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世界の果てでも愛しましょう  作者: シャカリキブサイク
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1. 街の中心で気付きましょう

 




 誘拐未遂事件の数日後。


 日課のひとつである教会にて祈りを捧げた私とカフェはそのまま詰所へと向かった。

 私は愛用の斧を、カフェは大剣を受付の衛兵に預けてそのまま中に入る。案内の衛兵の兄ちゃんは私の様子を心配そうにしながら、カフェと何回か短い言葉を交わす。

 世間的にはカフェは私のお姉さん的存在で、保護者でもある。そのため私ではなくこの後することの打ち合わせのようなものをしているのであろう。

 ……背後で斧を床に落とす音と、「重すぎる!」と嘆く衛兵の声が聞こえたが聞こえないフリをしておいた。

 あの衛兵、すごい顔で受け取ったまま固まっていたから。男には我慢しなきゃいけない時があるってカフェも言ってたし。

 衛兵の兄ちゃんに案内されたのは厳重そうな扉。鍵を複数使って扉を開けると、そこには件の誘拐犯である顔の原型が少し分からない男が縛られたまま椅子に座っていた。

 先日の演技を思い出し、小さく「ひっ」と呟いてカフェの後ろに隠れると衛兵の怒りのこもった睨みが男を貫く。


「ごめんね、モカちゃん。本当は会わせちゃいけないし、会わせたくもなかったんだけど。どうしてもこの男の立場上仕方なくてね」


「……立場上?」


 カフェが不思議そうにすると、衛兵は溜息を吐いて心底呆れた様子で語り出す。


「いやね、こんな調子だから余罪とかあるだろうと調べたら、どうもこの男……隣国ではかなり名の知れた『正義の』剣士らしくて。どうやら旅の仲間を探しにこの国に来てたまたま寄った街で君達を見つけてこの人だ!と思ったとかなんとかで……」


「ええ……」


「隣国に問い合わせたらね、何かの間違いだと思うから、どうか和解の機会を……なんて言われるし、本人も乗り気だし、いや私達は勿論断固反対したんだけど……上がね……ハァ……」


「は、はは……」


 そこまで言うと、「言ってる自分がバカらしくなってくる」と再び心の奥底から出てきたような溜息を見せた衛兵と、聞いたことを後悔したかのようなカフェの引きつりまくった声。

 流石の私も呆れすぎて演技中なのに関わらず口の端が引きつったほどだ。


「で、その剣士様はなんだってウチのモカに目をつけたんです?」


 カフェが胡散臭そうに男を見ると、男は我が意を得たりと言わんばかりに立ち上がろうとし、即座に衛兵に座らせられていた。

 もちろん怯える仕草は忘れない。


「衛兵、そこにいるモノが本当にただの小さな娘と思っているのか?正義などと呼ばれる私が声をかけるほどなんだぞ」


「いや、言っちゃなんだが文字通り小さな娘なんだが」


「確かに文字通り小さな娘ですね」


 帰りたそうな衛兵と、もうどうにでもなれと言うかのようなカフェの一言に暴漢が食らいつく。


「そうだがそうではない!その娘は他国でーーー」


「……もう帰りたい……」


 声を荒げる男を見て、我慢の限界だと言わんばかりに涙ぐむ私。

 当然被害者である私を最優先にする衛兵は大慌てでカフェごと私を別室に移動させ、後ろから「子供を泣かす奴のどこに正義があるんだ!恥を知れ!」と、かなりごもっともなお叱りが男に浴びせられていた。

