41 真意-3
「かっ……!」
課長!
私の左手を引っ張り、自分の方に引き倒し、その上、身体ごと、がっちりその懐に抱え込み寝転んでいる犯人様の名を呼ぼうとした、とたん。
その口は、『パフン』と、体を更に引き寄せられたせいで、ワイシャツ生地に塞がれてしまった。
再び、嗅覚を直撃する、コロンとタバコの匂い。
そして、薄布越しに伝わるやけに熱く感じる体温。
まるで全身が心臓化したみたいに、鼓動が加速して大きくなっていく。
な、な、な、なにっ!?
何が、どうしたのっ!?
身体は硬直状態で、一気に眠気の吹っ飛んだ脳細胞はパニック寸前。疑問符が、徒党を組んで怒涛のように駆け抜けていく。
「課長っ、どう――」
「――すまない……」
再び口に出しかけた言葉は、今度は柔らかい布地ではなく、低音の声によって遮られた。
「もう少しだけ。もう少しだけでいいから、こうしていてくれないか?」
微かに震えを帯びたその声音に、見え隠れするのは、大きな感情のうねり。
ただの酒の勢いで走った行動ではない気がして、暴走していた鼓動が、熱が引くみたいに『すうっ』と静まっていく。
もしかして、
プライベートで、何か、あったのだろうか?
普段の課長からは考えられない、こんな行動に走らせてしまうほどの、私の知らない、何かが。
知りたい、と、切実に思った。
好奇心からではなく、
たとえば、それが辛いことなら、分かち合いたい。
力にはなれなくても、話を聞くだけしかできなくても、それでも、少しでもこの人の役に立ちたいと、そう思った。
でも、その願いを口にする勇気はなく、私は、何も言葉を発せずに、だた、そのままじっとしていることしかできない。
どのくらいの時間、そうしていただろうか。
背に回されていた両腕の戒めがふっと緩んで、私はハッとして、伏せていた課長の胸元から顔を上げた。
どこか自嘲気味な笑みを浮かべたその表情には、疲労の影が色濃く浮かんでいる。
「因果応報ってやつだな……」
「え……?」
因果応報?
「自分で手放しておきながら、今更欲しがるなんて、まるでオモチャを取り上げられた、子供みたいで、我ながら嫌になる」
切なげに眇められた瞳に視線がつかまり、ドキリと、鼓動が大きく跳ね上がった。
背に回された左手に再び力が込められ、外された右手が、首筋から頬へと、そっと、稜線を辿る。
熱い頬を、少し冷たく感じる繊細で長い指先が、優しく撫でていく。
その感覚に、更に頬が上気した。
「か、課長っ……」
全身に帯びた熱に耐え切れず、思わず名を呼ぶと、それを遮るみたいに、『しぃっ』っと、長い指先が私の口に当てられた。
「今は、課長はナシ」
「ナ、ナシって言われてもっ」
んじゃ、なんて呼べはいいのよ、いったい。
「梓……」
至近距離で名前を囁かれて、再び鼓動は暴走開始。
もう、何が何だかわからない。
いったい、どうしちゃったの、この人!?