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剣士



剣に生きた私にとって、勇者に選ばれたことを誇りに思う。

城で行われた占星術。幾人の占い師が、国の精鋭が私たちを選んだ。星の導くまま進む。

英雄なんて平和な世界では必要ないのに。平和な世には必ず戦いが求められ、戦いを勝ち抜いた人殺しは英雄と呼ばれた。

私はバカだったから英雄なんかに憧れた。想像している以上にずっと過酷で、ずっと残酷な現実が待っていると想像もしなかった。


私は男兄弟に囲まれた、騎士団長の末っ子だった。剣か普通の道か好きに選べた。私は迷わず兄弟たちと剣の道に進んだ。大きな森の大きな木の家。

兄さんたちみたいに強くなりたくて、私は剣技に励んだ。

この世界には魔法や錬金術があったけれど、回復薬や特効薬なんかは市場で買える。私は剣技一本に絞った。14を過ぎたころには、町を襲う魔物討伐の任務を兄弟でこなしていた。

別に剣のみで戦っていたわけではない。私たちはきちんと罠や煙幕を使っていた。だから剣だけしか能がない、なんてこともなかった。

そんなに強いわけではないけれど、私は私なりに成長したと思う。

占星術で選ばれた時には、みんな喜んだ。ただ一人、母さんだけが祝いの席の時も黙っていた。母さんは英雄がどんな末路を辿るかわかっていたのだろう。戦争なんてなければ、英雄なんて必要ないのに。


ある時、王様に魔王討伐の任務を与えられた。

魔王というのは北の果てにいる膨大な魔力を持った王で、他国はみんな魔王と呼んでいた。

王はただ、魔王の首を取ってこいと命じた。私たちの国は小さい。だから全面戦争ではなく、魔王を暗殺してこいと。

魔王がいるから、町を襲う魔物が絶えない。

魔王がいると世界が滅びる、だから戦え。なんて抽象的な話をされた。

しかし私はバカだったからそれを鵜呑みにしてしまった。必要とされたことに舞い上がって大喜びした。世界のために戦っている私は偉い。そして何より素晴らしい。


私には三人の仲間がいた。

大賢者と、双剣の勇者と、錬金術師。大賢者はもっとも偉大な魔術師。双剣の勇者は私と同じように庶民出身。ただ錬金術師は何を考えているのかわからないいけ好かない男だった。

私は直ぐに双剣の勇者、アレイシスと仲良くなった。年も近く、話も合う。彼は勇敢で誰よりも優しかった。私が動けないときも肩を貸し、どんな時も優しく声をかけてくれた。

私たちの隊長は大賢者のデイミス。彼女は私やアレイシスとは身分も階級も違うのに、同じ目的を共にする仲間として、気さくに接してくれた。


デイミスは、私たちが祖国の人間だとバレないように術をかけてくれた。デイミスがいなければおそらく序盤で私たちは絶滅していただろう。

ある時、デイミスはこう言った。

「キーラ、私たちは英雄でも勇者でもない。ただの暗殺者だと覚えておいて。なぜなら王を殺しにいくのだから。私たちが間違いではないと証明するために戦うの」

よく意味がわからないと言うと、彼女は時機に分かるから覚えておいてと言った。

もう一度これについて聞きたかったけれど、それもできなくなってしまった。

デイミスは強い。デイミス一人で魔王討伐した方がよかったのではないか。彼女にとって私は足手まといでしかなかった。


錬金術師のリズはいつも魔法薬を作っていた。

お喋りは好きなようだが、私のことは揶揄うか、馬鹿にするかで、あまりまともに話してくれなかった。デイミスとは話が合うらしく、術式や魔方陣について長く話していた。私は魔法を知らなかったのでさっぱりだったけれど。

私はこの男が大嫌いだ。

唯一無傷で帰還した男。強いのは確かだが、その底しれなさに腹が立つ。



私たちの旅は途中まで順調に続いていた。でも私はあることが我慢できなくなった。

私はあまりにも無力。メンバーの中で一番弱かった。

何で魔法の勉強をしなかったのかとか、どうして私を占星術は選んだのかとか。たまりにたまった鬱憤は、晴らす場所を求めていつも心に渦を巻いていた。

デイミスに回復魔法をかけて貰っている時。

忘れもしない。

「デイミスは、あたしのこと弱いって思ってる?」

「うん?」

首が取れかけるほどの重傷。もうそんなの何度か数えていない。自分の溢れる血を眺めながら、私はデイミスに訊いた。

「足手まといだって思ったら、置いて行っていいから。遠慮なく見捨ててね」

「そんなことしないわ。あなたは強いもの」

どうしてそんなに優しいのだろう。足手まといがいても、余裕で守りながら戦えるということなのだろうか。私は彼女の優しさが痛く、どの言葉を拾っても嫌味にしか聞こえなかった。けして当たりたくなかったし、強くて優しい彼女を傷つけたくなかった。

