犯人Ⅲ
「(猫の嗅覚は犬より劣るけど、聴覚は音の方向がどこなのか分かる!あの男の一振りから出てくる斬撃は4つ!力加減や方向で流れが変わってくる!)」
穣はそう考えながら、男が持つ魑怪が憑りついたナイフが繰り出す攻撃を俊敏に動きながら躱した。穣の術は物質を無限に繰り出すものでは無いので、他の祓師と違ってダイナミックな動きが出来ない。その分、近接戦に強いのだ。火を扱いながらも武術を備えている穂村との訓練により、穣は自身の術と動きを上手く連動させる技を自然に身につけていた。
「嶺!わしが勢いで攻撃を緩和させる!あんたは攻撃がわしの水を振り切るより前に、すべて凍らせろ!」
「(分かってるって。)」
嶺は無言で玲瓏の術によって勢いが少し遅くなった攻撃を自身の術で凍らせた。嶺の術は水しか凍らせることが出来ない。しかし、水が動くものを包んでいる場合、嶺の術で凍らせてしまえば、そのものの動きもそこで止めることが出来る。玲瓏と嶺の協力により、ナイフに憑りついた魑怪の斬撃は空中で氷に包まれた状態で動きが止まっている。
「あ”ぁ…あぁ…」
穣は再び近づかれたことに絶望の声を上げる男の鳩尾を蹴り、手からナイフを叩き落とした。
「よいしょっと、たぶんそろそろ先生が来るはずだから。こいつを運んでくれないかな?」
そういうと先ほどまで幻だった虎が実体となり、男の足首を咥えて、ずるずると安全な方に引っ張っていった。さあナイフをどうしようと思ったその時、
「わあぁぁぁぁぁぁぁだぁぁぁしい、あのこおぉぉぉ、、、、ずぎいいぃぃぃぃ」
うめき声と共に、地面に落ちたナイフから赤黒いヘドロのようなものが滲みだし、人のような形を作っていった。
「う”っ」
穣は突如、鼻孔に入ってきた血なまぐさい臭いに平衡感覚が襲われた。
「伏せて!!」
離れたところから嶺の声がし、穣が無意識に地面に身体を伏せると、ナイフを斬るような音と共に冷たく鋭い風が頭上を通り過ぎていった。穣が顔を上げると、目の前にいた魑怪は赤黒い塊を残して消えていた。
「中2を舐めんなよ。」
振り返ると、三本指で△を作った左腕を前に伸ばし、右腕を後ろに伸ばし、まるで弓を放った後のような姿勢をとっている嶺が立っていた。先ほど凍らせた斬撃を嶺が大量の矢のように一斉に魑怪に放ったことで、魑怪が自分で自分の首を絞めるような結果になったのだ。
「おお~お見事!やるやん!」
「穣さん、大丈夫!?」
「うん、私は大丈夫!凄いかっこよかった。」
嶺がパタパタと駆け寄り、穣の身体を起こした後、穣がそういうと嶺は顔を真っ赤にして、照れた。
「嶺、なぁに真っ赤になってんの。」
玲瓏はそう言ってニヤニヤしながらことらに向かってきた。
「うるさい!」
「お見事ですね、三人とも。私が来る前に片づけてしまうとは…統くんに本物の魑怪を見せれると期待させてしまいましたね。」
拍手の音と共に伊奴使と統が死角から現れた。
「いや、そんな、あの、怪我された方が困るので。」
統は両手を振り、自分は魑怪を見ることを楽しみにしていたのではないとアピールした。
「先生!犯人はどうした?」
「ちゃんと古田君に引き渡しましたよ。あぁ、これが魑怪が憑りついていたナイフですね。もう完全に祓ったようですね。」
そういうと伊奴使は地面に横たわったナイフを白い布でつかみ取って、包んだ。
「幸い、ここでの闘いだったので、人に見られることは無かったみたいですね。それは良いことなのですが……どうして犯人の男はあそこまでへばっているのですか。ナイフを手から離させるだけでしょう。」
「「「あッ、」」」
