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神田の小話『穴と卵焼き』

作者: 神田かん

穴が開いていた。地面に大きな穴。直径縦横ともにピッタリ128cm。昨日までなかったのに、その穴は今朝突如として現れたのだった。




のぞいてみても何も見えない。真っ暗が続いている。石を落としてみても底にたどり着く音はしなかった。はてはてはて。この穴は一体、誰が何のためにあけたのだろうか。連日野次馬や報道関係の人間たちがその穴に殺到し、人々は意見を交わした。




色んな人がこの穴を調べた。ある教授はこれはどこかの国が最新鋭の軍事的機械を使ってここで実験を行ったのだと推測した。いやいや、人間が一日でこんな穴が掘れるわけがない。これは宇宙人の仕業だという教授もいた。それは違うんじゃないですか。地球は今怒っている。その怒りがここに穴を開けさせたのだという教授もいた。いわば我々人間の所業は神様の逆鱗に触れてしまったのだ。世界滅亡の前触れだと。




目の前に起こっているそんなすべてのことは、りかちゃんにとっては本当にどうでもよかった。毎日朝から晩までたくさんの人がそのへんてこな穴に群がっている。そのせいで普通に学校に行くことができなくなった。




ちょうど、りかちゃんの家の前にその穴は開いてしまった。りかちゃんの家は周りを塀で囲まれている。なので出入口は一か所のみだ。そのひとつの出入り口からすぐ出たところにその穴はすっぽり開いた。りかちゃんの身長とほとんど変わらないくらいの穴だった。




お父さんがまずその穴を見つけた。お父さんは取りつかれたように騒ぎ出した。りかちゃんには目が真っ白に見えた。お父さんはお母さんを呼び出して二人でなにかを話していた。りかちゃんにはよくわからない内容だったが、お金という言葉だけが耳に残った。お母さんの目も真っ白に見えた。続いて起きてきたおじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんの話を聞いたら同じように目が真っ白になった。




それからすぐに大人たちがりかちゃんの家にやってきた。みんな写真をとったりお父さんやお母さんに話を聞いたり。りかちゃんにはよくわからなかったがやっぱりその大人たちも目が真っ白に見えたのだった。




りかちゃんが学校はどうするのと聞いても誰も相手にしてくれなかった。結局その日の学校は休むことになった。夜、りかちゃんは頬杖をつきながらその穴をにらんだ。あの穴のせいでみんながおかしくなった。学校にも行けなくなった。にらんでもにらんでもその穴はただすっぽりと口を開けているだけだった。りかちゃんには口をポカーンと開けているバカに見えて余計腹が立った。




次の日も、その次の日もりかちゃんは学校に行けなかった。騒ぎはどんどん広がった。なんだかりかちゃんが今まで見たことがない外国の人も集まりだしていた。それでもやっぱりりかちゃんには目が真っ白に見えた。りかちゃんにはわからないが、お父さんが会社に行かなくなった。でもお父さんとお母さんは抱き合って喜んでいたので、それが悪いことではないのだとりかちゃんは思った。それでもりかちゃんには本当にどうでもよかった。




穴くらいでなんでこんなにも大人たちは喜ぶんだろうとりかちゃんは不思議に思った。穴が開くことより、学校に行くことの方が楽しい。穴の話をすることより、友達とおしゃべりする方がよっぽど楽しいのに。りかちゃんはそんなのだったら自分は大人になんかなりたくないと思った。




お母さんがご飯を作らなくなった。その代わりに毎日どこかからかお寿司とかステーキが届いた。それらをお父さんもお母さんもおじいちゃんもおばあちゃんも嬉しそうに食べていた。食べたことのない料理が並んだ。りかちゃんも一緒に食べた。りか、おいしい?と聞かれたので、うんと答えた。けどりかちゃんは本当は卵焼きが食べたかった。おいしかったけど、りかちゃんはお母さんの卵焼きの方が断然おいしいと思った。やっぱり大人はよくわからないと思った。




ある夜、りかちゃんはお願い事をした。空にはたくさんの星が輝いていた。その星のひとつに向かってりかちゃんは言った。こんな穴のせいで大人はみんな目が真っ白になって困ってます。わたしは前のように学校に行きたいです。お友達とおしゃべりがしたいです。会社に行くお父さんにいってらっしゃいと言いたいです。お母さんの卵焼きが食べたいです。こんな穴、わたしにはいらないです。




するとその星はきらりと光った。その星はきらりと光って、すぅーっとりかちゃんの家に近づいてきた。りかちゃんはびっくりした。まるで宝石のようにきらきら光った星が目の前に現れた。でもその星はりかちゃんと同じくらいの大きさで、不思議と怖さを感じなかった。なんだか男の子のように見えた。その星から手みたいなのがにゅーっと伸びてきた。りかちゃんは後ずさったが、その手は優しくりかちゃんの目からこぼれていた涙をすくってくれた。




いつの間にか朝になっていた。りかちゃんはいつの間にか眠っていた。窓から顔を出すと、穴にはまんまるの石がすっぽり入っていた。りかちゃんはランドセルをつかんで静かに階段を下りた。太陽は昇りきっていなくて辺りはまだ少し薄暗いし肌寒い。りかちゃんはそのまんまるの石を足で蹴ってみた。びくともしなかった。




りかちゃんはちょっと後ろに下がって助走をつけた。えいっと走ってぴょんとその石に飛び乗った。ずずずずずん。石が音を立てて穴にめり込んでいったのでりかちゃんは慌てて向こう側にジャンプした。振り返ると穴があったはずの場所は閉じられていた。穴の形は残っていたがきれいに塞がれ表面がつるつるしていた。そのつるつるしたところを手で触ってみた。冷たい石のようだった。思わずつるつると声を出していた。




玄関に戻ってみたが誰も起きている気配はしなかった。お酒の臭いがした。りかちゃんは小さな声でいってきますと言って玄関に置いたランドセルをつかんで走った。ひさびさに友達とおしゃべりができる。その嬉しさで思わずぴょんと跳ねた。ちょっと早すぎるかもしれないけれど、りかちゃんは学校に向かって走り出した。山の向こう側から太陽の光が見えてきた。帰ったら卵焼き食べたいな。りかちゃんは卵焼きのことを考えながら走っていった。




穴の中で、つるつるの石は思った。穴が開いたらりかちゃんの家にお金がたんまり入ってくる。そしたらりかちゃんの家はお金持ちになる。そしたらりかちゃんは喜んでくれる。星の少年にとって、りかちゃんは初めて自分をきれいな星と言ってくれた人だった。あまりに嬉しくて彼女のためになにかしたいと思った。星の少年は星の少年なりに考えに考えて、穴を開けてみた。でも結果、穴を塞ぐことがりかちゃんの喜ぶことだった。




人間ってよくわからないと、星の少年は思った。それでもつるつると言いながら触ってくれた感触がまだ残っていて、それだけで十分だとも思った。

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