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大賢者

※剣士を閲覧後ご覧ください


占星術で城に集められた勇者は全部で10人ほど。私と錬金術師と双剣の勇者、剣士、竜騎士、白魔術師、黒魔術師、僧侶、弓使い、そして聖剣の勇者。

この中で聖剣の勇者が魔王討伐の第一候補と言われていた。聖剣の勇者は誰よりも重宝される。古より受け継がれた聖剣は唯一魔王に対抗出来うる武器だった。聖剣に選ばれた彼がいたから戦いを続けられた。


だから彼が死んだとき、誰もが力尽きて絶望した。私は確信した。

この戦いに勝利はないと。


だから、誰かこれを読んでいる者に伝えたい。

昔、ある国にたった10人で戦いを挑む愚か者がいたと。そして、この戦いが初めから終わっていたことを。

剣士は絶望し、心を閉ざした。彼女は弱き己を呪い、戦いに溺れた。私は彼女を助けることはできなかった。双剣の勇者は聖剣の勇者が死んだとき、酷く悲しんだ。そして聖剣を手に取ると、自分が選ばれるかわからないが剣を振るって見せると言った。本来、剣士に渡るはずの聖剣は双剣の勇者に渡った。聖剣が双剣使いを選ぶとは到底思えなかった。だが彼は死力を尽くすと私に約束した。


城に集められた10人はどれも普通の人間だった。占星術で選ばれた彼らはある意味生贄だ。

彼らは自分の末路を想像しているのだろう。誰も彼も青い顔をして並んでいた。無理もない。10人で軍勢に挑めと言われているのだ。いくら星の加護があっても厳しい。

私は選ばれるという確信があったので、さほど驚かなかった。私の姿を見た人々は大賢者が仲間にいるなら心強いと、やや安心した表情を見せた。

一番幼い白魔術師は怯えて泣き続けている。僧侶は穏やかな老後とは程遠い人生の終盤に、声も出ない。弓使いは只管弓を弄っている。聖剣の勇者のみが、聖剣の輝きを纏い、最後の希望として凛とした表情を保っていた。

私は最初の集まりで彼らに声をかけられなかった。不安で押しつぶされそうな彼らをどうやって慰めればよいのか。


これを伝承の続きとして、是非語っていただきたい。私たちの世界は間違っていない。

これは私の物語。間違っていたとしても、正しい者にこれを持ってもらいたい。


「大賢者様とお見受け致します」

そんな中、私に声をかけてきたのは錬金術師のリズだった。彼は術師であるにも関わらず、筋肉質でよく日焼けした体をしていた。人懐っこい笑顔で私に笑いかけた。

第一印象は「変わった名前だな」というのと、どうして全身を魔力で固めているのだろうということだった。外見に魔法をかけているのは男性では珍しい。それに「リズ」というのは本来女性名だ。

私はこの時、彼の真意を知らなかったので彼の態度を好意的に受け止めた。彼は誰よりも魔王の討伐を真剣に考えていた。この時、彼は私たちを勝利に導くために全力を出すと約束した。彼の危険すぎる行動は、他の勇者から非難された。襲撃にきた魔物を残らず皆殺しにする、残党を焼き尽くす。あまりに残酷な行動にメンバーはみなあっけにとられた。

「みんな悪人だよ」

黙り込むメンバーにリズは告げた。そしてこれが彼の口癖だった。メンバーみんなは息を飲んだ。どの勇者も勇敢で強かった。彼らと戦えたことを誇りに思った。


聖剣の勇者は双剣の勇者と仲が良かった。名前をヒロといった。時折、私たちに馴染みのない物を取り出したり、不思議なことを言ったりする変な子だったが、それでも彼の勇者の自分に誇りを持つ姿勢は素晴らしかった。

「このあたりには黒芋がとれるのか。だったらそれを加工して紅茶と混ぜるといい」

彼はどんなことにも好奇心旺盛で、市場や町に出かけて行って、馴染みの無い知識を披露していた。話半分に聞く者が多かったが、彼らはみんな感心し、その不思議な提案に乗った者もいた。

