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序章

「数百年の時を得て、ようやくあなたをお迎えにあがることが出来ました」


工事現場の上に立つ黒いローブを纏ったその男は少し離れたビルの一つのフロアに向かってそう言い放った。







カタカタとリズムを刻みながらパソコンの前に座ってから何時間たったんだろうか。

隣には少しドジな後輩が額にうっすらと汗を浮かべながらパソコンに向かっていた。


――それは数時間前にさかのぼる。


「先輩!今日飲みいきません?」


帰る用意を始めた俺に後輩くんは狙っていたかのやように声をかけた。


「今日?いいよ」


まぁ最近は後輩くんとあんま行ってなかったしな。


「よっしゃっ!」


「はぁ、どーせ惚気けるんだろ?」


ギクッと分かりやすく反応する後輩くんに「いつものか」ともう一度ため息をする。

俺のため息を見てしゅんと小さくなる後輩くんに軽くチョップをくらわす。


「ほーら、はやく俺にお前の惚気(のろけ)話教えろよ」


「せんぱぁい、大好きです!!」


少し意地悪めの笑顔でそう言うとパァッと明るくなり満面の笑みを俺に見せてくれた。


「こらっそれは恋人にいってあげなさい」


もう一度軽いチョップをくらわすと今度は照れたように表情を緩めた。

どーしようもない後輩くんだ。

まあそーゆーやつだから楽しいんだけどな。


「今日は先輩と飲もうと思って頑張って仕事終わらせたんですよ!!ほらほら見てください!これをポチっと!」


勢いよく押したキーは本来押す場所とは明らかに異なるキーを押していた。

頑張ったであろうレポートは後輩くんの笑顔と共にきれいさっぱり消えていく。

自信満々で大事なところをミスるとかどんだけドジなんだよ…。


「あ、あはは…せんぱぁい…」


後輩くんは両目を潤ませながら俺に弱々しい手を伸ばす。


「あーもーこうなったら早く終わらせるぞ!」


「先輩!」



――そして今に至るという訳だ。


「やっと、やっと終わりました先輩」


目尻に微かな涙を浮かべながら喜ぶ姿を見ていると微笑ましくなる。

思わず撫でたくなるような小動物的な?


「お疲れ様」


なにも言わずに後輩くんは俺を見つめてくる。


「ん?どうした?」


「先輩って格好いいし優しいのになんで彼女出来ないんでしょう」


うぐっ、確かに学生時代モテなかったわけはないし、というかどっちかというとモテていた。

だけどなぜか俺は彼女を作ることができなかったのだ。

そのせいで結果年齢=彼女いない歴という欲しくもない称号を頂いてしまっている。


「一言多いっ」


後輩くんの頭に少し強くチョップをくらわしてやる。

こいつは無意識に言ってくるからさらっと傷つく。


「あ!こんなことしてる場合じゃないですよ、飲みいきましょ!」


元凶は誰だよ…。

心の中で苦笑いしながら慌ただしい後輩くんをどこか懐かしく眺めていた。


「先輩!早くしてくださいよ!」


後輩くんに声をかけられ我に帰ると、後輩くんは俺の荷物も持ち出口前でその場ランニングをしていた。


「ごめんごめんすぐ行く!」



俺達は雑談を交えながらいつもの飲み屋に歩いていた。


「先輩つきましたよ!!」


飲み屋が見えてきたところで後輩くんは歩くスピードを早め小走りしながらこちらを振り向いた。


それはいつもの同じような光景で、それでいて全く違った光景だった。

工事中のビルの上にぶら下がっている。普通に考えると落ちてくるはずもない鉄骨が音もなく落ちてくるのが見えたのだ。


俺は全速力で後輩くんへと向かって走った。


「せんぱ…っ?」


小首を傾げる後輩くんを思いっきり突飛ばし落ちてくる鉄骨から出来るだけ遠ざける。


「せんぱ――っ!?」


…体が半分以上鉄骨の下敷きになっているのが分かる。

大粒の涙を流しながら泣き叫ぶ後輩の姿が俺の薄れていく視界に入った。

もう後輩くんの声は聞こえない。

泣くなよ、男だろ?ほんとどうしようもない後輩くんだ。

俺はかすれていく意識のなかかろうじて動かせる右手を後輩くんの方へ伸ばした。

後輩くんは伸ばした俺の手をしっかり握って涙でぐしゃぐしゃになった顔にさらに苦痛を浮かべた。


やめてくれ、お願いだからそんな顔しないでくれよ。

もう、そんな顔、見たくないんだよ。


もう意識はほとんどない。

自分が何を考えているのかすらあやふやなくらいだ。


俺が最後に残してやれるもの。

なにか、格好いいものを渡してやることも出来ない。だけど、こいつのこれからの人生の足かせにはなりたくないんだ。


俺は最後の最後に力を振り絞り笑顔を作った。

上手く笑えたかもわからない。もしかしたら俺の想像のなかで実際にはもう意識すらないのかもしれないし、俺の行動によって逆に後輩くんの記憶に鮮明に刻まれてしまったかもしれない。

わからないが、知ることももう叶わない。


―――俺の記憶はそれ以降ない。







回雪が月明かりに照らされ、きらきらと淡い光を放ちながら静かに降る冷たい夜。

一人の男は美しい長髪をなびかせながら歩いていた。

男は一度立ち止まり些か動揺した。

男の視線の先には籠に入った赤ん坊の姿があったのだ。


「分かってはいたが実際に見ると…」


男は急いで駆け寄り、赤ん坊の生存を確認する。生存を確認できると男は安心したようにその赤ん坊を優しく抱き上げた。


「雪夜…君は私が責任を持って育てる」


男は、赤ん坊を見つめながら静かに一滴の涙を流した。

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