5話
「……逃した、ですぅ……!」
「ん~♪『封じられし禁忌迷宮』か~……♪な~かなか厄介だね~♪」
黒く暗い迷宮の中、小さく舌打ちするアルマが虚空を睨み付けていた。
大きくため息を吐き、手の上に浮かぶ魔法陣を消すアルマの顔は……珍しく、焦っているように見える。
「―――アルマさんっ!サリスさんっ!」
「あ、リリちゃ~ん♪はぐれてなくてよかったよかった~♪」
ざわめく生徒を掻き分けながら、アルマとサリスに駆け寄ってくる、美しい少女……リリアナだ。
「リリアナ!大丈夫だったか?!」
「ちょっと邪魔ですお父様!退いてください!」
アルマとリリアナの間に割り込むカミールが、心配そうに声を掛けるも……本気で嫌そうなリリアナの拒絶に、大人しく身を引いた。
「……意味わかんない……ここ、どこなの?」
「さっきの男が召喚した召喚獣が原因か?」
「あらあら……何だか大変な事になってきたわね」
シャーロット、アグナム、ユリエも、迷宮内を見回して眉を寄せ、警戒心を深めた。
「ミーシャ……!あれだけボクにやられておいて、まだ挑んでくるなんて驚きですよぉ……!」
「ん~♪アルちゃん、あの『禁忌箱』と知り合いなの~?」
「……10年前、少し手合わせをしたんですよぉ……まあ、1対1の戦いだったんで、簡単に倒せたんですけどぉ……」
この迷宮は、中にいる者の『絶望』を糧として成長する。
逆に言えば……中の者が『絶望』しなければ弱いモンスターしか出てこないし、迷宮の耐久度も軟弱になる。だからこそアルマは勝つ事ができた。
ちなみに、止めを刺せなかった理由は、他の『神精族』に邪魔されたからだ。
「今の状況は、ちょっと厄介ですよぉ……これだけたくさんの『人類族』がいたら、迷宮は簡単に成長してしまいますぅ」
「ん~♪ま、あたしとアルちゃんがいるし、リリちゃんの安全はどうにかなるでしょ♪あとの『人類族』は―――」
「来い。『金欲竜』のファニア」
「来て。『氷結銀狼』のラナ」
突如、辺りが力強く輝いた。
光が晴れ、そこにいたのは―――大きな竜と、美しい銀髪の少女。
『……この迷宮はまさか……?主よ、相手はまさか『禁忌箱』か?』
「……『封じられし禁忌迷宮』……厄介……『絶望』、多い……ラッセル、離れないで……」
「……ま、最上級召喚獣のこの2人もいるし、あとの『人類族』の安全も、どうにかなるかな~♪」
ヘラヘラと状況に合わぬ笑みを浮かべるサリスが、所狭しと存在する『金欲竜』と、冷たい殺気を放つ『氷結銀狼』に視線を向ける。
「サリスさん、どうしますか?」
「ど~するもこ~するも、『禁忌箱』がどこに消えたかわからないしっ♪ど~する事もできないよ~♪あたしにできるのは、リリちゃんを守る事だけ♪」
「頼りになりますけど……キョーガさんたちは―――」
サリスと話すリリアナ……その口が固まった。
言葉の代わりに怯えたような吐息を漏らし、目は大きく見開かれ、サリスの背後を見つめている。
「ゴォォ……オオオオオ……」
「……へ~……♪」
全身真っ黒な騎士のような何かが、のっそりと現れた。
しかも、1匹や2匹ではない。
黒騎士のようなモンスター……30匹以上が、続々と通路から現れる。
「―――わあああああああっ?!」
「も、モンスター?!」
「やだやだやだ!逃げないと!」
「おいちょっと押すなよ!」
一気に騒がしくなった迷宮……そんな『人類族』の群れを見て、黒騎士が錆びた剣を構えて突撃してきた。
「うわっ、うわああああああっ?!」
「『追撃の風爪』っ♪」
剛爪を構えるサリスが、迫る黒騎士の群れに向けて不可視の爪撃を放った。
瞬く間に10匹ほどの黒騎士を惨殺し、崩れ落ちる黒騎士を見て、満足そうに笑みを深める。
「ラナ、お願い」
「『全面凍結』」
「……やれ、ファニア」
『御意―――『破壊の咆哮』』
残る黒騎士が、サリス目掛けて突っ込むが―――次の瞬間には足を凍結させられ、身動きが取れない所を破壊光線で焼き飛ばされた。
その圧倒的な力……まさに最上級召喚獣と呼ばれるに相応しい。
「……み、みなさん、スゴすぎます!」
「これだと、ボクが出る必要はなさそうですねぇ……太陽光が入らない迷宮だから、ボクも普段以上の力を出せるんですけどぉ……」
「ど~せまだまだ増えるし♪アルちゃんの出番もすぐ来るよ♪……ほら、もう増えちゃった♪」
「……はぁ、頑張りますぅ」
壁がボゴッと盛り上がり―――そこから、黒い岩石のような物が何匹も現れる。
キョーガがこの場にいれば、この黒岩石の事をゴーレムだと呼んだ事だろう。
