大賢者4
※不快な表現があります
私は大きな町の生まれだ。サンガロマネスクの首都と言われる町。町は大きく、馬車やエキがなかった。つまり完璧な大都市だった。
魔法士や賢者、錬金術師が沢山いる町だった。魔法は年月を得るごとに栄え、活発になった。魔法が使えるものは少なかったが、魔法こそがこの世界を支えていた。
魔力の高い魔法士が見つかると、その家は大変喜んだ。そして期待されて育った魔法士は、王宮に仕えるか、最高権力を持った戦闘員や貴族になることが約束された。
私は生まれつき魔力が高かった。しかし私の未来は生まれた時から決まっていた。
私には兄がいた。
子供が生まれるとき、どんな子供が生まれるか村や町の長老が占ってくれる風習がある。誰もが魔法士を望んだ。困窮している家庭は魔法士が生まれなかった場合、出産しない選択をする。それ以外は産んでも売り飛ばすこともあった。
普通の人間でも商いや兵士はできる。普通の人間だからと生まれる前に堕胎することは殆どない。
だが、出産をほぼ9割がた諦められる子供がいた。
「ヒトガタ」といって文字通り人の形はしているが、人間と認められなかった者たちだ。ヒトガタが生まれてしまう原因はよくわかっていない。ただ一定数「できてしまう」ということはわかっていた。
ヒトガタを堕胎せずに出産した家は忌み嫌われた。近所から陰口をたたかれ、村八分のような目にあうこともあった。ヒトガタは個体差こそあるものの、顔つきや喋り方は明らかに他の人間とは異なり、不気味なものだった。そして何より夜になると魔族のように暴れまわる。なぜかこの時だけ微量の魔法を放ちながら暴れだす。魔法士でなくてはヒトガタに対抗できなかった。
私の兄はヒトガタだった。両親は堕胎を拒んだ。町の人間から罵られ、関係を断たれたがそれでも産む選択をした。
そして彼らはヒトガタの兄を止めて貰うために私を産んだ。私が高い魔力を持つ魔導士だと知ると、大喜びしていた。
直ぐに私は兄のお世話係に任命された。兄の世話をするために作られた存在。それが私だ。私はこのことを知ると複雑な気持ちになった。
そして夜中暴れまわる兄を止めながら、いつも兄が早く死ぬように願っていた。
どうして兄を生んだか両親に聞いたことがある。母は
「この世に生まれてはいけない命なんてないの。命は平等なのよ。ヒトガタにだって人生を楽しむ権利があるわ」と言っていた。
兄の人生のために私は自分を犠牲にしてもよいのだろうか。自分たちの都合で私を産み、役割を押し付ける。物心ついたころから私は両親も兄も大嫌いだった。
人間じゃないくせに金のかかる兄。兄のせいで嫌われる家族。
私は自分だけでも逃げようと、必死に魔法の勉強をした。両親は兄の世話につきっきりだった。比較的おとなしい昼に兄の食事や排せつを手伝っていた。兄の口からスープが零れ落ちるのを見た時、私は吐き気に襲われた。
彼に生きる価値などあるのだろうか。私は自分で価値を証明できる。だから何としても誰よりも優秀になって、賢者になって、家族にも私たちを嫌う連中にも認めさせてやる。
だけどそんな嫌いな家族や兄だけど。私は間違っていたと思う。
ある日、兄が夜、魔法を纏って暴れだした。いつものことだったが、暴れるのがいつもより早かった。早速外にでて兄を鎮めるように言われる私。
両親はいそいそと居間から逃げ出した。
私はため息をついて杖を構えた。この時にはもう上級の魔法を操れるようになっていたから、杖も上物のものを持っていた。兄は頭を抱えて暴れだした。
それがたまたま、居間で、台所に近かったからだろうか。兄は台所の包丁に運悪く当たってしまった。兄の身体に包丁が突き刺さる。兄は動物のような悲鳴をあげて倒れた。
私は悪くない。兄が暴れるのが悪い。そして兄が当たったら危ないから普段、包丁は締まっておくのだが、今日はたまたましまい忘れていただけだ。
藻掻き苦しむ兄を私は上から見下ろしていた。
そして人間ですらない彼の死に様を嘲笑っていた。
こいつは存在するだけで他者を損なう。死んだ方がいい化け物だ。醜く、何の役にも立たない無能。もっと早く死ぬべきだった。そうすれば私は苦労せずに済んだ。
私は兄が絶命するまで眺めておくことにした。兄は血だまりの中でしばらくのたうち回っていたが、そのうち動かなくなった。
だが最後、私を見て「でい・・みす、助けて」と呟いた。
兄とはおおよそ会話らしい会話をしたことがない。兄の懇願もこれが初めてだ。助けてだなんて図々しい。私のほうが助けてほしいくらいなのに。
兄が動かなくなったのを見守ると、私はその場を去った。
居間から出ると、両親が二人で恐る恐る私が出てくるのを見ていた。
「死んでた。ごめん。止められなかった。台所にある包丁が刺さったみたい」
