般若
貴方を騙す「般若」でも、
貴方の大切な人を殺した「般若」でも、
貴方は、私を愛してくれますか?
桜は、己の膝の上で静かに眠る弥一という青年を愛おしげなまなざしで見つめる。
髪をさらりと撫でれば、僅かに身じろいで。
それが可愛くて、堪らない。
しかし、桜には弥一には言えない秘密があった。
それは、桜が人切りであること。
そして、弥一の大切な人を殺め、弥一の隣にいるということ。
「弥一・・弥一・・・」
絶えず、切ない気持ちになる。
赦されないことは、桜にも分かりきっている。
しかし、桜はそうまでしてでも、弥一に恋い慕っていた。
弥一は大商店の息子。
そうそう、逢うことも赦されないはずなのに、毎日のように会っている。
嬉しいのに、虚しい。
桜はいつも、心の片隅に想う虚しさに何故か分からなかった。
(私はこれ以上望むというの?弥一と傍に居れるのよ?)
何を、求めているのか。
きっと気付いてはいけないものだと、本能的に察した。
気付けば、狂う。
駄目だ、と考えを振り払うように首を振った。
そのとき。
「・・・・ん・・・桜?」
「ゆっくり寝ていたのね。随分疲れてたの?」
「まあ、それなりに」
弥一は身を起こし、口付ける。
桜は嬉しそうに顔を赤らめて見せると、弥一はいつも笑顔になる。
それが、嬉しい。
弥一の細い腰に腕を巻くと、いつも抱き締めてくれる。
嬉しい、筈なのに。
何かが足りない。
何かが飢えている。
桜は、顔を顰めたが、更にその飢えは深くなっていく。
危険。
頭の中にはその信号しか響かなかった。
弥一は謎めいた気持ちに包まれながら、桜の待つ部屋に足を勧めた。
何故か部屋に近づく毎に、血の匂いがした。
弥一は、何かに弾かれる様にその部屋に近づいた。
「桜・・・っっ!!」
襖を開けると、ぐちゃぐちゃという音が響く。
紅い。
弥一はその場から逃げ出したくなった。
目の前に血塗れで残酷に微笑む桜が血を啜っていたのだ。
ぞくんっと背筋に走る悪寒。
恐怖に駆られ、へたりと床に座り込んでしまった。
桜が、怖い。
弥一は逃げ出そうとしたが、桜の腕に捕らえられた。
「弥一・・誰よりも愛しい弥一・・・・弥一の命を頂戴?」
「お・・っ・・・う・・・っ止めろっ!」
「嫌よ。貴方の愛しいあの女を殺して、やっと手に入れたのに」
「な・・・っ」
「だから、・・・・ね?」
「お・・う・・っ・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
弥一の悲鳴が屋敷中に響いた。
般若は、女
女は、般若
騙されてはいけないよ
すぐに喰われてしまうから
「命」をね