1. 森の中心で睨みましょう
なんかよくわかんない展開してんなこいつ
とはいえ生活に先立つものは必要であり、私がするのはモンスター退治だ。
人との戦いはしたくないが、狩猟ならば仕方はない……というか私がお金を稼ぐ方法といったら、これしかない。
「いい天気だね!」
「うん、いい天気だ」
「今日も大量だったね!」
「そうだな」
私は適当に返事をしながら斧を背負った。
ここは街から離れた場所にある森林であり、足元に散らばる大小様々な結晶は魔水晶と呼ばれる魔力の塊であり、モンスターの命そのもの。
モンスターは魔法を行使するためのエネルギーであるマナの塊であり、その身体は魔法で構築されている。
そのため多少の傷は即座に回復するが、全快に至らないほどの傷や致命傷を受けてしまうと身体が構築できず、魔水晶一つ残して消滅する。
ちなみに人や動物も身体があるというだけでモンスターと違わずマナを持つ生き物である。
しかし、人の場合使ったマナを回復するのにかなりの時間を要してしまうのだ。
そこでこの魔水晶を使用する事で魔法を発動する追加のマナを得ることができるというわけである。
しかしながらこれは欠点がいくつかあり、まず第一に使用すると人体に猛毒となる残滓が残ってしまい、寿命を早めてしまう。
そして、得たマナで魔法を行うと空気中にさえ残滓が発生してしまうのだ。
稀にマナを生まれながらに高速回復する力を持つ者も存在するが、発見され次第すぐにどこかの軍に入れられるとかそんな話をいくつか聞いたことがある。
「これでしばらくは持つかな」
小袋に魔水晶を入れたカフェが笑顔で走り寄ってくる。
この石は先の通り欠点まみれではあるのだが、見た目だけはなんと非常に美しい水晶である。
そのためマナを得るための使用さえしなければただの宝石として高い価値を発揮する。
更に、魔力の塊であることを利用してエンチャントを埋め込み、防具や武器に装着する事で能力の底上げも可能になる代物なのだ。
故に価値は高く、買い手などそこら中に存在するほど。
走り寄ってきたカフェが小袋を私に寄越すと、自然に私の手を握って帰路に就こうとする。
小さい頃からの習慣というか、幼児くらいからやっていたのをこの歳まで続けられるとそれはそれでこっ恥ずかしくはあるのだが、満面の笑みで手を繋ぐカフェを見ると断ることもできず。
「カフェ」
「うん」
何度も言うが、魔水晶は非常に価値あるものである。
そのため、狩りを終えた者を狙う者は存在し、そいつらにとって私達のようなモンスターを狩って帰る途中の女子供はカモなのだ。
普通に考えたらモンスターを狩って帰るような奴からカツアゲしたら返り討ちになりそうなもんだが、言葉が通じる分人間を狙う方がいいらしいとはどっかの誰かが言っていた。
「おう嬢ちゃん、大量そうじゃねえか」
満面の笑みを浮かべていたカフェを見た男達が嫌らしい笑い方をしながら木の影から現れた。
途端にカフェの表情は死に、氷点下になったかと思うくらいには空気が冷えたような気がした。
街の中では私達を守る大人達がいるので手を出さないが、こうして街の外に出た私達を狙う男はかなりいる。
……私達と言っても私はともかくカフェを狙う男はどの街に行っても死ぬほど、それこそ腐るほどにまで現れるのだ。
街の若者、荒くれ者、旅人、商人、挙句の果てには賊や知性のあるモンスター、男であれば大体の者から嫌になるくらい狙われてしまう魔性の女なのである。その女は私のなんだがね!
「貴方達に渡す物は無いですけど?」
「何もそうは言ってねえじゃねえか。別に石なんかいらねーよ」
「そうですか。では失礼します」
手をギュッと握り、足早に立ち去ろうとするカフェ。
いや待って早い早い歩幅考えて歩幅!ちょっと足の長さ多分二倍くらいはあるんだから着いていけないって引っ張られるから!引っ張られると転びそうになるから!
早足のカフェについていくため走る私は言うなれば大型犬の散歩に手こずる小さな子供といったところだろうか。
「ちょっと待てって」
男は明らかに遅れた私を掴もうと手を伸ばす。
思わず固まる私をカフェはいきなり抱き上げて左手で私を抱き寄せると、右腕で大剣を男に突きつけ……いや私が背負ってる斧百キロ以上はあるはずなんだけど?その細い腕でどうやって私ごとこんな優しく抱え込んでんだ。
ちょっとときめくだろ。やめろ。
「これ以上は賊と見なして斬ります。分かっていますよね?」
「おいやめろって。少し話がしたかっただけなんだよ」
「こんな森の中で、周囲に隠れた者たちがいるにも関わらずお話を?ご冗談でしょ」
カフェは見下したように鼻で笑うと、隠れた者たちを出てこさせるように顎をしゃくる。
いや間近で見るとほんま美人だなこいつ。どんな表情も似合うとか神様こいつにだけかなり優遇してな「モカさん今かなり真剣な場面だからちょっと真面目にしてて」すみません心読まれてました。
「俺たちだってあんたが只者じゃねえことは分かってるから数は集めちまったがよ、いきなり武器を抜かなくてもいいじゃねえか」
「そもそも街の外で私達と会うことも数を集めることも間違っていると思いません?」
「街ん中でできねえ話も世の中あるってこった」
「そんな話、私は聞きたくも無いです」
じりじりと大剣を男に向けたまま後退するカフェ。
背後に誰もいないのは抱っこされた私が確認済みである。
「最近こんな事ばかりだ」
「どの街にいてもこうだったよ」
「それもそうか」
つまりは自分の行いである。真面目に生きるって大事だったんだなあ。
「何かしようって訳じゃない。俺たちはあんた達を勧誘しに来たんだ」
「勧誘?」
「今動けねえ兄貴のためにな」
「……またあの男ですか」
カフェの顔に影がさしてきた。
いかんこれブチギレる数秒前みたいな奴では?と思っていたら構えた大剣を地面に突き立てたカフェは私を更に抱き寄せて男達をより強く睨みつける。
「私達にこれ以上関わるな!幸せに暮らそうとしてるのに、どいつもこいつもなんで邪魔をするんだ?」
「力があるならそれを使うのが力を持つ者の役目で責任じゃねえのか?」
「誰がその責任を課した?それは人ひとりの幸せを犠牲にしてまで果たさなきゃいけないのか?」
カフェの私を抱き寄せる手に力が入り、私は応えるようにカフェの服を掴んで男達を睨みつけた。
私からもここいらで何かガツンと言わなきゃいけない気がする。ていうか蚊帳の外っていうかカフェの足ばかり引っ張ってないか?最近。
「私の力を知らない誰かの為に使うなんて、もうまっぴら御免だね。私は私とカフェのためだけにこの力を振るうんだ」
「私だってモカさんのために鍛えたんだ。お前らのためじゃない」
バカップルすぎる。言ってて恥ずかしくなってきた。のは私だけらしく、カフェは真剣そのものな顔で未だに睨み続けている。
「……分かった。兄貴にもそう言っとくよ。俺たちも嫌がる女の子を無理矢理なんてできねえや」
「十分嫌がってたのに無理矢理話をしようとしましたよね?」
「それくらい許してくれよ。やったっていう実積だけでもしとかないとうるせえんだよ」
悪かったな、と男達はかなり素直に帰っていった。
それなら普通に街ん中で話すりゃよかったのに、なんでダメだったんだろう。なんか嫌な予感がしてきた。