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剣士2

※やや性的な描写を含みます



リズが私に渡してきたのはどれも一級品の素材を使った魔法薬だった。龍の血、女神の髪、賢者の石。魔法をよく知らない私でも名前を聞いたことのあるものばかり。よくデイミスと話をしていたのは、もっと効率よい回復薬が作れるか、新しい錬金術についていい意見が欲しくて・・ということらしい。

服用した後の感想を聞かせるだけでいいなんて、はじめは怪しいと思った。でもリズはそれ以上の要求を本当にしてこなかった。それどころか、私に対して少し、いやかなり甘くなった。

私の治療係がリズにまわってから、私と彼の思惑通り、アレイシスたちに迷惑をかけることはなくなった。デイミスも「リズはあんな感じだけど、魔法薬に関しては私を凌ぐほどの天才だ」と話していた。彼の腕は信用していいのだろう。

それから私は、リズと行動を共にすることが増えた。リズは私と同じ。軽蔑しているのに変な仲間意識を持ってしまう。彼は私の弱さを軽蔑し、私は彼の非人間ぶりを軽蔑した。

互いに侮蔑の眼差しを向けながら、双方妙な居心地の良さを感じていた。

私はリズが嫌いだ。それは変わらない。

顔融け事件から、私はアレイシスとデイミスを避けるようになった。高潔さや優しさを崩さずスマートに敵を鎮圧していく彼らは私には眩しすぎる。きっと彼らこそ英雄だ。

戦っている最中も、心を痛める余裕がある。


一度リズに戦闘中何を考えているかきいたことがある。

「俺の行動基準は楽しいか、楽しくないかなんだよね」

「だから楽しい戦いは大好きだし、雑魚の討伐はつまらないと感じてる。作業みたいなものかな。デイミスたちみたいに、可哀想とか早く戦いが終わらないかとか、そういった感情は抱いてないつもり」

私は夢中で戦っているから、その怠さも感じないのだが。只管殺しているところは共通している。



ある時、アレイシスから花飾りを貰った。なんであの人、そんなことするのだろう。貰ってもすぐになくしちゃうよと言うと、それでも今似合っているからつけていて、と言われた。

