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25 逢瀬-1

 どうも私は、昔から『押し』に弱い。

 相手が男性でなくても。

 そう、例えば、相手が『お見合い斡旋を至上の喜びとする親戚のおばちゃん』でも。面と向かって自信満々・笑顔全開で意見を主張されると、まずきっぱりとは断れない。

 相手が善意で動いてくれているのが分かるから。悪意が無いと分かってしまうから、無下には断れなくなってしまう。

 そして、『考えさせて下さい』的なその場しのぎの逃げ口上で、文字通りその場をしのぎ。後から、嫌になるくらい後悔するのだ。『どうしてきっぱりと断らなかったのだろう』と。

 それが分かっているのに、毎度毎度どうして? と、自分でも思うけど。

「断れないのよねぇ……」

 突き詰めれば、自分が嫌われるのが怖い――のかもしれないな。

「良い子ちゃんでいたいのよね、私って……」

 そんな自虐的な分析に思わずため息を吐き、腕時計に視線を走らせれば、もうすぐ約束の午前十一時。

 飯島さんから電話を貰った一時間半後。

 私は、例の近所のコンビニの駐車場の隅っこに一人、所在もなく佇んでいた。

 土曜日の今時分は結構お店も賑わっていて、駐車場も八割方埋まっている。空模様は、飯島さんの言った通り、嫌になるくらいの晴天だ。

 待ってるのは、言わずもがなの飯島さん。

 やっぱりと言うか案の定と言うか、私は、『俺が車で届けますよ。ついでに、良かったらデートしましょう』と言う、飯島さんの主張をきっぱりと断ることが出来なかった。

 どうせ車で行くからと、家まで荷物を届けてくれるとの飯島さんの申し出を、『アパートが大通りから奥まった所にあって、駐車スペースがないので』と、苦しい言い訳で丁重にお断りし、待ち合わせ場所をこのコンビニにしたのは、我ながら頑張ったと思う。

 まさか、いきなり部屋に上がらせてくれとは言わないだろうけど、万が一と言うこともある。それに。

『お気持ちは、とても嬉しいんですけど、実は好きな人がいるんです。だから、お付き合いはできません』

 本当は、昨日言わなければいけなかった、飯島さんに伝えるべき言葉を脳内反芻する。

 まさか好きな相手が谷田部課長だとは明かせないけど、正直な気持ちを伝えよう。それが、私を好きだと言ってくれた人への最低の礼儀だと、そう思う。

 一番の問題は、きちんと言えるかどうか。

「ううっ、胃が痛い……」

 暴飲暴食プラス恋の悩み。

 木村課長じゃないけど、胃に穴が開きそうだ。でもここが踏ん張りどころ。

 飯島さんが来たら、荷物だけを受け取ってお礼を言い、デートの件はしっかりと、お断りしなければ。

 デートに誘ってくれる男性を待つ身としては、地味すぎる今日の格好の理由は、そのためもある。

 いつもの普段着の、シンプルな生成りのカットソーとブラック・ジーンズ。靴は、履きなれた白いスニーカー。化粧はいつもの美加ちゃん曰く『のっぺらメイク』。黒縁メガネは、必需品。

 ついでに、髪も首の後ろで無造作にひとくくり。

 おまけに、昨夜の不摂生で顔色は悪いし、夢の中で大泣きしたせいで瞼も腫れぼったい。

 これが、高級服や特製メイクを剥いだ、ありのままの高橋梓。

 二十八歳の等身大の飾らない『本当の自分』。

 飯島さんには、ありのままの私を見て盛大に幻滅してもらって、その上でキチンとお断りしよう。

「よしっ!」

 決意を込めて、飯島さんへのお礼にとコンビニで買ったおせんべいの詰め合わせの入った紙袋の取っ手を、ギュッと握りしめる。

 そして、いよいよジャスト、十一時。

 一台の大きな四輪駆動車が、すうっと駐車場にすべり込んできて、緊張の極地で身を強張らせて立っている、私のすぐ側で停車した。

 濃紺と灰色のツートンカラーの、大きなボディ。

 その運転席から、ヒラリと身軽に降りてきたのは、飯島さんだった。

 昨日のスーツとも、いつもの現場作業着とも違う、初めて見る普段着の飯島さんの姿に、挨拶をするのも忘れて見入ってしまう。

 シンプルなブルー系のチェック柄のシャツに、ブルー・ジーンズ。足元は、黒いスニーカー。

 ふと、東悟との初デートの時を思い出してしまい、ドキンと鼓動が高鳴った。

「おはようございます」

 飾らないファッションと同じに、飾らない笑顔を向けられて、私はハッとして頭を下げた。

「あ、おはようございますっ」

 やだ。どうかしてる。

 こんな時に、東悟とのことを思い出すなんて。

 飯島さんに、失礼も良いところだ。

 そんな私の動揺など知るはずもない飯島さんは、笑顔で荷物を手渡してくれる。

「はい、これ、預かった荷物です。一応、中を確認して下さい」

「ありがとうございます。え、と……」

 ペコリとお礼を言って、見覚えのあるブティックの赤いロゴ入りの白いペーパーバッグを受け取り、中身を確認すれば、見覚えのありすぎるグレーのパンツスーツが一式。間違いなく、私のものだ。

「間違いありません。私の荷物です」

「貴重品とかは、大丈夫ですか?」

「はい。もともと着換えしか入っていませんので」

「それは良かった」

 ニコニコと邪気のない笑顔を向けられて、否が応でも『言うべきことを言わなければ』という緊張感が高まって、ますます鼓動が早まっていく。

 ま、まずは、お礼の品を渡す!

