3話
「こんな感じかァ……おめェらァ、朝飯できたぞォ。机の上片付けろォ」
「あは~♪マジメかよっ♪」
「うっせェぞボケェ。喧嘩売ってんなら買うぞォ?」
「……それじゃ、今日もやろっか♪」
キッチンに立つキョーガに向かって、茶髪の少女が飛び掛かった。
突然の攻撃に、キョーガは驚く―――事もなく、慣れた様子で少女に手を向ける。
キョーガと少女が取っ組み合いになり、手四つの状態で力比べを始めた。
「うざってェなァ……!手ェ握り潰して二度と使えねェようにしてやろォかァ……?!」
「やれるっ、ならぁ……やってみなっ、よぉ……♪」
茶髪少女が獰猛に口元を歪せながら、さらに力を入れる。
張り合うようにキョーガも力を入れ―――家の床が、ミシミシと音を立てて軋み始める。どうやら、2人の力に耐えられていないようだ。
「オイてめェしつこいぞォ……!いい加減諦めろよォ……!」
「あっ、はぁ……♪そろそろっ、勝ちが欲しいからねぇぇぇ……♪それにっ、腕力も鍛えたいし~……♪ほら、もっと力入れてよ~……♪」
「クソ犬がァ……!調子乗ってんじゃねェぞォ……!」
空間が軋み、2人の体から覇気が溢れ出す。
いつも通りの光景に、アルマが眠たそうな声でキョーガを呼んだ。
「……キョーガぁ……そろそろ、ご主人様が起きてきますよぉ」
「チッ……おらサリスゥ、とっとと負けを認めろよォ……!」
キョーガが力を入れ直し、前傾姿勢となって力を込める。
―――たったそれだけで、あっという間に形勢が逆転した。
キョーガの体が鬼神のごとき覇気を放ち始め、サリスが表情を少しずつ苦痛に歪ませ―――
「おはようございます!みなさん!」
「ご主人様……おはようございますぅ」
アルマが階段の方を向き、降りてきた少女に挨拶を返す。
と、いきなりサリスがキョーガの手を放し、降りてきた少女に飛び付いた。
「リリちゃん助けて~♪キョーちゃんにイジメられるよ~♪」
「もうキョーガさん。いい加減、力の加減を覚えてください」
「俺が悪ィのかよォ……」
ため息を吐き、キッチンに置きっぱなしになっていた鍋を手に取った。
普通なら熱くて火傷してしまうであろう温度だが……キョーガは顔色1つ変える事なく、慣れた様子で鍋を机の上に置く。
「うっしィ……んァ、マリーはどうしたんだァ?」
「シャルアーラさんに体の調整を頼んでいるそうです。もうそろそろ降りてくると思いますが……」
「―――【挨拶】 おはようマスター。アルマもサリスも、おはよう」
リリアナがそう言うのと同時、階段から美しい幼女が降りてきた。
長い金髪に緑色の瞳、幼女の肌色に合わせたような白いワンピースが柔らかく揺れている。
まさに造り物のような美しさ……事実、この幼女は造り物なのだ。
「……う、むぅ……眠たいであります……」
金髪幼女に続くように、白髪の幼女が降りてきた。
ふわふわと雲のような白髪に、健康そうな褐色の肌。そして、青空を封じ込めたように澄んだ蒼眼。
眠たそうに目を擦る褐色幼女を見て、キョーガが苦笑を浮かべ……そんなキョーガを横目で見るアルマが、どこか不機嫌そうに頬を膨らませた。
「どうしたんだシャルゥ?眠そォだなァ?」
「早朝からいきなりマリー殿の調整でありますからね……まあでも、マリー殿の調整は楽しいから構わないでありますが」
腰のポーチに工具を入れながら、シャルアーラが疲れた表情ながらも楽しそうに笑う。
「全員揃った事だしィ、朝飯にすっぞォ。シャルの分はこっちだァ」
キッチンから別の皿を運び、シャルアーラの前に差し出した。
「……いつもいつも、申し訳ないであります」
「気にすんなァ、俺が勝手にやってるだけだからなァ」
そう言って、鍋に入ったスープのような料理をつぎ分ける。
リリアナとサリス、そして自分の分を用意し……アルマとマリーの分がない。
「キョーガっ」
「……はァ……後ろから吸えよォ?前だと飯が食えねェからなァ」
「わかってますよぉ」
「マリーもこっちに来いやァ」
「【了解】 失礼する」
キョーガの背中にアルマが飛びつき、首筋に鋭い牙を突き立てた。
ちゅーちゅーと吸血するアルマ……と、キョーガの左手をマリーが遠慮がちに握った。
にぎにぎと感触を確かめるように何度も握って……目を閉じ、マリーが体から力を抜いた。
脱力し、キョーガの手を握っているその姿は、さながら人形のようだ。
「あは〜♪いつもいつも思うけど、かなり異常な光景だよね〜♪」
「はん。おめェがやってみるかァ?」
「う~ん遠慮しておくよ~♪アルちゃんに血を吸われたりしたら、簡単に干からびちゃいそうだからね~♪」
へらへらと笑いながら、サリスが皿に顔を突っ込んだ。
手を使わず、まるで犬のように食事をするサリス。普通の人が見れば、思わず二度見してしまうような光景だろう。
「相っ変わらず汚ェなァ……手ェ使って食えよォ」