怒られると思ったが、両親はそれを聞くと「そうか」というだけで私を責めなかった。今まで散々大切に育てて来たのに。両親の安堵の表情が忘れられない。やはり私は間違っていなかった。回復魔法をかけなくてよかった。
家族の中の邪魔者が消え、私たちは平穏な日々を手に入れた。母はいつもより笑うようになったし、父も私の学校の話を聞くようになった。兄が座っていたヒトガタ用の椅子は私が火の魔法で燃やした。近所の人も話しかけてくれるようになった。
その後私は両親や地域のみんなの勧めで、最難関の魔法学校に進んだ。学生が年々減ってきてはいるものの、魔法学校は未だに重宝される。
魔法学校に入った私は優秀な成績を残し、あらゆる分野で活躍した。
でもどんな輝かしい功績を残しても、ずっと胸は悪いままだ。昔見殺しにした兄の「デイミス助けて」という声が今も聞こえる。
私は命に価値をつけて、順位をつけて、冒涜した。
過ちに気付いても誰も諫めない。兄も生き返らない。
だからね、キーラ。自分をいらないなんて言わないで。どんな人だっていらないことはないのよ。自分を必要ないなんて言わないでほしい。
「いるだけでいい」なんて言ったらあなたは納得しないだろうけど。
私もそれに気付くのに、もう何年もかかってしまった。だから助けるのが遅くなってしまった。今思えば、ここまで鍛錬してきたのも、魔法使いとして戦ってきたのも、全部この時のためだったんだわ。
罪滅ぼしなんて意味がないことはわかっている。私自身どこまでも救われることはない。
でも、自分なんていらないって、そう言ってる子がいたら、
「そんなことはない」って言いたいじゃない。
生命力を殆どなくした私は、大きな魔法を使うと疲弊しやすくなった。キーラやみんなの前ではなんでもないように振る舞ったが、限界が近い。
せめて魔王を倒すまでは動ける体でいたい。私もこっそり魔法薬を飲んでいた。
儀式の後、子供は水辺の国の孤児院に置いて来た。院長には村が魔族に襲われて、両親がいなくなった子供だと言っておいた。院長は勇者様のお願いならと快く子供を預かってくれた。酷い未熟児だったけれど、あの子は大丈夫だろうか。
あの子がこれから何か外的要因に晒されても、死なないように微量ながら結界魔法をかけておいた。キーラとリズの子だ。きっと逞しく育つだろう。
回復薬を飲んだ後、町で仕入れたケーキを食べた。
魔法学校に在学中、たまにこうしてケーキを食べたことを思い出した。ずっと勉強続きで、甘いものが食べたくなっていた。
アレイシスがいくつか資料を持って部屋に来てくれた。私が頼んでおいたものだ。どれも水辺の国やサンガロマネスクの予言の書をまとめたものだ。創造主の話しや勇者の話。ちょっとした昔ばなしなどが乗っている。魔法学校の必修科目で歴史学がある。これはどの村の子も習うこの世界の歴史だ。おそらく知らない人は少ない。
「ありがとう、アレイシス。ごめんなさいね。こんなこと頼んで」
「いいよ、デイミス。最近は不気味なくらい魔族が大人しいからね。襲撃の前に確認できることは確認しておきたいからさ」
私が魔法薬を作っている間、いろんな図書館に出向いて借りて来てくれたらしい。どれも古い文献だが内容は同じものだ。
「まずは、予言の書の勇者の項目からみていくわね」
「これは有名だよね。今まさに僕たちの戦いの記録なわけだから。
勇者の項目はいくつかに分けられている。もう何年前かも不明な英雄譚。そして千年前、数百年前、百年前。今の戦い。
改訂版を見ると、今の戦いまでも記録されている。もちろんまだその結末は描かれていないが。
私は一番初めの「魔王と勇者の戦い」の項目を開いた。何年前から明記されてはいないが、今の私たちの戦いと酷似する箇所がいくつかある。
~英雄譚~(一部抜粋)
今は昔
旅人が森を歩くと、聖剣を見つける。それは持ち主の適正に呼応する。旅人は「資格」を手にしている。森を抜ける。森は「精霊の森」。魔から人を守る森。
聖剣の勇者は剣を手に、占星術により選び抜かれた勇者とともに戦いへ出かける。
剣士、竜騎士、大賢者、双剣の勇者、錬金術師、黒魔術師、僧侶、白魔術師。数多の仲間を連れ、勇者は戦う。
聖剣の聖なる光が魔を祓う。「資格」を持った勇者は魔王と戦い勝利した。聖剣の輝きが勇者を勝利に導く。魔王の軍勢を掃う。
雲が晴れ、光が満ち溢れ、再び世界に平和が戻った。魔族は退き、終末は平和の始まりに変わる。民は称え、この勇者を賛美した。「これぞ英雄である」と。
魔王は狡猾である。この勝利を眺め、闇とともに再び終末を齎すと誓った。影は一時、成りをひそめた。
「これが一番古い英雄譚だね」
物語は何度も聞いた。勇者が魔王を打ち破る話だ。
だが私はどうしても確かめたいことがあった。子供のころからずっと読んでいたこの話に何か手掛かりがあるのではないかと。