時は、とにかく、こまめな水分補給。
たぶん、これが一番肝心な事のはず。
「課長、スポーツ飲料ですけど、少し飲めますか?」
コンビニで氷と一緒に調達してきた、ペットボトル入りのスポーツ飲料の蓋を開けて、昏々と眠る課長に枕元で声をかける。
「う……ん?」
課長は、薄く目を開けて、一応反応を見せたものの、やはり辛いのか、すぐにその瞳は固く閉じられてしまった。
やっぱり、だめか……。
「課長、少しでもいから、飲んでください」
「……」
再度、声を掛けるけど、かんばしい反応は返って来ない。
意識がはっきりしないこの状態で、直接ペットボトルから水分補給は、かなり難しいだろう。
いくら何でも揃うコンビニでも、病人用の吸い飲みなんて、あるはずないし、自力で吸うことが出来なければ、ストローも意味がなさそうだし……。
「課長……」
ますます熱が上がってきたのか、はっきりと顔色が赤味を帯びてきた苦しそうなその顔を、じっと見つめる。
ええい、こうなりゃ、残るは、非常手段。
苦しそうな上司さまを救うためであって、けっして、やましい事はありません。
と、心の中で言い訳をして、ペットボトルのスポーツ飲料を口に含む。そして、そのまま、眠る課長の口に自分の口を押し当てた。
「……う……ん……」
突然、唇に与えられる圧力を感じてか、わずらわしそうに首を振ろうとするその顔を、逃げられないように両手で固定し、そのまま、口の中の液体を息を吹き込むように、流し込む。
治まりきらない分量が、口の両端を伝って滴り落ち、課長の顔に添えた私の両手を濡らしていく。
でも。
コクリ――と、僅かながら、課長は確かに、流し込まれたスポーツ飲料を、嚥下した。
それは、物理的な、水分補給作業。
『キス』、なんて、色気のあるものじゃない。
内心、早くなる鼓動はこの際無視して、そう自分に言い聞かせ、二度、三度と、同じ動作を繰り返す。
このくらいで大丈夫かな?
これでひとまず、終わりにしようと考えつつ、繰り返した四度目が終わり、唇が離れようとした、そのときだった。
ふいに、首筋が、熱い感触に覆われ、
「……え?」
それが、課長の手のひらだと理解する間もなく、離れかけた身体は、ぐいっと引き戻された。