ズンズンと歩く黒岩石の眼が、目の前で気怠そうにしているアルマを捉えた。
「―――――」
例えようのない機械音のような声を発しながら、黒岩石がアルマへと手を伸ばした。
だが直後―――この場にいる誰もが、アルマの力を見て驚愕する事になる。
「……モンスターなんて、この程度で充分ですよぉ」
ギラギラと紅眼を輝かせるアルマが、パチンッと指を鳴らした。
ただそれだけの動作で―――空中に、無数の魔法陣が浮かび上がる。
『血力解放』した時ほど多くはないが……それでも、かなりの数だ。
「……『血結晶技巧』、『三重舞剣』」
魔法陣から紅色の剣が現れ、それぞれの切っ先が近くにいる黒岩石に向けられる。
「……舞え」
いつものアルマからは想像もできない冷たい一言。
それを合図に、紅剣が一斉に黒岩石へ襲い掛かった。
飛び回る紅剣は、黒岩石を簡単に切り裂き、バラバラにして、さらに切り刻む。まるでミキサーだ。
「……こんなやつら、『血力解放』どころか、本気を出すまでもないですよぉ」
ヒュンヒュンと飛び回っていた紅剣が消え……残ったのは、黒岩石の無惨なバラバラ死体。
近くに転がっていた黒岩石の頭を蹴り飛ばすアルマ……ふと、みんなが静かな事に気づいたのか、顔を上げて首を傾げた。
「えっとぉ……ど、どうかしたですぅ?」
「い、いえ、あの……アルマさんって、見た目に似合わず残酷な方なんだなぁ、と思いまして……」
キョトンの自分を見つめるアルマに、若干引いたような笑みを浮かべながらリリアナが返答する。
「……あ、これの事ですぅ?……でも、このモンスターは、このぐらいバラバラにしないと再生するんですよぉ」
「え?そうなんですか?」
「はいぃ……家にあった書物の中に、このモンスターについて書かれた本がありまして……バラバラにしないと倒せない、と書かれてあったんですぅ」
嫌な事でも思い出したのか、少し表情を暗くさせながら、アルマが散らばった黒岩石の死体を眺める。
「……まあでも、無事に倒せて良かったですよぉ」
「ん~♪やるね~アルちゃん♪あたしと同じくらい残酷だったよ~♪」
「躊躇いなしに相手を殺すサリス一緒にしないでくださいよぉ……ボクはこの岩のモンスターを倒すためにバラバラにしたんですぅ」
「あは~♪言われちゃった♪」
楽しそうに笑うサリスと、怠そうにため息を吐くアルマ。
再び感じたモンスターの気配に、2人は表情を引き締めた。
「んんん~♪新手かな~♪」
「はぁ……どれだけ来ても、ボクたちには勝てませんよぉ」
剛爪を構えるサリスと魔法陣を浮かべるアルマが、殺気を放ちながらモンスターと向かい合った。
―――――――――――――――――――――――――
「……はァ……んの程度かよォ、つまんねェなァ」
壁にめり込んだ黒い巨人を見て、心底つまらなさそうに目を細める。
―――さすが、としか言えない戦闘だ。
次々に現れる黒狼の群れを、拳で瞬殺。騎士のようなモンスターを、『焼却角砲』で焼却。強者のような雰囲気を持つ黒巨人を、一撃で沈黙。
キョーガとマリーの後を追い掛けるシャルアーラは、理解する間もなくモンスターが死んでいくのを呆然と遠目で見ていた。
「……キョーガ殿は、やっぱり最強であります!カッコいいであります無敵でありまぁすっ!」
「【当然】 マスターは最強。絶対に負けない……しかし、迷宮のモンスターが強くなっているのは確実。マスターならば負けないと思うが、当機では力不足になるかも知れない」
「心配すんなァ。おめェらの事はァ、俺がしっかり面倒見てやるよォ」
堂々と迷宮の通路を進むキョーガが、振り返る事なく宣言する。
その頼もしい背中を追い掛け―――再び、キョーガの歩みが止まった。
「………………モンスターかァ……?」
曲がり角の先―――そこから、モンスターの気配を感じる。
だが……先ほどまでの黒狼や黒騎士、黒巨人とは比べ物にならないくらいの気配だ。
「……マリー、シャルゥ。ちっとここで待ってろォ」
「あ、き、キョーガ殿!待つであります!」
「【制止】 待てマスター、1人で行っては―――」
勢いよく駆けるキョーガ―――曲がり角の先を見て、固まった。
後を追い掛けてマリーも、曲がり角の先にいたモンスターを見て驚いたように目を見開いた。シャルアーラなんて、驚きすぎて倒れそうなほどだ。
曲がり角の先にいたモンスター……キョーガの感じた、他のモンスターと比べ物にならないくらいの気配を持つモンスターの正体は―――
「ガァアア――――――ァアアアアアアアアアッッ!!」
―――黒色に包まれた、ドラゴンだった。