 是非とも恥を知ってほしい。


「ごめんね、もう二度と会わせないようにするから。俺達があいつをとっちめといてやるからね!」


 文字通り小さな娘と呼ばれたモノは身長の二倍はある大斧を詰所の衛兵から返してもらい、そのまま街の中心へ向かう。


「んー、不味いことになったね」


「全くだ。しかし昔を知られているとは……」


 男の口ぶりから過去の私を知っているのは間違いないと思われる。私と共に冒険に出たカフェの事だって知っているだろうし。

 面倒な事になったね、とカフェは困り顔になりながら笑みを浮かべた。

 過去の過ちはいつでも自分に襲いかかってくる。それが今回は少し遅かったくらいなのだろう。

 あの男には悪いが、それでも私は今の生活を楽しんでいるから絶対に邪魔をさせない。本当にただの旅なのか知らんが根無し草に戻るつもりは毛頭ないのだ。


「もしモカさんの事をバラされたらどうしようか」


「何をバラされたとして、はたして街の人間が信じるもんかね」


「えー、根拠は?」


「カフェも見たでしょ。私をただの小さな娘だとしか見てない連中だぞ?バカでかい斧を背負ってんのに」


 背中の斧を指差しながら鼻で笑ってみせると、納得したような顔をしたカフェは自分の服を改めて見直す。


「私、ずっと紅葉色の服ばっかりなんだけどやっぱりモカさんみたいに街ごとに服とか色とか変えようかなあ。変な人に覚えられたらモカさんの邪魔になっちゃいそう」


「いや、私みたいなチビはともかくカフェみたいに背が高い美人は服変えたくらいじゃあ顔の印象が強すぎてイメチェンぐらいにしか見られないんじゃない?」


 実際私の場合顔でなくメイドアーマーに視線が集まりそうなもんだが。

 カフェは顔を赤くすると「そ、そうかな」などと呟きながらニヘニヘ笑っている。このメスほんっとにチョロすぎてだんだん不安になってくる。

 私がそう育てた。


「にしても、モカさん泣き真似上手だったね。初めて見たけど少しドキドキしちゃったよ」


「んー、そうだな。私も初めてやってみたんだが、何というか……感情の表し方というか、喜怒哀楽がこの前から凄く顕著な気がする」


 嘘はついていない。

 この前起こった世界の変化から何よりも変わったのは自分自身の自由度の向上なのだ。

 ご飯の味も、睡眠の必要性も、こうしてカフェの隣にいる事や背中の斧の重さが全て新鮮味を帯びている。

 未だに慣れない感覚に困惑することも多く、時々心配される事に少し情けなさも感じている。


「でも私は今のモカさんのが好きだな。なんていうか、今だから言うけどね?前までのモカさんって、なんだかお人形みたいって言うか……よくわからないけど、なんだろう。モカさんとの間にいる誰かと会話してるみたいだったの」


 変な話だよね、とカフェは言うが私はある意味で納得していた。

 カフェの言う『間にいる誰か』が、私の感じていた『私と何かの間にある障壁』だったのだろう。

 だからそれが無くなった今、カフェはちゃんと私と会話ができ、私はカフェとなんの壁もなく会話ができているのだ。


「そうなると、カフェの観点で言うなら私はマーダーパペットって事かな」


「違うよ!」


 少し恥ずかしくなってきたのでごまかすように茶化すと、カフェは慌てて否定した。


「マーダーパペットがこんなに可愛かったら、世界中魔物使いだらけになっちゃうよ!」


「あ、そういう…」


 なんか、いや、前から思ってはいたけどカフェって私のこと好きすぎやしないか?ていうか今までの私が「はあそうですか」と流しすぎていた気もするが、それにしても21になるこの娘がこんなチビにゾッコンでは本当に嫁の貰い手が私しかいなくなるんだが。

 ……いや別にそれはそれで構わないな。


「ま、カフェのギャグはいいとして」


「ギャグじゃないよ!?」


「今回は身の振り方を考えるいい機会になったのかもしれないな」


 私は過去に色々とやらかしている。

 そのせいで『狂戦士』などいう肩書きまで付けられたくらいには、あちこちの国や街で大暴れしていた。

 この街で大人しくしているのは気紛れだったが、その結果街の人々に受け入れられ心地よい生活を満喫することができた。

 戦いに明け暮れること。カフェと背中合わせで死線を潜り抜けること。斧で叩き斬る喜びにも勝るとも劣らない心地よさであったのだ。


 ……いや、本来私は戦いなんて好まなかったはずでは?

 昔の私は喧嘩だって嫌だったはずなのに、いつから戦いの日々を目指し、武器を取ってカフェまで巻き込んで旅に出たんだ?好戦的になったのは何歳ごろだ?


「モカさん?」


「……ん、なんでもない。疲れてるのかも」


 そうだ。いつの間にか戦うことが大好きになっていたはずの私が男に追われ、腕を掴まれた時に感じたあの恐怖は本物だった。

 それ以上の修羅場を潜り抜け、危険を何度もうち壊した斧や心強いカフェがそばにいたにも関わらずだ。

 演技だなんて言い訳をしたところで怖かった事は事実だ。


「……ああ、分かった」


「?、どうしたの?」


「私は、本当は怖かったのか。あれが、本当に怖いという気持ちだったんだ」


 自分と何かの間にあった障壁は、他人や世界だけでなく自分の感情や心にすら壁を作っていたらしい。

 もし男に捕まっていたら。もし捕まっていなくとも、詰所であの男が話した内容を衛兵や街の人々が信じたら。

 それが怖かったんだ。

 足が震えだした。だめだ、止まらない。歳上のお姉さんである私の情けない姿をカフェに見せたくないのに。


「……モカさん」


「な、なんだなんだ」


「なんか、やっと。やっと昔のモカさんが帰ってきた気がする。強がりで、怖がりで、人前でだけ一丁前になるへなちょこのモカさんがね」


「……そうか」


 そうだった気がする。

 いつからか、私はまるで別人のようになった。それは色々な人に言われた。勿論カフェにも。いつしか私はそんな事気にしなくなっていたけれど。


「……今日はもう、家でゆっくりする?」


「……そうする」


 ここに来て色々な事が分かった気がする。何があったかはわからないが、もう私は戦わなくても満足できる性格に戻れたんだと。あの頃の私に戻れたんだと。

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