 心で自分に叱咤激励。

「わざわざすみませんでした。これつまらないものですが、お茶うけにでもどうぞ!」

 用意していた、おせんべいの詰め合わせ入りの紙袋を、ズイっと捧げ渡す。

「いやぁ、返って気を遣わせてすみません。じゃ、遠慮なく頂きます」

 ありがたいことに、飯島さんは言葉通りに遠慮なく受け取ってくれた。

 よしっ。まずは第一段階クリア!

 つ、次が問題だ。

 言え、言うんだ私っ!

 大きく息を吸い込み、息を止めて。

「飯島さん、じ、実はっ――」

「まあ、話は後からゆっくり。まずは出かけましょう」

 クルリと踵を返すと、飯島さんは助手席側のドアを開けて、『さあ、どうぞ』とばかりに、私に乗るように手招きした。

「え? あ、あのっ!」

 優柔不断の重い鎧を必死で脱ぎ捨てて、意を決して口を開いたのに。

『お気持ちは、とても嬉しいんですけど、実は好きな人がいるんです。だから、お付き合いはできません』

 何度も脳内シミュレーションした肝心のその言葉は、寸前の所で飯島さんの行動で遮られてしまった。それどころか、このままじゃデートコースまっしぐら。

 や、やばい。頑張れ私!

「飯島さん、あ、あのですね」

「はいどうぞ」

 とっ散らかった脳みその指令で、舌が上手く回るわけもなく。

「あ、あの、実はっ――」

 パパーッ! っと、突然上がったクラクションの音に、口にしかけた言葉はまたもや遮られて。 

「あ、ほら、他の車の邪魔になってしまうから、急いで」

 お昼を前に混雑がピークに達しつつあるコンビニの駐車場に、このまま飯島さんの大きな車を停めておくわけにもいかず。

 ハッと気が付けば、私は走り出した飯島さんの車の助手席に、ちんまりと借りてきた猫のように、鎮座していた。

 あああああっ。

 乗ってどうする、このオタンコナスビっ!

 言え、今すぐ言うんだっ!!

 あまりと言えばあまりの、自分の要領の悪さに眩暈を覚えながらも、まだ残っている理性の命令に、私はなけなしの勇気を振りしぼった。

「あ、あの飯島さんっ」

「はい?」

 バックミラー越しに一瞬。

 私の問いかけにチラリと視線を上げた飯島さんの色素の薄い茶色の瞳と視線がバッチリとかち合って、思わずひくひくと浮かべた笑いが引きつる。

「できれば、その辺の角で降ろしていただけると、嬉しいかなぁ……って」

「今日は、予定はないんでしょう?」

「え、あの……」

 あるって言え。

 急に用事が出来ましたって言えばいい。

 降ろしてもらえばこっちのもの。

 後は、お礼の言葉と、『申し訳ありませんが、やっぱり付き合えません』って、メールででも、お断りの返事を送ればいいんだから。

 それで、すべて終わる。簡単よ。

 私の中の『黒梓』が、意地悪く、そそのかす。でもその一方で。

「はい。予定は、ないですけど……」

 真っ直ぐな瞳を向けてくれるこの人に、嘘はつきたくない。

 そう思ってしまった。

 恋愛感情ではないにしろ、私は飯島さんが嫌いではない。だから、嘘はつきたくない。

「ねえ、高橋さん」

 ちょうど赤信号で車が止まった時、黙り込んでしまった私を気づかうように、飯島さんから柔らかい声がかかった。右頬に、穏やかな視線が向けられているのを感じる。

「昨日も言ったけど、そんなに深刻にならなくても良いから。ほんの気分転換。友達と遊びに行くような、気軽な気持ちでいいんだ」

 カチコチに固まっている私をリラックスさせるためなのだろう。今までのように、年上の女性に対するような、一歩引いた感じではなく、まるで気の置けない女友達に話すように、飯島さんは飾らない口調で言葉を紡ぐ。

「……」

 飯島さんの言うように、気軽に楽しめる性格ならどんなにいいだろう。でも、『言わなければ』と言うプレッシャーと、緊張ばかりが先に立って、こうして身を強張らせているのが関の山だ。

 尚も言葉もなく俯いている私に、飯島さんは淡々と言葉を重ねていく。

「正直言うとね、俺も、本当はこんな風に強引に誘うつもりじゃなかったんだ。断られても仕方がないかなって。でも、実際高橋さんの顔を見たら、誘わずにはいられなかった」

 すっと、腕の伸ばされる気配にドキッとした瞬間、右頬に温もりを感じて思わず扉の方へ身をのけぞらせた。

「い、飯島さんっ!?」

 反射的に上げた瞳が、飯島さんの真っ直ぐな瞳に捕まって、金縛り。そのまま動けなくなってしまった。

 長いような、たぶん一瞬の視線の交錯。

 驚きの眼で見つめていたその瞳が、フッと愉快そうに細められる。

「まつ毛、付いてましたよ。ほら」

「えっ!?  あ、ええっ!?」

 飯島さんのがっしりとした骨太の指先に、黒いまつ毛を認めて、カッと頬に血が上る。

 あああ。痴漢扱いの反応をしてしまった。

 信号が青に変わり、クスクスと笑いながら車をスタートさせた飯島さんの横顔に、「ご、ごめんなさいっ!」と、頭を下げる。

「謝らないで良いですよ。今のは、半分わざとだから」

「は?」

 わざと?

 わざと、頬に触ったってこと?

 なぜか、湧き上がったのは、漠然とした不安。

 『明るく陽気で仕事ができる大手ゼネコンの現場監督さん』

 もしかして、私は飯島さんと言う人を、見誤っている?

 尚も愉快そうに笑う飯島さんの横顔を、私は、一抹の不安を覚えながら、呆然と見つめた。



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※ただ今、アルファポリスにて連載中です。
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