『インド人がウニに転生した件』
この作品は「インド人とウニ企画」参加作品です。そしてこの作品の最も重要な事は後書きに書いてあります。
スマンは夕陽に照らされる街を見下ろしながら、黄色い小さなタグを引き千切る。そのタグには読めない字が小さく幾つか記されていたが、日没が近付き見る事も困難になるにつれて、どうしても取りたくて仕方無くなったから……である。
スマンはそれを外した瞬間、沸き上がる自らの本性が剥き出しになり、それから彼の身体は小さな突起に包まれ始め……やがて長い針に覆われた奇怪な姿へと変化し、そして高台から転がり続けて、海へと落ちていった。
……この街は、自分には馴染めない、嫌な街だった。
スマンは幼い頃、両親に手を引かれて此処にやって来た。だが、両親は低い身分が原因で職にも恵まれず、苦しい生活を余儀無くされていた。無論、自分も日々の食事を、満足に三度口に出来た事は数える程だった。
やがて、病で母親が倒れ、そして父親も後を追うように床に伏し、静かに死んでいった。
……この街は、自分を受け入れない、嫌な街だった。
でも、スニータは違った。彼女は二つ年下の自分を、実の弟のように可愛がってくれた数少ない恩人。でも、彼女は生活を維持する為に出稼ぎに行き、それっきりだったが……。
……この街は、自分を亡き者にした、嫌な街だった。
自分もやはり、両親と同じように病に伏せ、日々痩せ衰えていき、少しづつ命の炎を小さくしながら、遂に息絶えたのだが……
【……スマン、君は何になりたいのだ?】
自分の名前を呼んだのは、果たして誰だったのか……カーリー・ドゥルガーだったのかもしれない。とにかく、死んだ筈の自分は目の前に現れた黒衣の女性に伴われ、海へとやって来た。
海辺へとやって来た自分は、打ち上げられた海藻の臭いに一瞬怯んだものの、次第に慣れていくにつれて、不思議な気持ちが顕れて来た。
(……どうせ成るならば、誰にも触れられぬような者になり、深い海の底で長く生きる者になりたい……)
【……それはまた、ややこしい者だな。まぁ、当てはあるが……】
何者かはそう告げると、スマンの霊体に小さなタグを取り付けた。
【これはお前を『転生』させる鍵。それを外せば望みは叶う。だが……】
どのような存在なのかは判らないが、彼女は暫し言葉を濁してから、
【……そうだな、お前はもし、次の一生を完遂出来れば全ての苦悩から解放してやろう。だが、路半ばで途絶えたならば……その因果を生み出した者と絡み合いながら輪廻を続ける苦業を与えてやろう。それでもよいか?】
(……構わない)
そう、心の中で呟くと、自分は街を見下ろす高台に居た。そして、自分は迷わずタグに手を掛けた。
……と、海の中で暫く留まっていたが、眼らしいモノは光を感じる器官しかなく、そもそも頭の中身は旨い海藻を探す事で一杯だった。
しかし、いつものように海藻を求めてずりずりと砂の上を這いずっていると、突然自分は水中から空気中へと引き揚げられて、眩い光の中で誰かに捕まえられてしまった。
……そして、手慣れた手付きで『アリストテレスのランタン』付近を小刀で切り込みを入れられて、あっという間に生殖器を取り出されてしまっていた。
……ああ、もうおしまいか……よていではなんびゃくねんもいきるつもりだったのに……
「……あら? このウニ、タグが付いてる……?」
そう言ってスニータは、今しがた拾い上げたウニに、まるで市場に並ぶ売り物のようなタグが付いている事に気がついたが、どうせ持ち帰って食べるつもりだったので、そのまま麻袋へと放り込んだ。
しかし、不思議な事もあるものね、と思いながら、帰宅してから麻袋からウニを取り出したが、タグは綺麗さっぱり消えてしまっていて、袋の中にも見当たらなかった。
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……自分は、それからどうしたかは覚えていないのだが、何も心配していない。
……だって、間違い無く……これからは生まれ変わっても、ウニに成る事は決してないだろう。
……そして、あの何者かが言っていたことが真実ならば、スニータにまた会えるのだから……。
……登場人物の名前は、全て実在するネパール人の名前です。そしてアリストテレスのランタンとは……口が身体の下にあるウニの、顎に相当する場所の事で御座います。
つまり!ウニってお尻で食べて頭から排泄物を出すんだぜ? まぁ、頭自体ないけど。
あと、長生きも出来て二百年近く生きる種類も居るみたいだけど、旨いのか? 絶対に不味そう(旨かったら採り尽くされてそう)!!
……そして、人間と遺伝子の共通点が70%……ハエで40%、チンパンジーで99%。つまりウニは昆虫より人間に近い!! だから転生先としてもおかしくない!!