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じこしょうかい

尾道(おのみち)時羽(ときわ)です」


 鈴を転がすような声にハッとした。声に付属する真正の品性は神聖にして高貴なものであった。

 これから訪れる人前での自己紹介に、――事故紹介になりかねない……――などと気を重くしていた私も、その声の主への興味、またの名を関心が沸き上がり、自ずと意識を持っていかれた。

 意識を、視線を、向ける。そして引き寄せられる。

 ――――光を見た。

 よく見知るようで、見知らぬ光だ。今この場を明るく照らしている蛍光灯の輝きや陽光の眩さとは違う、――人としての輝き。

 ……これがカリスマ性というやつなのだろうか。

 私には尾道が、キラキラと神々しく光輝いているように見えたのだ。神秘的なその輝きはまさしく霊光といえる、……と思う。

 そして、凡人とはひときわ違った輝き、すなわち異彩を放つ彼女は異才といえた。ただ者ではない。

 しかも、とんでもない美人だった。私なんかが言葉で表現するのは恐れ多いほどに。

 その白百合のような立ち姿に見とれて、先に形容した声色に聞き惚れる。

 そんな私は、尾道の魅力に、すっかり、ハートを鷲掴みにされてしまっていた。

 それは、たまたまクラスが同じだったというだけの偶発的な出会い。

 白昼夢のような一期一会に、無意識的に私は呟いていた。


「……めがみ……、さま……?」


 はっと気付いた私は慌てて口を両手で覆う。顔からなにかが吹き出た、……気がした。顔から火が出るを実体験した私は、身を捩りそうになりつつも、それを必死に押さえ込み、女神尾道の神託に耳を傾ける。そんな私は、彼女の魅力に、骨抜きにされていたのかもしれない。

 尾道時羽は大企業のご令嬢らしい。だけど、それにとらわれずクラスの一員として迎え入れて欲しい、と彼女は言った。

 そして最後に、


「これから1年、よろしくお願いします」


 そう頭を下げた。みんなが拍手する。その雰囲気に、――いや彼女の存在に呑まれるように、私も拍手をしていた。自己紹介でこんな感動を得れるとは思わなかった。これまでの誰よりも、そしてこれからの誰かよりも、大きな拍手を貰っている彼女に確信する。尾道は必ずやクラスを牽引する存在になると。(←なぜかどや顔)場に轟く万雷の拍手が、確証に足るものだろう。

 そしてなにより、尾道は、根倉(ネクラ)な私とは対極に位置する根明(ネアカ)な存在だ。それに、きっと利権を笠に着たりはしないタイプなのだろうと思う。確証はない。だけど。現に、その笑みに、表情に、顔に、嫌味なものは一切感じなかった。顔を見れば、人柄が一発でわかるとはよくいったものである。実際そんなに単純ではないかもしれないが、尾道はきっと立派かつ才色兼備な人柄のはずだ。

 気付けば、尾道に惹かれ始めていた。別に私が女の子好きとか、恋愛対象が女性だったとか、そういう訳じゃない、……はず。はずなのだ……。心中の言葉尻が濁る。濁ってしまう。思い返せば、今まで彼女以外に人にこうも惹き付けられたことはなかったかもしれない。思考の海が真っ暗になる。見やると、お空に暗雲が立ち込めていた。……とうとう怪しくなってきたかもしれない。

 だから。尾道の魅力は雌雄を選ばないのだ。と誰にともなく言い訳する。持つべきものが持つカリスマ性というものが、途轍もない引力で私を惹き付けたのだ、この事象を具現化し、言語化すると、きっとそういうことなのだろう。

 自然、尾道時羽に憧憬を抱いて、私もあそこまでのカリスマは持てずとも、しゃっきり(←キャベツかよ)としたいななどと思っていると――。


「さとうさん、お願いします」


 インフルエンザの注射ばりに恐ろしい私の自己紹介の番が回ってきた。

 ――人前で話すことは苦手だけど、やらなきゃ。

 ここが正念場である。クラス内の位置付け(カースト)が決まると言っても過言ではない大一番に、これから多くの時間を過ごすこのクラスで、居心地よく、快適に、出来れば和気あいあいと……、過ごすため、私は挑む。

 第一印象は大事だ。まだ辛うじて陰と陽の境にいるはずの状態から容赦なく、どちらかに振り分けられる瞬間であった。

 ――やらなきゃ。

 秘めた決意を胸に――。今後の命運を分ける賽は投げられ、私のたたかいは始まった。

 この期に及んで、嫌だ、と粘る弱い自分をはねのけるように、立ち上がる。これで、自分の基準で(←情けない保険)完遂するまで、もう座ることはできない。

 緊張にごくりと唾を飲み込んで、乱れる呼吸と胸の痛み=緊張感を気合いで……抑え込めはしなかったが、暗礁に乗り上げる寸前のところで、ぎりぎりへこたれず。そして自己紹介を――

