今日の話ですが、明日によります
一度深呼吸して、気持ちを落ち着けた。
まだ何もしていないのに、帰るなんてカッコ悪過ぎる。もう少し頑張る。
とりあえず、人間側では思いもよらない事がありそうだから、性別を温存するために無性体に戻ろうと思う。その前に。
その前にだ。今回の幸運スキルはあまりに微妙なので、性別を替えると魔力が回復することを利用し、今の魔力を詰め込んで幸運スキルを使った。
………。何かが起きたような気はしないが、魔力は減って倦怠感がある。
たぶん、次こそはユーナ・ツリーチェリーの元に案内してくれる人に会えるはずだ。
無性体に戻ると、倦怠感が無くなった。
路地裏を恐る恐る出ようと思ったが、それでは怪しすぎる。前を向いて堂々と飛び出した。
「キャッ…!」
「っ!…すみません、大丈夫ですか!」
誰かとぶつかった。この人が次のターゲットだ。
物理攻撃無効のため痛みも一切ないが、相手は転んでしまっている。手を伸ばして立ち上がらせる。
…青い髪の美少女だ。
「大丈夫です。びっくりして転んじゃっただけなので、気にしないでくださいね?」
「そうでしたか。」
優しい表情で笑っている。かわいいー!
クール美人なマキアの可愛いギャップ萌え笑顔も、メイの無邪気な笑顔も可愛いけど、正統派美少女の笑顔いただきました!
仲良くなりたいな…いや、浮気じゃないから!マキアとメイを思い浮かべて見たけど…むしろ、連れて帰ったら喜びそう。
野菜は失敗したし、この娘をお土産として持って帰れないかな?
…人間じゃダメだよな。残念。
「飛び出してきましたけど、どこかに急いでいるんですか?」
急いでいるけど、急いでいない。
さっき怪しまれた時に、聖女様って言ってたよな?もしかして、名前で探していたのが怪しかったのかもしれない。そんな気がする。
聖女と言うからには、治癒スキルのことは周知の事実だったのかもしれない。それを、知り合いに言われて会いたいと言ったから怪しいのかもしれない。聖女に会うなら、治癒してもらいたいというのが普通っぽい理由かも。そんな気がする。
今更ながら直感スキルが冴えてくる。
いやこの直感スキルって、危機察知以外は思ったことの正誤が分かるって感じだな?そんな気がする。
ありがたいけど、ちょっと微妙…?もう一つ上位の直感になれば、このスキルはしゃべり出しそうな気がした。異世界あるあるな会話できるスキル…成長しないから、今更だな。
「あの…大丈夫ですか?」
「ええと…すみません。外の里から来たのですが、聖女様に治癒をしてもらいたくて来ました。どこで会えるか知りたいのですが…。」
「そうでしたか!どこか具合が…いいえ。治します。」
「え?」
美少女が笑うと、自分の身体が光ったのが分かった。
温かくて、気持ちいい光だ。治癒されている?そんな気がする。
スキル無効の無性体なのに治癒される、ということは治癒の上位スキル…聖女のユーナ・ツリーチェリー?そんな気がする。
本人とか…魔力で強化した幸運は仕事し過ぎだし、直感のスキルの運用ももっと考えた方がいいと思った。今更だよ。
「特に悪い所は無いようですが…治りましたか?」
「すみません。治癒をしてもらいたいというのは、嘘です。アサに紹介されて来ました。」
「アサ?ちょっと、覚えていませんね。すみません。」
申し訳なさそうな表情してる。
でも、アサが分からないって言うのは…アサの印象が薄すぎたんだろうか…いや、アサの名前はアサじゃないのか。
「アサヒナ・リョータです。覚えていますか?」
「え!?そんな…本当ですか!?」
嬉しそうな笑顔。かわいい。
アサのことは覚えていたようだ。こんな嬉しそうだなんて、アサとどんな関係なんだろう。
「はい。本当です。」
「そうですか。リョータは…ここで、彼の話をするのは良くないです。家に来てもらえますか?」
「わかりました。」
アサは魔族側だもんな。確かにこんな往来のある場所で話すことじゃない。
家に招待されてしまった。頑張れ、幸運。異世界人なら、連れて帰れるかな。頑張ればいけそうな気がするから、頑張ろうと思う。
「聖女様!無事ですか!?」
「お前!何者だ!」
ユーナについて歩いている途中で、皮の防具を付けた二人組の男に詰め寄られた。
槍を突き付けられている。
しまった。さっきの泥棒の冤罪の件か。
「どうかしたのですか。」
「先ほど、聖女様を探す怪しい男が目撃されています。さらに似た男が、聖堂の時計のような物を持っていたいう証言も有りました。
男は濃い青の髪をした優男だと聞きます。聖堂の時計は無事でしたが、気を付けてください。」
「…こいつ、男か?」
「髪色は濃い青だが…見た全員が男だって言うんだ。ちょっと違うか?」
間違いなく、その怪しい男は自分だった。
聖堂の時計ってなんだ?よく分からないが、混乱しているようだし、無性体に戻っててよかった。
人間側での男性体は、しばらく封印する。
「何のことですか?いきなり槍を突き付けるなんて酷いです。性別は見ればわかりますよね?失礼ですよ!」
「見て分かる…?…いや、失礼した。」
「誤解だったようだ。…残念だ。」
胸を凝視されて、可哀想な子を見る目で頭を下げられた。