ヒロにどこ出身か聞いたことがある。彼はわからないと言っていた。ただ、エキを歩いていたら気づくと森の中にいたと話していた。森と言うのは我が国サンガロマネスクを守る聖なる森のことだ。記憶がないのか尋ねるとそうでもないらしい。話すと時間がかかるからと言っていた。

ヒロは誰とでも仲が良かったけれど、リズとは相いれない様子だった。彼らが一緒にいるところをほとんど見たことがない。一度だけ一緒にいるところを見たが、激しく口論をしているところだった。といっても、リズはほとんど相手にしていなかったがヒロが食って掛かっている様子だった。


聖剣の伝承は古くから伝えられている。特に聖剣の勇者についての記述は長い。「旅人は森に辿り着き、そして剣を見つける」と書いてある。ヒロも森の中で剣を見つけたらしく、伝承通りだと周囲は喜んだ。

彼は良い人間なのかもしれない。だが、私は他の勇者のように彼を称えることができなかった。伝説をなぞっただけの異邦人としか思えなかった。

まず、剣技だがめちゃくちゃだ。サンガロマネスクではある程度の年齢になると騎士団や兵士に所属して二年間ほど兵役の義務がある。ある程度剣が使える者が多い。

聖剣の加護があり、戦いは勝利するものの彼から剣技らしい剣技が見えなかった。

魔族に勝利すれば、皆が称える。ヒロは称賛に酔いしれていた。村の娘たちや城の姫に健闘を称えられていた。

「この世界ならみんな俺を認めてくれる。だから俺は戦う!」

力強く言ってのける彼の姿は、言っちゃ悪いが滑稽だった。私はヒロを嫌いではなかったけれど、彼の奢る様はあまりにも不愉快だった。双剣の勇者はヒロに戦い方を聞いていたが、「僕だと理解できない高次元の話しだった」と言っていた。


ある時、ヒロは戦いに敗れて帰ってきた。肩に深く傷を入れられて大声で泣いていた。肩の血を必死でアレイシスが止血している。そんなに大した怪我じゃないのにな・・と私は内心呆れていた。聖剣もアレイシスが持っている。あまりに勇者らしくないその泣き顔に、全員があきれ果てていた。

白魔術師のシオだけが、心配そうにヒロを見ている。痛みに悶え苦しむヒロは大声を上げながら、ひらすらこんな戦い止めてやると叫んでいた。「俺は勇者なのに!」と叫びながらシオを突き飛ばした。

あまりに見苦しい姿に、私は聖剣の勇者の地位が揺らいだと確信した。帰ってきた勇者は半分に減っていた。

「ヒロ、落ち着いて。聖剣の加護は?受けられなかったの?」

「わからねぇよ!!そんなの!!俺は最強なはずなのに!俺はお前らも助けてやっていたんだ!俺がいなきゃ、今頃死んでたんだぞ!!」

なるほど。聖剣の加護が効いていなかったということか。ということは、聖剣をヒロが持っていかなかったということか。

「デイミス・・ちょっと」

アレイシスは私にそっと耳打ちした。泣き叫ぶヒロを見捨てるのは気が引けたが、シオと残りのメンバーに治療を任せて私はアレイシスとその場を去った。


「これ、聖剣じゃないかもしれない」

声を震わせながらアレイシスは私に言った。アレイシスの腕の中には確かにヒロの聖剣が握られている。だが、言われてみれば僅かに魔力の流れを感じた。そっと手をかざして私の魔力で上書きすると、聖剣は形を変えた。そこには一振りの聖剣とは似ても似つかない剣があった。