 ……、……、……

 クラス内の注意が、程度の差はあれ、注がれているはずだ。

 多少なりとも、注目されているということを、改めて意識してしまうと、もう駄目だった。決意も、度胸も、勇気も、打ち砕かれた。私のハートの許容量を越えてしまったのだ。それゆえ言葉が詰まってしまった。皆の注意を引き付けているのだ、ということを認識し、威圧されて、臆して、心が後ずさり、萎縮してしまう。

 亀のように首を縮めた私は。また唾を飲み込む。

 すると、私の様子を不審に思ったのか、先生が、おや? と首をかしげる。


「さとうさん、大丈夫ですか?」


 先生に心配をかけてしまったらしい。それを申し訳なく思い、余計に縮こまってしまう。


「無理しなくて良いと思うよ」


 と小さく男性的声音が聞こえた。後ろからのものに、反射的に振り向く、発信者は声の通り男子だった。所謂、塩顔の彼は、心配そうな表情を浮かべていた。男の子は余計に苦手なので、返答に窮する。

 急に声かけてくるなんて、常識がないんじゃないか? とか、前後関係(コンテクスト)ガン無視で、思ってしまう。――クソみたいな私だった。これだから陰キャは、と他人事のように文句を言うのも私の心の声だった。


「ならば先生が代わりに」


 気を利かせた先生に代弁してくれるようだ。着席を促されたので座りつつ、それじゃあいかんと思いつつも、ほっと安堵してしまう。


「彼女の名前はさとう小粒(こつぶ)さん」


 苦しみから解放された私は油断しきっていた。失念していたことがある。それは――、

 クソ真面目……じゃ、汚いので訂正。生真面目そうな先生の口から、


「さとうさんのさとうはお砂糖の砂糖のようです。珍しいですね」


 なんて言の葉がぶっぱなされると、途端、微妙な空気になった。再度突き刺さる注目は筋肉注射よりも痛く感じる。さすがに笑われはしなかったが、まったくもって事故紹介だった。表情を苦くする。ただし笑えない。とても居心地が悪くて、逃げ出したくなった。教室を出る度胸なんてないが……。

 今回の敗因は自分の弱さと苗字。前者がより多くの割合(ウェイト)を占めるんじゃないかとは思ったが、それは置いておいて。苗字の話だ。頭の中で平仮名に変換していたが、逃げきれなかった。自分の珍しい苗字、それが集める注目にも向き合わなくてはならないのだ。気の重くなる話だ。結婚をするまで苗字は変えられない。全国の砂糖さんには悪いが……、私は苗字の束縛から逃れたい。しからば、結婚をしなければならない。

 結婚……。それは――、選りすぐったパートナーと人生を共に歩むという契り。

 Q.それは私に、出来るのか……?

 ――瞬きするよりも早く答えが出現――

 A.出来ない。

 即答だった。しかも断言ときた。

 出来ないのかぁ……。と、人生の可能性は無限大なのに、未確定事項をさも確定したかのように断定し、世の残酷さに撃沈する私。――されど、自己紹介の時間は終わらない。

 後ろの男子が立った。椅子が板の床を擦る音がしたから。たぶん、そうだ。


「しおこうじです。――――」


 名前の先は、もう耳に入らなかった。

 自己紹介を失敗した私は、もはやいっぱいいっぱいだったのだ。

 悔しかった。私にだって虚栄心はある。私のような陰気な女(自分を卑下しすぎだ、と言われるかもしれないが私は自分をそう分類している)が、高校デビューというやつを決行することは叶わないのだろうか……。

 ――チクり。と、

 胸が苦しくなって、一筋の涙が頬を流れて行く。

 涙と共に、弱くナイーブな私が出てくる。

 自分の殻に閉じ籠り、外部の刺激にビクビクと震える怖がりな自分だ。ドクンドクンと脈動する心臓を意識すると、脈拍が跳ねあがっているのがわかる。心の内に籠った暗闇が一部漏れだした。表出した心の闇は私の表情を暗く染める。

 俯いて……。そして……、漠然と想像をしてしまう。

 高校デビューとはいかず、自己紹介も満足に出来なかった私は、この高校でどのようなポジションに置かれてしまうのだろう。

 使い走り(パシリ)、虐められっ子、財布扱い、色んな悪い想像が駆け巡る――。

 たちまち不安になった。

 暖かな春の教室で、寒くもないのに身震いする。合わない歯の根が不協和音を奏でた。

 なぜ世界は――、卑しくて、貧相で、無力で、無価値な私に対し、こうも残酷であるのだろう。

 心の内の問いかけに、答えは返ってこない。私の心の暗闇に、光を射してくれる人は、今はまだ――いない。そして、その候補である彼女は遠い場所にいるのだった。

 ――――。

 やがて落ち着いて。机に突っ伏した私は。

 にしても――。

 尾道を見たときに訪れた、あの胸の高鳴りは、一体なんだったのだろう。

 今後の学校生活への不安感とは裏腹に、そんなことを考え、意識していた。

 その後、入学式もその後の自己紹介も滞りなく終わり、ふと気付く、


「(尾道が首席じゃないんだ……)」


 失礼すぎた。

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