伊奴使のにっこりと微笑んだ顔に三人はあの男に必要以上の成敗を喰らわせてしまったことがバレたと確信した。
「犯人に一発喰らわせたのは穣だよね。あそこまで強く殴る必要は無いんじゃないかな。」
「いや、あいつは私の守眷を一頭、壊したから…」
「穣が今ある守眷を大事にしているのは分かっているけど、人間の命は有限だ。穣の一発で相手の生命の危機に繋がるかもしれないよね、怒り任せで殴るのは良くない。それはムロちゃんも同じだよ。」
「はい…」
「最後の一撃、きっと的確だったでしょう。それは素晴らしいけどね、その原動は仲間を傷つけた怒りからだ。腹が立つのは分かるけど、感情任せに祓術を使うと、それが魑魎怪となって結果的に自らの首を絞めることになる。魑魎怪を倒すのに怒り任せになってはいけないよ…ってことを透には言って欲しかったんだけどね。」
「えッ!?は、はぁ…」
「まぁ、透は感情任せな攻撃をしない所が凄いんだけど、人に教えるのが下手だから…ムロちゃん、これからも頑張って透先生の特訓を理解してあげてね。」
「はーい…」
「よし、じゃあこれで一件落着だし、車に戻ろうか。」
伊奴使はそういうと、玲瓏と共に来た道を戻り始めた。
「穣、大丈夫?ところどころ切れてるけど…」
統は行きには無かった服の端の切り口に気付いてそういった。
「大丈夫大丈夫!それより、私達と魑怪の闘い見せれなかったね。」
「いや、そこは気にしないで…ってか、俺、先生とずっと一緒にいたけど、何であんなに的確に注意できるんだ?」
「それは先生だからだよ、先生は漂ってる空気とか、匂い、残った祓術の力の強さとかで、祓師がどういった感情で魑魎怪を倒したのか見通せるんだ。ある程度、強くなれば分かることだけど、先生まではなかなか難しいみたい…アッ、血…」
「そうなんだ…えッ!?」
「穣さん!!」
穣を挟んで横に並んで歩いていた統と嶺は、パックリと開いた穣の頬から流れる血に慌てふためき、前方を歩く大人に助けを求めた。
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「これだよ、魑怪が憑りついていたナイフ。一振りで倍以上の斬撃が飛んできたらしいね。」
四人を車に乗せ、ガーゼを穣に渡した伊奴使は車からしばらく離れたところで、古田と話していた。
「ナイフにですか…なるほど、だから被害者の傷が様々だったんですね。」
「非生物に魑怪が憑りつくってあんまり聞かないよね…うーん…」
「どうされましたか?」
「いや、前に煌妬から提案された戦闘方法に今回のナイフを応用させられないかなと思ってね。」
「は、はあ…」
「これは重要証拠だから、古田君に渡しておくね。穣の傷は浅くは無いけど、痕になったら弟に殺されるから早く手当てしないと。私はもう行くよ、また事件の進展を聞かせてくれないかい?」
「もちろんです!ご協力ありがとうございました。本当に助かりました!」
古田はぺこぺこと伊奴使に頭を下げ、伊奴使は彼に手を振ると、車に戻っていった。
「先生、わし腹減ったわ。」
伊奴使が運転席のドアを開けて早々、玲瓏が言った。伊奴使がバックミラー越しに後部座席に座る三人に目をやると、嶺も穣も目をキラキラさせて頷いていた。
「ですよね…じゃあ、今から病院で軽く穣の手当てしてもらってから、ご飯を食べたい人!」
「「「はい!!」」」
「分かりました。今日は私の奢りですよ。」
元気よく声を挙げた三人に伊奴使はそう言うと、にっこりと微笑み、車を発進させた。
伊奴使先生は祓術の痕跡や、祓師の感情を読み取ることが出来ますが、祓術を使うことは出来ません!