彼は全身ぐちゃぐちゃになって戦う私を憐れんでいるのだろうか。

どんなに醜い姿になっても、私は私だと言ってくれているようで、私は髪飾りを握りしめた。

泣きたかったけど、涙は出なかった。ここで泣いたらアレイシスに甘えてしまう。

真顔で礼を言う私に笑いかける彼。私は壊れてしまったのだろうか。

もうこれ以上、彼らに私の汚い姿を見てほしくない。戦いが終わったら消えてしまいたい。だけど途中で投げ出したくはない。彼らを守れるなら、何でもする。


そう思っていたのに。アレイシスから離れて少し経って、私は髪飾りを持ったまま泣いた。

人間らしい感情なんていつでも殺せたはずだった。

軽蔑、殺意、黒い感情。そんな心が和らいだ気がした。


彼に好きだと言えたらどんなにいいだろう。

でも私はこんなに汚い。アレイシスにはどうか生き残って幸せになってもらわないと。


「君に泣き顔は似合わない。素敵だけどね」

泣き崩れる私にハンカチを差し出したのはリズだった。涙で濡れた顔を上げると大きな手で頭を撫でられた。

「君はアレイシスが好きかい?」

頷くと、リズは止めたほうがいいと呟いた。わかっている。アレイシスに私なんか相応しくない。リズなんかに泣き顔を見られて悔しい。でも彼の非情さは居心地がよかった。

私とリズは共犯者のようだ。


「今日の報告だけど、摂取したら抗体ができることはないみたい。あんたの薬は一級品ね。デイミスが褒めるだけはある」

「なあ、キーラ。耐性のつかない薬って、実は怖いものだよ。劇薬にもなりえる。そこはわかっているね?」

薬でドーピングして戦場で走り回っていると、手足が体についていかない。おかげで戦闘後の私の体は骨が折れ、腱や筋が切れ、服も靴も擦り切れて、無残な状態になっていた。

通常の何倍も身体能力を上げた私は人間ではありえない動きをみせるらしい。

今まで以上に痛みを感じなくなった。戦いが終わっても、血を吐きながらも、立っていられた。疲弊したアレイシスやデイミスをサポートできるまでになった。


私の変化にアレイシスは驚いていた。リズの魔法薬の効果だと知ると、血相を変え、リズの胸倉を掴んで怒り狂っていた。

私は戦いの直後で二人が何を話しているかよく聞き取れなかったけれど。彼は人一倍正義感が強い。きっと私が壊れていくのが許せなかったのだろう。


「迷惑だなんて思ってない」

宿で私に、アレイシスは言った。

「アレイシス、あたしは弱いの。あなたやデイミスに何もかも任せられるほど図々しくもない」

「キーラは僕たちの仲間として、傍にいてくれるだけでいいんだ。実際、薬なんか使わなくても、キーラは強い」

「いるだけでいいなんて、そんな言葉でみんなが納得すると思うの?」

生きていてくれればいい。いるだけでいいなんて。そんな言葉、いらない。

自分が自分を一番必要としていない。その事実が耐えられなかった。

今の私はうまくやれている。仲間をサポートできている。村はずれの大きな家に住んでいるただの女が勇者に選ばれて、こんなにも勇敢に戦えている。

「アレイシスはいいよね、いるだけで役に立てて」

「僕だって、みんなに助けられてる。君にも何度も助けられた」


何の迷いもない、みたいな顔しやがって。本当に余裕がないやつは周りに目を配れない。私は助けられた、だなんて仲間に感謝もできない。


「戦った後、私のところに来ないで」

「キーラ・・僕は」

もう来ないでほしい。せっかく格好良くなれたのに。自分の目指す自分になれたのに。

それでも心を病む私を見ないでほしい。

「ねえ、お願い。もう構おうとしないで。哀れまないで。そんな悲しい顔をしないで」

畳みかけて告げると、アレイシスは口を噤んだ。

「あたし、リズのところに行かないと。薬の経過報告にね」

それからアレイシスは何も言わないで、私の傍から離れた。哀れまれる惨めさを彼も知ったほうがいい。リズのところに行ったら、回復薬を貰う。ブースト薬で壊れた体を治療してもらう。

