1. 宿屋の中で誓いましょう
「モカさぁん」
「いやだ」
「ねー、モカさんてば」
「いやだ」
私は今外出を拒否している。
理由?外に出たらまたトラブルに巻き込まれるに決まっているからだ。
魔水晶を売り払って金もあるんだ、わざわざ危うきに近付く君子がどこにいると言うんだ。
「お買い物行きたいよー、モカさぁん」
「ダメだ。カフェも外に出るのは絶対許さないぞ」
勿論カフェだって外出禁止だ。
私抜きでも十分に戦闘が可能なほど鍛え抜いたとはいえ、彼女だって一応女の子だ。トラブルに何度も遭ってしまっては心がやられてしまうだろう。
「ほとぼりがいつ冷めるかは知らないが、衛兵達にあの男をとっとと国外退去させて貰わないといけないな」
包まった布団の中でそう呟きながら、ベッドのそばにある窓までずるずる動き、外の様子を伺う。
子供や大人達の声、鳥達の囀り、暖かな日差しがそこにはあり、私のこの憂いなど一切考慮しない平和な世界が広がっていた。
まあ雨が滝の如く降っていたらそれはそれで気分は落ち込んでいただろうが。
「モカさんらしくないよー。何かから逃げるなんて」
「私は常に強くあるつもりでいるが、何かから逃げるということも大事なのだ。退く強さも時には必要なんだよ」
「口だけは一丁前なのに」
ベッドの上に乗ってきたカフェは布団に包まったままの私を抱き寄せ、頭に頬を擦り寄せる。
「ま、でもたまにはいいよね。こうしてゆっくりモカさんを抱きしめるなんて滅多にできないもん」
「ぐぬ」
なすがままにされているが、わがままを突き通すからには多少の譲歩も必要だろう。少なくとも相手の懐を鑑みながらだが。
後頭部から首にかけて感じる二つほどの柔らかい何かを堪能させてもらっていると、部屋の扉がノックされた。
「嬢ちゃん達メシだ!早く食ってくれねえと片付かなくて仕方ねえ!」
私達が暮らしているのは宿屋を改装して作られた集合住宅であり、大家さん老夫婦が(見た目だけは)まだ幼い私達の世話をよく焼いてくれるのだ。
朝ごはんを早く食べろと急かしに来たそんなおじさんを無碍にするわけにもいかない。
「分かりましたぁ……」
「元気がねえなチビ助!メシ食わねえと姉ちゃんみたいに色々デカくなれねえぞ!」
「誰がチビでタワーシールドだって!?」
「モカさん落ち着いて!そんなモカさんが大好きだよ!」
「ええい離せ!あのオヤジ殴ってやる!」
カフェに羽交い締めされたまま持ち上げられ、じたばたと暴れながら食堂へと連行される私。廊下ですれ違う他の人達から微笑ましげな視線を向けられてしまっては流石の私も大人しくしなければならないだろう。
「それにしてもさっきから後頭部が幸せだ」
「?なんか言った?」
「いいえ」
食堂に着き、いつものように食堂のキッチンそばにある私達の特等席たる四角いテーブルにある子供椅子に乗せられる。
もう文句すら言わなくなるほど座り続けているためなのか、あまりの違和感の無さなのか、私の対面に座ったカフェも食堂にいる他の人達もいつもの事だと言うかのように配膳された朝食を摂っている。
サラダを噛みしめながら、はたしてこの完全なる子供扱いが私の考える平和な日常なのだろうかと考えざるを得ない。
「そういやあ嬢ちゃんよ」
「なにさ?」
すぐ横のキッチンカウンターからおじさんが声をかけてくる。
「なんでもな、勇者が現れたらしいぞ。隣国の情報だからこっちにゃ昨日の夜ごろに情報が来たらしいがな」
「へえ。勇者ねえ」
そんな御伽話にしか存在しないものが現れました?そうですか。私には何の関係も無いし、むしろ関わりたくも無いね。
だいたい、自称勇者ならそもそも頭のおかしい奴だし隣国が国を挙げて祀りあげるような勇者だとしても関わろうとは思わない。
まあ、関われるような立場ではないだろうしね。もしかしたらカフェに惚れてしまう可能性はあるかもしれないが、この街にいる限り私はただの小娘なのだ。
「ふぅん、えらく冷めた反応するじゃねえか」
「だって興味ないもん」
「そうなのか?あんなデカい武器背負うくらいなんだから勇者と聞きゃ仲間になりたがると思ったんだが」
おじさんは他の居住者の皿を洗いながら私を珍しそうに眺める。いやまあ、確かに戦斧は背負ってるけどさ。あれは別に武勇を立てたいとかじゃなくて……
「ま、嬢ちゃんは姉ちゃんみたいになるところからだな!そんなチビのままじゃ声もかからんわな!」
「いつか殺すからな」
「だっはっはっはっは!こりゃ怖いわ!俺が勇者様に助けを求めねえと!」
絶対にその減らず口を縫い合わせてやる。そう私は誓ったのであった。