「どうして強いって思うの?」

「剣のみで戦う不屈の剣士。私はカッコいいと思うわ。どんなに打ちのめされても戦うのを止めないもの」

「デイミスはさ、戦いで膝をついたことがないからね。凄いよね」

妬みと劣等感でどうにかなりそうだ。そんな私を困ったようにデイミスがみている。聞き分けのない子供を眺めるみたいに。

「馬鹿みたいだって思わない?あたしだって思うから。剣だけで突っ込んで首切られて、腸を食い破られてさ。何やってんだこいつって。思うでしょ」

「キーラ落ち着いて。傷が開く」

「いいよね、いつも余裕の大賢者様は」

どうしてこんなこと言っちゃうんだろう。この時の私は油断して腕を落とされていた。直ぐにアレイシスが加勢して事なきを得た。腕なんてデイミスが治してくれるが、それでも苦しかった。

「ねえ、デイミス。痛いの。凄く痛い。でも何も思わなくなった。わんわん泣いてた始めのころに戻りたい」

私はいつのまにか、自分が大怪我を負うことに一種の快感を覚えていた。怪我の度合いが大きければ大きい程、成果を上げた気がした。マゾヒスト的な戦闘狂になった私は、腕や鼻くらいなくなっても何も感じなくなった。痛いことは確かだが、それに対して大きなリアクションを取れるほど気持ちに余裕がなくなっていた。

だからこそ人間らしさを保っているデイミスが羨ましくなったのだろう。

もう彼女に迷惑をかけたくないのに。


食事を抜くとデイミスは私を叱った。はじめは慣れない殺しに食欲を無くしていた。そのうち私は言いようのない腹痛や頭痛で食事を抜くことが増えた。

温かな食事を前にすると、幸せだった過去を思い出してしまう。私は最早人間ではないのに、人間らしく仲間と食事を囲むのが苦痛だった。だから戦闘員向けのレーションを齧った。硬い乾パンを水に浸してがりがり食べた。

心配したデイミスがスープを持ってきてくれたけれど、それを飲んだらすぐに吐いてしまった。野宿のたき火から離れてレーションのみを摂取する私に、次第に仲間は何も言わなくなった。いつも遠くを見つめて、剣を腰につけたままレーションを齧る。

血走った目で先を睨む私に気味の悪さを感じたのか、アレイシスとデイミスは食事の時間は近寄ってこなくなった。


デイミスに迷惑をかけないと誓ってしばらくして。私は大きな怪我をした。

魔族の腕を切り落として喉を突こうとしたとき、顔に焼けるような痛みが走った。咄嗟に顔を覆うと、手の中に玉のような何かが落ちた。何度も戦闘を潜り抜けた私はこれをよく知っている。同時に目が見えなくなった。手の上にあるのは私の目玉だ。

「キーラ!!」

アレイシスの駆け寄る足音がする。私はよろけながらも上から降ってきた魔族の剣を受け止め、払い落し、勘だけで剣を振った。虫の羽音のような音がして体に返り血がかかった。

それでもかまわず私は何度も剣を突き刺した。骨の折れる音と、敵の身体の痙攣が剣を通して伝わってくる。命の終わりを全身で感じながら、私は高揚感で打ち震えていた。

顔が融けながらも、痛みに悶えながらも、私はここまで戦えている。

何て勇敢な英雄なのだろう。

「大丈夫、もう死んでる!もう死んだから、やめるんだ!」

アレイシスに後ろから羽交い絞めにされた。冷静になりたくない。止まらない私にアレイシスは何度も呼びかけた。


しばらくして、誰かが私の体を受け止めた。脱力した私はその誰かに担がれる。

肉の壁に視界も嗅覚も阻まれた。さぞかし酷い顔をしているに違いない。肉が融けて鎧に落ちた。何て醜いのだろう。これが英雄なのか。私が目指した英雄なのか。



それからその場はデイミスが焼き払い、魔族は根絶やしになったそうだ。私たちの姿を見た連中は全員殺した。


私が次に目を覚ましたときには、大きな国の都市にいた。野宿続きの生活だったせいか、逆に建物の中というのは慣れない。水辺の国は祖国の同盟国だ。祖国が精霊の森に守られているのなら、この国は精霊の海に守られている。

