雨惹 統
パラパラパラ…
どんよりとしていたのは、やはり雨雲が近づいていたかららしい。
「やベっ、傘忘れた!」
学校帰りの統は駆け足で自宅までの帰り道を走った。少しインキ臭い公園を突っ切れば近道だと統は思うと、雨で湿り始めた公園の砂で転ばないように慎重に駆け抜けたその時、何か得体のしれない気配を背中に感じた衝撃で統は足を止めた。
「(なんだ…この感じ…)」
統が意を決して後ろを振り返ると、雨に濡れた白い猫が統を見つめて首を傾げた。
「なんだぁ、猫か…」
統がホッとして、ため息をつくと共に白猫の身体がグニャリと歪んだ。
「…へ?」
先ほどまでいた白い猫の身体はドブのようなものに崩れ、そしてうめき声と異臭と共に統の2倍ぐらいの高さまでに膨れ上がった。
「ナ”ア”アアアアアアアアアアアアア」
猫の原型をとどめていない謎の怪物は二本足で立ち、耳が痛くなるような悲鳴を上げ、統は思わず両耳を塞いだ。
「な、なんっだこれ…」
むせかえるような異臭を吸い込まぬよう統は口呼吸を行った。
「ナ”ア”アアアア…」
怪物は統の姿を見ると前足を地面につけ、統より高い位置から呻きながら統を見つめた。よく見ると目がある位置はただの窪みで真っ黒な闇が広がっていた。
「ひいいい…」
異臭と怪物の恐ろしさに堪えることが出来なくなった統は、その場で腰を抜かし雨に濡れた地面に尻を付いた。やばいと頭の中で警鐘が鳴り響いているのに、統の身体は全く動かなかった。
「た、助けて…」
誰にも聞こえないと分かっていながらも、かすれかすれに統がそうつぶやいた時、身体がふわりと浮き、怪物よりグッと後ろに飛んで行った。
「あらららら、服、泥で汚くなっちゃったか~」
「え…?」
統が上を向くと、傘を差した銀髪に黄色い目をした少年が立っていた。
「ってか見えるんだね、魑怪。」
「ち、かい…?」
「見慣れてない感じ?」
「いや、初めて…」
「そっか~初めてか、じゃ後で話聞くからね。はい、これ持ってて!げんちゃろ、後は任せた!」
謎の少年が統に傘を渡すと、先ほどとは違う三毛猫が統の横に現れ、姿勢よく座っていた。何が起こったとパ二くる統をよそに少年は、先ほどの魑怪の方に向かっていった。
・
「あらら…悲しい姿になって…君は一体どこから生まれたのかな?」
「ナ”アアアアア…」
魑怪は低く呻いた。
「うーん、猫っぽい鳴き声を出せるってことは、人の感情じゃないみたいだね」
「ナ”アアアアア」
魑怪はまるで少年の声が聞こえたかのように答えた。
「…ん?もしかして君…捨てられたの?」
「ナアアアア…」
途端に魑怪の声が萎らしくなり、猫のような鳴き声に戻った。
・
「ちかいってやつ、何か急に猫っぽくなってないか…?」
「ニャーン」
げんちゃろと呼ばれた猫が頷くように鳴いた。
「待て、もしかしてあの子、猫の声が分かるのか…?」
げんちゃろはもう一度鳴くと、統の膝に頭をぐりぐりと寄せた。
「まじかよ…」
統は次々と起こる衝撃的な出来事に茫然としながら、げんちゃろの頭を撫でた。
・
「そうなんだ…可哀そうに…君は悪くないよ。」
少年は優しい声を掛けながら、魑怪に近づいて行った。
「飼い主さんのことをずうっと待っていたんだね、8年も。」
少年の手が魑怪に触れた。少年が手を触れた魑怪の場所には、元の白猫の身体の一部が現れた。
「大丈夫、君の意志は私が受け継いだよ。もう安心して眠りな。」
魑怪の身体はだんだんと灰のようにポロポロと崩れていった。
「…君が望んでいるように罰を与えてあげる」
少年がそっと囁いたと同時に、魑怪の身体は無くなった。
「す、すっげえぇぇぇ!!!」
統は少年の元まで駆け寄って、傘の下に少年を入れた。
「すごくないよ、闘ってないんだから。」
「え?そうなの?俺、全然わかんないや。とりあえずありがとう!来てくれなかったら、死んでたよ俺。」
そういうと少年は目をパチクリとさせた。
「いや、何言ってるの。君の方がすごいよ、あの種の魑怪はなかなか発見しづらいの。8年前から、ここインキ臭かったでしょ?」
「え、あ、確かに。物心ついた時から気味悪いなとは思っていた!」
「そういうこと、ここにはあの魑怪がずうっといたんだ。飼い主に捨てられてずっと待ってたんだって。私たちもここのことすっかり忘れていたから、君が『助けて』って言ってくれなきゃ無駄足喰らうとこだったよ。」
「ってか、君、猫の気持ちが分かるの?」
「猫っていうか、生き物全般だけど…」
「生き物全般!?ってか、さっきの魑怪ってやつもよく分からないし、げんちゃろも普通の猫じゃなさそうだし…君が一番謎過ぎる!」
「こっちの知識、何にも知らないんだね。私からすれば、君も十分謎なんだけど…とりあえず魑怪が見える人は絶対、先生に報告しなきゃならないんだし、一緒に来てよ。行く道で教えてあげる!」
「え、う、うん。あっ、俺、雨惹統!」
「あ、そうだね。忘れてた。私は眷獣師穣。よろしく~」
そういうと穣は行く道を指さした。
「(ってか、俺の声聞こえていたってどんだけ耳良いんだよ…)」
・雨惹統
高校2年生。黄海松茶色の髪に黒色の目で、髪は少々くせっけ。なぜか急に魑怪が見えるようになる。楽観的なため、非日常なことが起きても受け入れやすい。
・眷獣師穣
哺乳類、鳥類と意思疎通を図ることが出来る「生」の祓師。サラサラの銀髪に黄色い目。よく顔つきと服装のせいで少年に間違われる。人懐っこい性格。
・玄太郎 (げんちゃろ)
穣の相棒である三毛猫。一時も離れず、穣のそばにいる。統のことを気に入った。




