45 真意-7
「うっ!」
「あっ!」
私と美加ちゃんは、意味のなさない似たような、それでいて大分成分の異なった、驚きを意味する言葉を発した。
なにせ、私は仰向けに横たわる課長に馬乗り状態で跨っていて、その上、額と額をくっつけて熱を測っていたのだ。どうひいき目に見ても、『OL・深夜に寝込んだ上司を襲うの図』にしか見えない。
『沈黙はすべてを語る』
案の定、美加ちゃんも、『そう』取ったらしい。
その表情は、目と口と鼻の穴をアルファベットの『O』の形にして、驚きに彩られている。
でも、それは、瞬時に訳知り顔の喜色満面の笑みが取って代わり、
美加ちゃんは、その笑みを顔に貼り付けたまま、DKに踏み出していた足を音も無く引っ込めると、何事もなかったかのように、パタリと引き戸を閉めてしまった。
「み、美加ちゃん!」
違う、違う、違うよっ!
「ちょ、ちょっと待って美加ちゃんっ! 誤解だからっ!」
慌てて立ち上がり、寝室の方へふらりと、歩み寄る。
本当は、ツカツカと駆け寄りたい心境だったけど、お酒が入っているせいか、身体が言うことを聞いてくれないのだ。
「美加ちゃんっ」
「あたしは、まだ眠ってます。だから、何も見てませんよ?」
「美加ちゃん、いいから、先にトイレに行きなさいっ!」
あまりの恥ずかしさ加減に、私の声も裏返る。
「ちぇっ――。あたしって、間が悪いなぁ……」
さすがに、生理現象には逆らえないのか、美加ちゃんは、ばつが悪そうに部屋に入って来た。
無事トイレを済ませた美加ちゃんの手を借り、課長を布団の中に寝かしつけ、コンビニに走って氷を買い付け、課長の頭を冷やして体温を測ってみれば、上がりにあがった三十九度六分。
「……すごい熱ですねぇ」
「うん。すごい熱だねぇ……」
大人でこの高体温は、かなり辛いはず。
美加ちゃんと二人、静かに眠る課長の枕元で、体温計のデジタル表示を見つめながら、頭をつき合わせてため息を吐く。
咳が出るとか鼻水が出るとか、私の知る限り、本日の課長に風邪と思われる症状はなかった。静かにいきなり熱が上がったこの症状を見れば、素人ながら、なんとなく病名の予想がついてしまう。
「インフルエンザとかですかねぇ……」
「……そうかもねぇ」
予想通りの病名を口にする美加ちゃんに、私は力の無い相槌を打つ。
『先刻の課長のご乱心は、高熱のためだった』のだと、原因は分ったものの、更に困った事態に陥った。
この状態では、明日、と言っても後数時間後のことだけど、課長はまず会社は休むようだろう。
本当にインフルエンザなら、しばらくは休むようになってしまう。まあ、その心配はさておいて、とにかく朝を待って、病院直行だ。どんな病気にしても、医師の診断が必要なことには変わりない。
「とにかく、感染るといけないから、美加ちゃんは寝室に戻って、少しでも寝ておいて?」
「え? 先輩は……」
と、小首を傾げてから、美加ちゃんは、合点がいったようにニッコリと頷く。
どうしたって課長の看病は必要だし、色々な事を割り引いても、怪我人の美加ちゃんに負担は掛けられない。
それは建前で、本音を言えば、私が看病したいのだ。