久しぶりに鏡の前に立つと、傷は嘘のように消えている。それどころか、私が今まで戦いで負った傷も綺麗になくなっていた。

信じられない事態に呆然としていると、リズが部屋に入ってきた。


「やあ、目覚めたかい?傷は大分いいんじゃないか?よすぎるくらいに」

おかしい。デイミスでも古傷まで完治できなかったのに。一体、どんな魔法を使ったのか。

身構える私の腕をしっかりつかむリズ。

「あのさー、そんなに警戒しなくても、変な薬は使ってないよ」

「どうして同盟国に?アレイシスとデイミスは?!」

「魔族の襲撃がしばらくないから、今は残党の討伐に行ってる。俺は君とお留守番」

魔王の本拠地に乗り込む前だ。襲撃してくる連中を撃破していた私たちは、精霊の森から魔族の本陣に攻め込んで、戦っていた。同盟国に行く必要はないはずだ。水辺の国には水辺の勇者がいるのだから。

「水辺の国には特殊な素材を取りに。うちじゃあ、もうなかったから。君を完治させるのに苦労したよ。君がデイミスにもう迷惑はかけたくないなんて言うから、今度は俺が君を助けてあげようと思ってね」

「デイミスだけじゃない。仲間には誰にも、迷惑をかけたくない」

ウソだ。この男が私を無条件に助けるはずがない。それにデイミスの話をこいつにした覚えもなかった。

「いや、君がね。強酸を食らった時に、俺が手当てしたんだけど。意識ないままずっと泣き言を言っていてね。あんまり可哀想だったから、助けてあげたんだよ」

「私は・・」

最悪だ。どうしてこんな男に弱っているところを見せてしまったのだろう。大体、こいつは人を殺しても平然としている異常者だ。私が心を殺しながら戦っているのに。


「君を助けてあげる」

リズは真っ直ぐ私を見てこういった。あまりこんな真剣な顔をしないやつだから、私はついつい顔をしっかり見つめ返してしまう。

「キーラはいつも頑張ってるもんな。俺はよく知ってるよ。だから君がもう何も感じたくないなら、感じなくていい。人間らしさを手放したいならそうするといい」

「何が言いたいの?」

「君は君が思っている通り、心も体も強くない。人を頼れない子だ」

現実を突きつけられて喉がしまる。誰よりも優しく頼りになる真っ直ぐな勇者、アレイシス。国民に尊敬され、それを鼻にかけず、私にも優しいデイミス。二人の姿が眩しすぎて、醜い自分が汚くて耐えられなかった。


「俺はクズだよ。君と同じで、よくできた人間じゃあない。俺とはお話しやすいんじゃないか?」

リズは錬金術師ということ以外はよく知らなかった。錬金術を扱う魔術師には違いないが、

大剣で首をふっ飛ばしたり、戦闘に楽しさを見出している悪魔のような男だ。ずっと軽蔑していたが、我を忘れて敵にとびかかる私と大差ない。

「悪いけど、君が人間らしさを持ったまま、戦うのは無理だ」

だから・・と含みを持たせてリズは、ポケットから何か取り出した。ピンク色の液体が入った小瓶だ。

「ドーピングしよう。どうせ明日生きられるかわからない身だ。デイミスに迷惑をかけたくない。綺麗で優しい人間に汚い部分を見せたくない。それなら俺と取引きしないか?」

「いやよ、そんな怪しいもの。まさか飲めって言うの?!」

目の前に下げられた小瓶を押し返すと、首を振った。

「怪しいものじゃないさ。デイミスには許可を貰ってる。それに君、それで完治したんだよ。顔の傷」

もう一度顔の傷に触れてみる。確かに綺麗に消えている。それにデイミスに許可を貰ったって・・。

「取引って何?」

「なに、興味あるの?」

なりふり構っていられない。まさか同じ目的を持つ仲間なのだから、悪い方向へ持っていくようなこと、いくらこいつでもしないだろう。


「俺は君に薬をあげる。だから君は俺に、どんなふうに薬が効いているか聞かせてよ」

「それだけ?」

「大事な仲間が困っているからね。俺は経過を知れて、君は驚異的な回復力を手にできる。良い関係だろう?」


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