15 追憶-5
一見して、ペアルックに見える服装で手を繋いで歩く私たちは、傍目には、仲の良いカップルに見えるのだろうか?
大学内で耳にする噂では、『女の子にモテまくりでより取り見取り』だという榊先輩はともかく、人生で初めて異性と手を繋いで心臓が口から飛び出しそうになっている私は、ただ熱く上気している頬を隠すように、うつむき加減で手を引かれていくしかできないのに。
勇気を振り絞って自分から手を繋いでみたけれど、これじゃあ、今朝、強引にアパートから連れ出された時と、あまり変わらない。
そう、BGMはやっぱり、ドナドナで。
今朝よりは多少曲調は明るくなった気がするけど、根底に流れる何とも言えない『情けなさ』は同質のものだ。
我ながら、今時の大学生にあるまじき状態だとは思う。でも悲しいかな、これが十八年の人生で培ってきた『高橋梓』という人間なのだから仕方がないと、自分を慰めながら足を進める。
レストランの入り口上部の外壁には『停車駅』と書かれた木製の白い看板がかかっていて、店名に由来するのか電車の駅の看板を模したような作りになっていた。
素焼きレンガ風のタイルが敷き詰められたエントランス部分の『WELCOME!』と染め抜かれたグリーンの玄関マットを踏むと、軽やかに自動ドアが開いた。その瞬間、圧力すら感じる熱気と香ばしい匂いに、全身を叩かれた。思わず足が止め、二階まで吹き抜けになっている広々とした店内を、呆然と見渡す。
所謂、バーベキュー形式のレストランだった。
店の外観と一緒で、どっしりとした作りのウッディな四人掛けのテーブルの中央には、黒い鉄板が備え付けられていて、そこで肉や野菜を焼いて食べるようになっている。鉄板で肉や野菜を焼く香ばしい匂いは食欲中枢をもろに刺激して、急に空腹感に襲われた。
でも足が止まったままの理由は、それだけじゃない。目の前に展開されている珍妙な光景に、心底驚いたからだ。
わぁっ、なにこれっ!
二階まで吹き抜けになっている店の中央部分。そこに何と『ミニチュアの黒い蒸気機関車』が颯爽と走っていた。
否、走りまくっていた。
車両の高さは五十センチ、幅は三十センチほど。細部まで精巧に作られたしっかりとした作りで、先頭車両には『D51』とか『C62』などの、アルファペットと数字を組み合わせた金色の文字が印字されている。この機関車が、駅名が付けられた各テーブルに、オーダーされた料理を運んでいる。
言うなれば、『給仕のメインスタッフは、蒸気機関車!』
幼い子供連れの家族が、客層のほとんどを占めている理由が良くわかる。
これは、子供でなくても楽しい。
現に私も、さっきまで沈んでいた気持ちが、一気に浮上してしまった。それどころか、私の故郷では町興し計画とかで、この実物版が線路を走っているのを思い出して、妙に嬉しくなってしまう。
もしかして、ここがさっき先輩が言っていた目的地、『私が喜ぶ場所』なのだろうか?
「な、変わってるだろう?」
『驚き桃の木山椒の木状態』で無言で目の前の光景に見入るばかりの私の反応に満足したように、先輩は二カッと会心の笑みを浮かべた。
前もって予約を入れてくれていたようで、すぐに営業スマイル全開で飛んできたウエイトレスさんに案内されて、私たちは、二階部分の最奥、窓際の席に陣取った。他の席はほとんど埋まっているから、けっこう有名な人気店なのかもしれない。
ほどなく、例の蒸気機関車が『シュッシュッポッポー』と言う絵にかいたような音を響かせながら、バーベキューの材料を運んできて、先輩と二人だけの初・ランチタイムが始まった。
最初こそ、向かい合って食事をすることに慣れなくてぎこちなかったけれど、どうもバーベキューという食事スタイルは緊張をほぐしてくれる効果があるらしく、いつの間にか体の力も抜けて楽しいひと時が流れていった。
もしかしたら先輩は、その辺も考えてこの店を選んでくれたのかもしれない。ふと、そう思った。
料金は割り勘でとお願いしたけど、『せめてこのくらいは良い格好をさせてくれよ』と笑顔で断られて、恐縮しつつもその言葉に甘えさせてもらった。でも、『次にかかる料金は、自分が払おう!』と心密かに決意するのは忘れない。
「味はどうだった?」
車に戻ってすぐにそう問われ、反射的に「とっても美味しかったです!」と、素直な言葉が口を飛び出した。
「それは良かった」
本当に、美味しかった。
地元の黒和牛の高級肉は少し炙っただけで舌の上でとろけるほど柔らかく、朝取りの地元新鮮野菜は、どれも甘くて絶品。
でも、一番のご馳走はたぶん――。
「好きな人と食べるのが、一番のご馳走だな」
まるで私の心を読んだみたにサラリと、なんのてらいもなく先輩はドキリとするセリフを口にする。
「そ、そうですねっ」
『好きな人と』という言葉が、勝手に脳内でエコーで増幅され、カッと顔に血が上って思わず声が変な風に裏返った。
「ここはガキの頃両親と一緒に来て以来なんだけど、味はあの頃のまま変わらない気がするな」
そう言うと先輩は、遠い思い出を辿るように懐かしげに眼をすがめた。
その表情はとても楽しげで、ああ、きっと先輩は、温かい家庭で愛されて育った人なんだろうなぁと、見ていて幸せな気持ちになる。
ごの人を育てた人達ならば、きっと大らかで明るいご両親なのだろう。
家族と過ごした大切な思い出の場所に自分を連れてきてくれた、その事実が嬉しい。
「本当に、美味しかったです。ご馳走様でした」
「どういたしまして。あ、はい、ウーロン茶」
店の前の自動販売機で買ったペットボトル入りのウーロン茶を受け取り、お礼を言って一口口に含んだ。
油料理の後で、さっぱりして美味しい。
なんて、小さな幸せにひたっていたら、先輩が思いついたように、話を振ってきた。
「あ、そうそう。カップルにまつわるこんなジンクス知ってる?」
「はい?」
ジンクスって、縁起担ぎとか言い伝えの、ジンクス?
なんだろう? と、目を瞬かせて、もう一口ゴクゴクとウーロン茶を口に含んだ。そのタイミングを見計らったように、満面の笑顔で爆弾発言は投下された。
「焼き肉を一緒に食べてるカップルはH済み」
ぶーーーっ!?
口に含んだウーロン茶が、勢いよく噴出したのは、言うまでもない。
ゲホゲホとむせ返りながら涙目で視線を走らせると、爆弾投下犯はこの上もなく愉快そうに笑い声を上げている。
こ、この人は、私をからかって遊んでるだけに違いないっ!
私はこの時、先輩の中での自分の立ち位置を、なんとなく悟った。