道場
伊奴使が道場と呼ばれる建物の木製の扉を横に開くと、ギイイイイイという不気味な音と共に道場の中が見えた。木製の廊下にただっぴろい畳の広間が広がっている。蝋燭が唯一の明かりかと思っていたが、普通に電気が通っていた。
「ここが道場って呼ばれる場所だけど行事とかでしか使わないね。普段訓練とかをするときは寮の前の庭でしているからね。私がよくいるのは右手奥の書庫だよ。」
そういうと伊奴使は右方奥を指さした。
「書庫には魑魎祓師たちの文献や名簿、報告書とかがある。君の名前の由来もそこで見つかるかもしれないね。」
「伊奴使さんは普段は何されてれるんですか?スーツ着てますけど…」
「先生呼びの方が嬉しいかな。今日は、というよりつい最近までは東京都心の方で警察と一緒に事件の調査をしていたんだ。」
「…え?」
「私は穣や育のように魑魎怪を祓うことは出来ないけど、遺伝的に犬と同じような嗅覚と聴覚を持っていてね。現場に行けば警察犬しか分からないこととかを言葉で伝えられるんだよ、まあ流石に普通の事件じゃ信ぴょう性が無いから、魑魎怪絡みの事件の調査にしか参加しないけどね。」
「へえ…すごいですね…」
「私に出来ることはそれぐらいだからね~」
「よく言いますよ。普段は『私は絶対的権力を持ってるからね』って笑顔で脅してくるくせに」
育が伊奴使が言ったのであろう言葉を裏声で真似した。
「初対面の子にいきなりその態度はまずいでしょう。始めは優しくした方が信用されやすくなるんですよ」
「そういってネタ晴らししているあたり、性格悪そうだけどな。」
「煌妬はもう少し私に優しく接してくれてもいいと思うんだけどね。まあいい、私の拠点はこの場所で警察の手伝いは臨時的な仕事だよ。普段は…今はここにいないけど、魑魎祓師の見習いの子の訓練を行ったり、術と自我のバランスが不安定になっている魑魎祓師の治療を行ったり、全国の魑魎怪の動きに不審な点が無いか現地に行ったり報告を聞いたりしているよ。」
「結構いろんなことをされてるんですね…」
「そうだね、後は正月とか冠婚葬祭の準備とかね」
「冠婚葬祭って式場借りないんですか?」
「古くからある一族が多いから伝統にはうるさくてね。大きな行事はここで行うっていう伝統をきっちり守るんだ。葬式も結婚式は必ず神前式で全員和装だし、正月は規模は小さいけどここで新年のあいさつ的なことをするよ。確か9月に嘉火ちゃんの結婚式があるよね?」
伊奴使が穂村を見た。
「ああ、ありますね。」
「えッ!?穂村さんのお姉さんが結婚するんですか!?」
「まあもう27歳だし、そんなもんだろ。」
「実璃さんと嶺と私は振袖着れるんだよね!?楽しみだなぁ、絶対嘉火さん、とんでもなく綺麗だよ…」
「ってか、ここって鳥居とか無いですよね…?神社っぽくないっていうか…」
「鳥居はもっと山頂の方にあるよ。この山自体、昔から伊奴使家のものだからね」
「すごい金持ちですね…」
「まあ、皆のおかげだよ…さぁ、寮に戻って晩御飯にしよう。頼まれてきた寿司、ちゃんと買ってきたからね。そういえば颯もいるって聞いたけど、見当たらないね。」
「車酔いしたんで部屋で寝てます。」
「体幹はすごいのに三半規管が弱いのは驚きだよね…」
伊奴使は首をやれやれと振ると道場の明かりを消し、全員寮に向かった。
・
「久しぶりの寿司、おいしかった~」
穣が大満足そうに椅子にもたれかかった。
「買い過ぎたかな~って思ったけど、食べ盛りの子が多くて助かったよ。」
伊奴使は満足げな穣たちを見て嬉しそうに笑った。
「そういえば今日はちゃんと親御さんに泊るって連絡したのか?」
「あっ、はい!ちゃんと家出る前に伝えたんで、歯ブラシとか持ってきてます。」
「家が微妙に遠いからね…しばらくは行き帰りが大変だね。」
「ま、私達がいるし、泊るのは金曜日だけだから何とか誤魔化したら大丈夫だよ。本当は真実を言うべきだけど信じてもらいづらそうだしね。」
「統君のご両親に会ってみたいな。もしかしたら何かヒントがあるかもしれないしね…でも流石に急に息子が知らないオジサンを家に連れて行くのもどうかと思うよね。」
「統が俺たちを友達だって紹介して、親として迎えに来たついでに先生が会えばいいじゃん。」
「…育、天才だね。それだよ、ばっちりすぎる。まだ学校に慣れていない2人と友達になった統が親睦深めるために家で遊ぼうっていう流れだね。」
「大真面目な両親じゃないんで、2人が遊びに来ても大丈夫だと思います!」
「なかなか一般家庭に行くことだなんて無いから、楽しみだよ。」
「いや、まだ何も決まってないし。学校すら変えてないし…」
嬉しそうに最後の一貫を頬張る伊奴使を見て、穣はため息をついた。
伊奴使先生の雰囲気を統一したいのですが、穣と育とは特に仲がいいので時々、くだけた言い方もしています。
伊奴使家は魑魎祓師ではないですが、昔から彼ら一族との交流があり、伊奴使家の土地であった山に魑魎祓師の館が建てられました。魑魎祓師っていうのは魑魎怪と戦えるかどうかなので、犬の嗅覚、聴覚を持っているけど、魑魎怪を祓うことが出来ない先生は魑魎祓師では無いということです。