「聖剣に選ばれた人間は最強・・。もしかして彼自身にはなんの力もなくて、今まで聖剣に頼っていたのか?僕が戦い方を聞いたときも、特に答えてくれなかったし」

「ええ・・そうかもしれないわ」

否定できない。聖剣の勇者という幻想に守られた私たちは、気づいていても気付かないフリをしていたのだろう。

「どうしよう。僕たちは一般人を勇者に仕立て上げて、最前線で戦わせていたことになる。さっきのヒロをみただろう?あれじゃ、可哀想すぎる」

泣き喚くヒロの姿が脳裏に焼き付いている。確かにあれじゃあ、ただの臆病者だ。

「ヒロは悪くないと思うよ。伝説の通りの働きをしてくれていただけだ。ああやって虚勢を張らないとやっていけないのも仕方ない」

ただ・・・と彼は続ける。


「聖剣を誰かがすり替えたとしたら、それは大問題だ。みんな気づいていても、知らない振りを出来ていたのに。それで安定していたのに、そこに一石を投じるなんて。一体だれが・・」

「誰だろうな」

「うわあ!」

私も体を撥ねさせてしまう。見れば、いつのまにか私たちの話しの輪の中にリズが入っていた。アレイシスは驚きすぎてのけぞっている。リズは顎を撫でている。

「リズ!!君、背後に立たないでくれって言っているだろう!本当にびっくりしたよ!」

「いやー、ごめん。何か不穏な話をしているみたいだったからね」

リズはこれを聞いたらどう思うだろう。何よりも魔王討伐に力を注いでいる人物だ。こんな事実は赦さないのではないか。アレイシスが説明すると、リズは特に驚きもせずにぼそっとこう呟いた。


「なんであいつが選ばれたんだろうな」

なんで・・。それは占星術が・・と言いかけると。それにしても・・とリズは続ける。

「旅人が聖剣を見つける。これが正しいとすると、ヒロは本当に旅人なんじゃないか?」

「どういうこと?」

「ヒロはなんの常識も持たない、戦ったこともない。なんの力もない異邦人だってことだよ」

異邦人。確かに私のヒロの印象のそれだった。どこの社会かもどこの世界かもわからないところから来た異人。


「俺はアレイシス、君こそ聖剣に相応しいと思うけどね」

突然リズにこんなことを言われてアレイシスはびくっと体を震わせた。そして周囲を見渡すと声を落とした。

「やめてくれ、そんなこと言うなよ。聖剣はヒロを選んだんだ」

「いや、君の方が相応しい。剣の腕は一流だ。あの剣士の御嬢さん・・キーラとか言ったっけ?あの子よりも、他の魔導士よりもずっと聖剣に選ばれる気質を持っている」

私はアレイシスが心配だった。彼は純粋にヒロに憧れていたし、聖剣に対しての憧れも強い。

こんなことを言われたら、アレイシスが・・。


「ねえ、リズどうして?」

私は力が抜けた。聖剣を勇者から奪うなんて、裏切り行為に等しい。これでうまくいっていたのに、聖剣の勇者が死んでから後継を考えればいいじゃないか。それなのにわざわざ私たちの寿命が縮むようなことを・・。

「貴方・・何を考えているの?魔王を倒すことを第一に考えるあなたが!あなただからこそ、聖剣を彼から奪い取ることがどんなに・・どんな結末を迎えることになるか・・」

「そうだ!俺は魔王を何としても倒したい。だからその役目は相応しい相手に任せたい。・・・アレイシス、君の剣、そう、左側を貸してくれ」

リズは逃げもしない。隠れもしない。ふいにアレイシスから二振りの剣のうちの一つを受け取ると、さっと手をかざして見せた。かざされた剣はみるみる聖剣に姿を変える。


「君が魔王を倒せ。あれには無理だ。聖剣が君を選ぶんじゃあない。君が聖剣を選ぶんだ」


「俺が直接首を取りたいところだけど、俺はこの通り、錬金術師のリズでね。剣はさっぱり。大剣なら魔法を纏って適当に振ればなんとかなるけど聖剣だと話は別だ」

「彼は聖剣なんかなくても十分に戦える、なんて言っていたけど」

「本当かどうか、試してもらっただけだよ」

彼らが激しい口論をしていたのはそういうことか。


一つ思うところがある。

「待って。もし仮に聖剣使いが戦いを放棄したとして、残った聖剣はまた別の誰かを選ぶのかしら。それとも、聖剣の勇者を止めたら、そこで終わり?そんなわけないわよね。新しい宿主を見つけることになるのかしら」

