14 追憶-4
『少し歩く』と言うから、何となく移動手段は電車かバスでも使うのかと思っていたら、先輩は車で迎えに来ていた。
車には詳しくないからよく分からないけど、大きくも小さくもない私的には『普通なサイズ』の白い乗用車。
紳士然と助手席のドアをどうぞと開けられ、恐縮しつつ乗り込んだ私は、『何か話さなきゃ』と思いながらも何を話して良いのか分からず、結局は何も言葉が出ずに、カーラジオから聞こえてくるBGMを聞きながら、窓の外を眺めるともなしに見ていた。
飛び去るように流れていく町並みは、だんだんと、都会からのんびりとした田舎の風景に変わっていく。
季節は、春と夏の狭間の六月も半ば。
視線の先には、抜けるような青空が広がっている。
その爽やかな空の下。
夏を前にいっせいに葉を茂らせる木々の、目にも鮮やかな緑のグランデーションが遠くに広がり、どこか自分の故郷を思い起こさせる懐かしい風景が、視界をゆるゆると過ぎていく。
いったい、どこに向かっているのだろう?
何となく北上しているのは分かるけど、まったく土地勘がない私には、どこを走っているのか見当もつかない。
チラリと、運転をしている先輩の横顔に伺うような視線を向けると、ご本人様は至極上機嫌そうにBGMに会わせてハミングなんかなさっていて、説明をしてくれそうな気配はない。
何かヘマをするんじゃないかとの緊張の極地で、ずっと体に力が入りっぱなしの私とは正反対に、先輩はなんだかとても楽しそう。
行先を聞いても良いよね?
窓の外の景色は、広々とした明るいものから、背の高い立派な針葉樹が立ち並ぶ暗緑色の薄暗いものへ変わった。
だからと言うわけではないけど、急に心細くなった私は、せいいっぱいの勇気をふりしぼって、先輩の横顔を見上げて声をかけた。
「あのっ……」
「うん?」
視線は前方に固定したまま、先輩は少し私の方に顔を傾ける。
「あの、どこに、行くんですか?」
「だんだん人気が無くなってきて、変な所に連れて行かれるんじゃないかって、心配になった?」
悪戯っぽく口の端を上げるその横顔に、思いっきりブンブンと頭を振る。
「そ、そうじゃないですけどっ、どこにいくのかなぁって……」
アパートを出てから、もうかれこれ三時間近く走り続けていて、確認しただけで三つの県を通り過ぎている。さすがに一度トイレ休憩にコンビニに寄ったけど、それ以外はノンストップ。
『目的もなくドライブ』と言うのとは、やはり違う気がする。
「たぶん、君なら、喜んでくれると思う場所」
「私が、喜ぶ場所……?」
って、どこなんだ?
観光名所か何かだろうか?
この辺にどんな観光地があるのか、皆目見当がつかないけど。
「その前に」
「はい?」
又、風景が変わった。
高木に遮られていた日差しが戻ってきて、針葉樹林の狭間にぽっかりと空いた広場が現れる。アスファルト敷きの駐車場だ。
「まずは、目的地に行く前にエネルギー補給ということで――」
「はい?」
「少し早いけど、腹ごしらえしようか」
車を減速させながらそう言うと、先輩はハンドルを左に切り、駐車場の空きスペースに車をすべり込ませた。
だだっ広いその駐車場は八割方車で埋まっていて、停まっている車のナンバープレートは見事にほとんどが他県ナンバー。その中央部に、二階建てのログハウスが、そびえ立つように『デン』と建っていた。
建物を囲むように小さな、でも丹精込めて世話をされていると分かる美しい花壇があり、色とりどりの花が咲き乱れている。壁際には大きめの窓がずらりと並んでいて、掛けられた白いレースのカフェ・カーテンの向こう側には、楽しげに食事をする人影が見えた。
どうみても、この雰囲気は――。
「レストラン、ですよね?」
伺うように尋ねると、少しイタズラめいた表情で、答えが返ってきた。
「そう、レストラン。ちょっと変わっているけどね」
変っている?
確かに、ログハウスだしオシャレな感じはする。でも、別に『変わっている』ようには見えない。
思わず足を止めて、まじまじと建物を見まわす。
「さあ、行こう」
柔らかい声と共に目の前に差し出されたのは、大きな手。
繊細さを感じさせる長い指先は、細いだけの私の手にはない力強さがあって、そんな些細な発見でさえ鼓動が過剰に反応し始める。
こ、これはもしかして、『お手を拝借』、
じゃなくって、『お手をどうぞ』ってやつだろうか?
物心がついてから『異性と手を繋ぐ』なんて、後にも先にも、高校の文化祭でのフォークダンスくらいしか経験がない私には、このまま素直に手を差し出していいものか判断がつかない。
チラリと視線を上げると、『うん?』と屈託のない笑顔で首を傾げる手の持ち主に視線が捕まり、更に鼓動が早くなる。
ピクリと上げかけた左手が、根性なしにも元の位置に戻っていく。
「ほら、いくぞ」
私のドンくさい反応に苛立つでもなく、穏やかなトーンの声が再び落とされる。相変わらず手は差し出されたままで、私の手を無理に取ろとはしない。
待っているのだと、思った。
私が自分から手を差し出すのを、待っていてくれているのだと、そう思った。
自信満々でいつだって強引で、でもこういう時は私から行動するのを、ちゃんと待っていてくれる人なんだ、この人は。
それは意外で、とても嬉しい発見。
ここで頑張らなきゃ、女じゃないでしょ、私っ!
ギュッと両手を握り込み、自分に喝を入れて、石化したんじゃないかと思うほど重い右腕をじりじりと上げる。
距離が詰まるほどに、激しさをます鼓動。
そして、大きな手のひらに触れた瞬間、緊張で冷たくなった指先が、ギュッと温もりに包まれた。
とたんに広がる、羞恥心と安堵感。
でもやはり恥ずかしさの方が先に立って、上気した顔を俯かせる。
「よくできました」
笑いを含んだ声と共に頭に降ってきたのは、空いた方の彼の左手。
まるで幼い子供にするように、ポンポンと温かい手の平が頭をなでられて、ますます私の顔は火照りまくった。