婚約破棄と謎
「公爵令嬢ゴールド・ゼニゲバー! お前との婚約を破棄する!」
王立学院卒業パーティの場での唐突な宣告に、参加者はみな凍り付いた。
いや、みなと言っては語弊があるだろう。
偉大なる王国の王子、ヒーロー・イダイとその側近、そして王子お気に入りの男爵令嬢がゴールド・ゼニゲバー嬢の悪事をまくしたてていたからだ。
曰く、男爵令嬢へのいじめを軸として、窃盗、恐喝、強盗、横領、傷害、殺人未遂、強制わいせつなど様々な犯罪に手を染めており、王子の婚約者としてふさわしくないのだという。
さらにはゴールド・ゼニゲバー嬢の人格否定にまで言及され。
「そもそもカネを背景とした薄汚い婚約になど耐えられぬ! 我は真実の愛を見つけたのだ!」
ゴールド・ゼニゲバー嬢の反論を許さず、指を突き付けての一方的な断罪はこの言葉で一旦収まった。
これを受けて、ゴールド・ゼニゲバー嬢がどういった反応を示すのか、その場にいた者たちは固唾をのんで見守る。
「ヒーロー殿下。殿下は婚約破棄によって何が起こるか理解しておられるのですか」
幾度もの逡巡の間をおいて、努めて作ったであろう無表情でゴールド・ゼニゲバー嬢が、震える声で発した言葉。
これに対し、王子は首肯し胸を張り、ゴールド・ゼニゲバー嬢を見下して答えた。
「無論だ。薄汚い真似をして稼いだカネなどなくとも、我が国の未来はゆるがぬ!」
これを聞いたゴールド・ゼニゲバー嬢は顔を伏せ。
そして改めて上げた顔は涙があふれており。
告げた。
「わかりました。今この時をもって婚約破棄を承ります」
同時に。
王子が穴という穴から血を流しながら倒れた。
上がる悲鳴。
騒然となる会場。
「し……死んでる……!」
あまりのことに、みな王子の死を確信し、そしてそれが事実であると、王子の側近によって確認された。
状況から最有力容疑者であるゴールド・ゼニゲバー嬢、および事件時に近くにいた側近衆、男爵令嬢の身柄が確保され。
その上でパーティに関わった者すべてが調査されることとなった。
しかし、死因につながる明確な証拠は出なかった。
◇ ◆ ◇
「いつまで黙秘を続けるのですか」
「……」
取調室。
王国直属捜査官である宮廷伯はイラだちを隠さず、ゴールド・ゼニゲバー容疑者へ質問を重ねた。
「事件時の言動からして、あなたは王子の死を確信していた。違いますか?」
「……」
「魔法契約の痕跡が残っているんです。王子の死にあなたが関わっていたことは明らかなんですよ。正直に話してくれれば減刑もあります。自白しませんか?」
捜査官はカマをかけていた。
魔法契約が死因の可能性はある。いや状況からして高いと言える。
しかし、婚約が魔法契約をもって結ばれることは上流階級ではよくあることで、魔法契約の痕跡があるというだけでは証拠にならない。痕跡からは契約内容まではわからないのである。
契約媒体である契約書が見つかれば別だが、それは王室と公爵家が保有しているもので、宮廷伯である捜査官の権限では手が出せない。
そのためにはもう一手、交渉材料となる証拠が必要だった。当事者の自白とか。
「……」
しかし、ゴールド・ゼニゲバー容疑者は揺るがず、臆さず胸を張り、黙秘を続ける。
念のため、王子の変死で利益を得た者や、当時王子の近くにいた第二第三容疑者の取り調べも進めているが、そちらも芳しくない。
捜査は暗礁に乗り上げつつあった。
こうなれば、もっとあくどい手を使ってでも自白させるか、その判断がちらついてきたところで。
「釈放だと!?」
「はっ! 王の勅命であります。此度の件、ゼニゲバーに一切の咎は無し。即時釈放せよとのこと。また、この件は王子の自殺として処理し、また公式に発表するそうです」
捜査官は捜査の続行を望んだが、勅命だ。逆らえば反逆罪。
王直属の官であり、王を崇敬する捜査官にとってそれは許されないことだった。
こうして関係者に引っ掛かりを残したまま、事件は終了した。
王子の自殺というセンセーションな事件に様々な憶測が飛び交い、ともすれば王権が揺らぐかと思われた。
しかし、このころからなぜか上向いた景気によって王家は民衆の支持を取り戻した。
余談だが、王子の側近と男爵令嬢は蟄居させられることとなり、一生日の目を見ることはなかった。
◇ ◆ ◇
事件から五十年。
ゴールド・ゼニゲバーは公爵位を継ぎ、中央政界からは身を引いて自領の発展に力を注ぎ、一定の成果を出したのち、養子をとって次代としてから隠居生活を送っていた。
ある日、その隠居先を、一人の男が訪ねた。
「あの事件の真相を、どうしても知りたくて参りました」
その男は元捜査官。ゴールド・ゼニゲバー公爵令嬢(当時)の取り調べを担当した男だった。
すでに自身も職を辞し、お迎えを待つばかりという年だ。
心残りがあるとすれば、例の事件。
すでに関係者は当時の王や公爵を含め、多くが没した。
もはや最後の機会と、無理を承知で訪ね来たのである。
「そうですか」
茶席を設けて元捜査官を迎えたゴールド・ゼニゲバー元女公爵は、老いてなお背筋を伸ばし胸を張り、遠い目をして答えた。
その姿は、どれだけ追及しても黙秘を続けた取り調べの日々を元捜査官に思い起こさせた。
しばしの沈黙。
元捜査官はこれはだめかとあきらめかけたその時、ゴールド・ゼニゲバー元女公爵は一冊の本を取り出した。
随分と年季が入っているが、年頃の少女が好むようなかわいらしい装丁の、しかし豪華な、錠付きの本だ。
そしてその錠を、懐から取り出した鍵で解放する。
「ある小娘の日記です。読み終わったら使用人に声をおかけください」
そう言って、ゴールド・ゼニゲバー元女公爵は茶席を立った。
元捜査官が日記をみると、付箋があった。
開いてみると、そこには日記の筆者が父公爵に婚約契約について知らされた日のことが書かれていた。
「……なるほど。ゼニゲバー公爵の、王への忠誠は真実だったか」
読み終わった元捜査官は丁寧に日記を閉じ、錠をかけ、使用人に声をかけて席を辞した。
最後までお読みいただきありがとうございます。
以下はおまけです。
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正解だったらこっそり教えます。
(推理ものではないので正解するには推理力でなく妄想力が必要です。)