「魔王の陣営に聖剣が渡らなければいい。誰かを選び直すはずだ」

きっとアレイシスも同意見なのだろう。私の頭の中には「お荷物を守りながら戦うなんてごめんだ」という言葉が浮かんでいた。そしてそう考えてしまっている自分が嫌だった。

「勇敢で高潔な人間を選ぶなんて、嘘だってわかったね」

リズの言葉に反論できない。ヒロは優しいけれど勇敢さも高潔さもない。

「取りあえず、聖剣についてもっと私たちは知るべきだってわかったわ。ヒロはまだ落ち着かないと思うけど、聖剣の使用時の状況について聞いてみましょう」




「ヒロは良い人なの。シオに何でも買ってくれるし、楽しいお話も聞かせてくれるし。みんな怒ったけど、シオはヒロに怒れなかった」

白魔術師のシオ。栗毛色の髪が印象的な美少女だ。明るく優しく、ヒロによく懐いていた。そんなシオを可愛く思ったのかヒロはシオに親切だった。

「そう。シオはヒロと仲良しなのね」

「そうなの。この前は甘い紅茶に黒芋が入っているものをくれたわ。とても美味しかったの」

シオはぴょこぴょこ体を撥ねさせながら話してくれる。とても嬉しそうで見ているこちらまで幸せな気持ちになる。

「ねえ、シオ」

こんな尋問めいたことをしなくてはならないなんて。

「ヒロの聖剣だけど、何か知っていることはあるかしら?ほら、貴女ヒロと仲良しでしょ?ヒロから何か聞いてない?」

「聖剣さんは凄いの。シオのことを守ってくれるの。戦ってるときにシオが怪我しなかったのは聖剣さんのおかげなんだよ」

聖剣さん?まるで生きているような言い方だ。

「この前はどうして、聖剣さん助けてくれなかったのかな・・」

あの後、仲間を失い、聖剣の加護を得られず大怪我をしたヒロは仲間に責められていた。本人は只管「リズが!リズが」と叫んでいたが、信じてもらえなかったらしい。その中でもキーラの怒りはすさまじかった。聖剣が相応しい勇者を選ぶのではない、お前みたいな弱者でも選ばれるのか。だったら自分が選ばれないとおかしい。そんな主張をしていた。



「これから敵が強くなったら、いくら聖剣の加護がついても突破は難しいと思う。遅かれ早かれ、ヒロはああなっていたよ」

アレイシスが冷たい目をしたままこう言った。ヒロに聖剣を返したら?と告げると、アレイシスは首を振った。ヒロが損害をだしてから再び魔族の襲来があったが、今度は犠牲がでなかった。ヒロは戦うことを止めて、逃げ隠れるようになった。

「ヒロに聖剣を任せるのは可哀想だよ。僕が代わりに戦う。みんなにもヒロを責めないように言ってあるし、ヒロのこともちゃんと守るよ」

それは一見、優しさに満ちた言葉だった。ただ「聖剣に自分が選ばれた」と宣言しているように私には聞こえた。


聖剣をすり替えたものがいる。この事実よりも、最強であるはずの聖剣の勇者がとんだ能無しだった。その事実の方が仲間には信じられなかった。

それでも私もアレイシスもヒロを嫌いにはなれなかった。普通の人間ならば、あんなに大きな怪我をすれば半狂乱になるのも頷けるし、物語や伝説に憧れる人間なら「勇者」という肩書に盛り上がってしまうだろう。

確かにその姿は不愉快で、戦いを甘く見ている不届きものだが。彼の暮らした街の話は面白いし、一緒にいて嫌でもなかった。


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