「体が慣れたから、もう少し跳躍をあげたいんだけど」

「体がついていかないから、脚の腱が切れるんじゃなかったの?」

「それはもういいの。うまく動かせば獣並みに走れるようになったから。効果は持続するし、これじゃ、あたし、無敵かもしれない」

リズは野営用の錬金セットを組み立てながら、私に小瓶を渡した。中に不気味に光る青い液体が入っている。なんの躊躇もなく私はそれを飲み干した。

直ぐに体が熱を帯び、体内で不足した血液や折れた骨が再構築されていくのがわかる。みるみるうちに私の怪我は完治した。薬の効果に満足している私にリズは言った。

「キーラ、お薬が効果抜群で喜んでいるところ悪いけど。君は所詮人に過ぎないんだぜ?」

「どういうこと?」

「俺の薬は龍の血や賢者の石が使われている。一級品だ。つまり、君は龍の力を体内で借りて戦っていることになる。今に竜の血が手に負えなくなるかもしれない」

「わかってるわよ、そんなこと」

いまさら何を言うのか。

「俺とデイミスは、君への薬をしっかり配合している。龍の血を入れても回復薬でいつまでも体内に残らないようにするとかね。だからさ」

リズは掌に何か注いだ。何度か嗅いだことのある香りだ。確かあれは星鼠の身体を砕いて粉末にしたものだ。一握の砂を指につけ、リズはそれをそのまま私の顔につけてきた。

思わず後ろに下がった私の鼻孔に独特な香りが届く。めまいがする。

「これをそのまま摂取しようだなんて、考えないことだ。効果は薬の何百倍だけどね」



バチバチと目の奥が震えた。「あっ」と呟いたときに口の端から涎が垂れた。

ぐりんと目玉が回る感覚があった。あわてて舌で涎を掬おうとしたとき、リズがそれを指で拭った。

「今の君、凄い顔してるよ。白目むいて涎、たらして」

意地悪く笑うとリズは涎を掬った手をニチャニチャ鳴らしてみせた。

「そんな顔、見せられないね」

「いやだ・・」

叫びだしたかったけれど、声が出ない。私は今、どんな顔をしているのだろう。

逃げようと藻掻くと、リズが私を腰から引き寄せた。あまりに力が強くて抗えない。

「ねえ、キーラ。どうしても嫌なことを忘れたい時、人はどうすると思う?どうやら君の鬱憤は薬だけじゃ解決できないみたいだぜ」

「まさかやめ、てリズ。お願いっ・・」

「俺には何でもみせていいよ。大丈夫」

息が苦しくて仕方ない。リズの逞しい体に抱きしめられて、私は情けなく涙を流した。

ぎゅっと目を瞑ると、リズは直ぐに離れた。

「おいおい、いきなり無防備になるなよ。俺が?君を襲うみたいじゃないか」

「ちょっと!・・そんなこと思ってないってば!」

かっと頬に熱がこもる。リズはそれを見て、にかっと笑った。何なのこいつ。そんな爽やかな笑顔も見せられるの?


「こっちへおいで」

その言葉にぐっと喉奥から涎が口内に攻め込んだ。レイピアと鎧を脱ぐと、そっと置いた。

今は次の襲撃の準備期間だ。日に日に魔物は強くなってきているが、民を襲撃する魔族の陣営がまだ現れる気配はない。

明日来ても、今すぐ魔物が来ても、直ぐに対応できるから問題はないのだが。

「あの・・リズ」

心臓が鼓動を速めている。彼は私を捕まえて、更に深く抱きしめた。逃げようとすると、急に口に舌をねじ込まれて動かされた。

「ふ・・う・・あ・・、リズ・・いや」

自分の耳に届く声が甘くて気持ち悪い。とろんと表情がとろけていく。息継ぎの後に、リズが何度も口内を舐め回してくる。

この男が嫌いなのに、激しい愛撫が心地よくて体が拒めなかった。

「英雄は高潔であるべきだ、なんて思ってないよね?」

「あ、うっ・・」

拒めないことが悔しくて、私はまた涙を流す。落ちた涙を直ぐに舌で掬われた。

「みんなしてるよ、これくらい」

うっすら目を開けると、リズが真っ直ぐ私を捉えていた。特に動揺や興奮も見られない。落ち着き払っている。その緑色の燐光に見つめられると、体が動かなくなる。

「あたし、あんたのこと・・嫌いなんだけど・・。あんたもあたしが嫌いでしょ」

「そうかもね」



肉体関係を持ったことを後悔しているわけじゃあない。確かに始めは慣れなかったけど、生理的なものを沈めるための一種の処理だと思えば気が楽だった。

リズは冗談交じりに「デートでもする?」と言ってきたが、それは断った。

もっと罪悪感に支配されると思ったけれど、リズと体の関係を持ってから、私の体調は今まで以上によくなった。

私は馬鹿だから、欲をぶつけられる行為が、途中で喜びに変わってしまった。

体の関係だけでも、求められるのが嬉しくなってしまった。

アレイシスとデイミスと距離が開いてから、私はますますリズと薬に依存するようになった。薬の経過を報告して、リズと関係を持つ。只管それを繰り返していた。


「あたしがこうして戦えているのは、あんたのおかげなんだね。あんたのことは嫌いだけど、いつも感謝してる」

「へえ・・キーラが俺に感謝ね・・」

いつも事が済むと、リズは裸にコートを着ていた。

「俺は優しいわけじゃないよ。君はそれをよく知っているはずだ」



魔物の急襲が激しくなってきたとき、私はよせばいいのに、リズに無断で魔法薬の素材を漁った。この時にはどうしようもなくなって、瓶に入った賢者の石をキャンディーみたいに舐めていた。

リズに見られたわけじゃないが、彼は気づいていたと思う。

真剣に止めないのがリズらしい。



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