「だって食べにくいんだもん♪あたしの手じゃ、爪がジャマして食器が掴めないし♪」
皿に顔を突っ込んだままのサリスを見て、キョーガが深いため息を吐き……今度はシャルアーラに視線を向けた。
「おめェもなかなか変だよなァ」
「え?……変でありますか?」
スプーンをグーで握るシャルアーラが、不思議そうに首を傾げる。
サリスよりはマシだが……スプーンの握り方が小さな子どものようだ。
「……つーかよォ、『魔物の波』がいつ来るかわかんねェとかァ、なかなかヤベェんじゃねェかァ?」
「仕方がありませんよ。4年に一度、冬から春に季節が移る間に起こる……という事しかわかってませんから」
「んでェ、『魔物の波』が起こったらァ、俺が馬車で『ギアトニクス』に送らなきゃならねェんだろォ?クソめんどくせェじゃねェかァ」
「デントさんの『金欲竜』に送ってもらえるよう、頼んでみますか?」
唯一まともな食事方法でスープを飲むリリアナの言葉に、キョーガは首を横に振った。
「おめェデントがどこにいるのかわかんのかァ?」
「あ………………そ、それは……」
「はァ……まァ、俺が馬車ァ引っ張りゃァいいだろォ?こん前は角なしで走ったがァ、今回は角があるんだァ。もっと早く到着できんだろォ」
「えっ……あ、あれより早く……ですか……?」
二イッと凶悪に笑うキョーガを見て、リリアナが引きつったような笑みを見せる。
「安心しろォ、馬車を引っ張るんじゃなくて担いで行きゃァ酔わねェだろォ?」
「そういう問題ですかね……?」
ヒョイッと担ぎ上げるような仕草をして、キョーガの口元が獰猛に歪む。
これ以上言ってもどうにもならないと、リリアナの口から大きなため息が零れ落ちた。
「今から『ギアトニクス』に向かっちゃダメなんですぅ?」
「ダメっつーかなァ……『ギアトニクス』は今ァ、国の復興で手一杯なんだろォ?そこに俺らが行ったらァ……」
「迷惑……って事ですぅ?」
アルマの言葉に、キョーガが頷いた。
現在『ギアトニクス』は、『機巧族』の事件があり、復興状態だ。
そんな『ギアトニクス』に『プロキシニア』と『帝国 ノクシウス』の騎士や召喚士が向かえば……復興の妨げになるし、何より他国の人をもてなすほどの余裕があるとは思えない。
「だけど……うーん……」
「最善の手はァ、デントの『金欲竜』に『転移魔法』で送ってもらう事だがァ……アイツの居場所がわかんねェ以上、自力でどうにか―――」
と、そこまで話して、玄関の扉がノックされた。
「……誰だァ……?」
「あ、私が出ますよ」
席を立ち、リリアナが玄関の扉を開けた。
朝の冷たい風が室内に吹き―――扉の先に立っていた人物を見て、リリアナが思わず声を上げた。
「やあ、おはようリリアナ。早朝にすまないね」
「し、シエラ学院長?!」
そう、そこに立っていたのは、リリアナの通っていた学院の学院長、シエラ・マスカレードだ。
薄緑色の髪を腰まで伸ばし、サリスと比べても引けを取らない美貌は……キョーガをして、美しいと思わせるほど。
「ど、どうぞ中へ!」
「ああ、ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」
来客用の豪華な椅子に案内し、リリアナがキョーガに目を向けた。
その目は……『学院長にも朝ごはんを出してください!』と、どこか焦ったような目だ。
「チッ……しゃァねェなァ……ほらよォ」
「おや……これは?」
「俺らの朝飯だァ。残したら殺すゥ」
「キョーガさんっ!」
咎めるような視線を受け、キョーガがフイッと顔を背けた。
そんな2人の様子にシエラが苦笑し―――差し出されたスープを飲んで、固まった。
「……これは……リリアナが作ったのかな?」
「え?あ、違いますよ。キョーガさんが作ったんです。キョーガさんが作る料理は、とっても美味しいんですよ!」
「スゴイね……とても美味しいよ」
「はっ。てめェに褒められてもォ、これっぽっちも嬉しくねェなァ……それよりィ、こんな朝っぱらから何の用だァ?」
ドカッと椅子に腰掛け、目を細くして問い掛ける。
夢中でスープを飲んでいたシエラが、思い出したように姿勢を正した。
「そうだった。君たちに話があって来たんだ」
「話だとォ?」
「うん。『ギアトニクス』の警護に、私が参加する事になった。よろしくね」
「えっ……えぇ?!シエラ学院長もですか?!」
「そんなに驚く事かな?……それでね、『ギアトニクス』を守る部隊と顔を合わせなきゃならないんだよ」
「……それに俺らを連れて行くって事かァ?」
「正解。君たちも部隊の人たちに挨拶していないだろう?」
にこっと笑うシエラの言葉に、キョーガとリリアナは顔を見合わせた。
「……そうですね……それでは、私たちも部隊の方々に挨拶しに行きます」
「よし、それじゃあ行こうか」