そのままの女だと思っててくれていいけど、無性体だから胸が無いのは正常だからな?残念じゃないし。
「そうですよ。こちらは、私の知り合いです。怪しい人に気を付けますね。教えてくれてありがとうございました。」
「いいえ!聖女様も、気を付けてください!」
「お気をつけて!」
笑顔になった男達は、見つかるはずがない男を探しに走り去った。
頑張れー。
「怪しい人がいるなんて、怖いですね。少し急ぎましょう?」
「はい。」
ここで、自分がその怪しい男だなんて言えなかった。
後で家についたら、説明しようと思った。
※
歩を速めて着いた家は、周りに比べて小さめの家だった。
ユーナについて中に入るが、中は可愛らしい小物が飾られていて、女の子の家っぽい雰囲気が出ていた。
ソファーと机のある部屋に案内された。
「どうぞ座ってください。私はユーナ。リョータの紹介だなんて…あなたは、魔族ですか?」
「違います。私はレイヤードです。先日召喚されて、魔族側に落ちた異世界人です。」
「え!?…異世界人…?」
ユーナの手が自分の左手を見ている気がする。
「そうです。契約陣はありますが、アサの隠蔽で隠してもらっています。」
「そうなんですね…。異世界人がそんなところに召喚されるなんて…知りませんでした。」
「そうですか?私のことを探したりしていませんか?」
「残念ながら、私の知れる範囲は街のことくらいです。リョータ達が裏切ってから、残った私たちは国から警戒されてしまって、情報が入りずらいんです。
新しく来た異世界人にも、ほとんど会わせてもらえません。
異世界人の召喚に失敗したと聞いた事はありますが、異世界人の転生拒否による失敗だったようで…召喚そのものが失敗したというのは、初めて聞きました。」
国から警戒されているのか…。それだと、聞いても知らないかもしれないな。
でも、新しい異世界人に会ってないなら、洗脳されている可能性も低いか。
「そうでしたか。私は、ここ最近の人間側の情報を集めにきたのですが、洗脳を使う人に心当たりありますか?」
「…え!?洗脳だなんて!嫌です。そんなつもりじゃないんですよ?…ただ、異世界人の立場向上になればいいと思って…。」
「え?ユーナが洗脳していたのですか?」
「誓って、始めは洗脳するつもりはありませんでした!」
「…そうなのですか?」
洗脳という言葉に動揺するユーナに驚いたが、直感は危険を伝えてこない。
異世界人の立場向上という事は、魔族側に異世界人を洗脳して送り込むのとは違う気がする。どういうことだ?
「本当です。私も戦争を止めるために、街の人の意識を変えようと思いました。
聖女のように、聖堂で毎日祈りと治癒を行い神の言葉を騙って、異世界人は神から遣わされたと…裏切ったという異世界人は国から施された契約を振り切り、相手側に着くことで戦争を辞めさせて、人間が傷つかないようにしたのだと…そう、伝え続けました。
国から治癒するように指示された異世界人を道具のように見る相手には、過治癒で体を変形させたりして、神の言葉を信じないから治癒でそんな姿になるんだと脅したりもしましたけど、ちゃんと改心すれば正常に治しましたよ?」
…神の言葉を語る?いや、騙るか?
過治癒で変形って…細胞の異常増殖ってことか?治癒系のファンタジーあるあるな攻撃方法だが、それで脅すって…こんな聖女、嫌だ。でも異世界人的には敵じゃないし、可愛いから正義とする。
「そうですか。でも、洗脳とは違いますよね?」
「それが…聖堂などで話す時には、聖女っぽく見えるように範囲治癒を常時発動していました。
始めは気付かなかったのですが、身体の具合が悪くない時に治癒を受け続けると精神を安定させたり、陶酔状態になることもあるようです。
思ったより早く聖女作戦の効果が出てると思ったら、そんなことになっていて…便利なので、そのまま使い続けたら、先ほどのような街の人の状態になりました。
流石に今日の怪しいという男の人も、私を探しているだけで泥棒じゃなかったのに…怪しいだけで追われるなんて少し申し訳ないですが、これも聖女作戦の効果と思えば、我慢していただく他は無いですよね。」
確かに先ほどの治癒の光は温かくて気持ちよかった。そんな効果があるなら、洗脳と言っても差し支えないだろう。
だか聖女、その申し訳なく思っている相手は此処にいるぞ。
「そうでしたか。ちなみに、追われていた怪しい人物は私です。」
「え?でも、男だって…。」
「実は…ええと…私の性別は半雌半雄みたいな感じで、ユーナに会う直前に性別を替えていたのです。」
「それは珍しい性別ですね!」
「そのようですね。初めてこちら側に来たので勝手が分からず、怪しまれてしまいました。
そういえば、お金を持っていなくて物々交換してもらおう思って出したものが、余計に怪しまれてしまったようです。どういう事だったのでしょうか?」
泥棒扱いされたのは、非常に不本意だった。
目の前の机に、黄イチゴを3つと、時計の花を1つ。ついでに桃も1つ出す。
「これは…。」
「どれも魔族側では、多少珍しくても普通の物です。」
「これは、怪しまれても仕方ないですね。この時計は聖堂のシンボルとして掲げられているものと一緒です。
この世界で初めて果物を見ました。こちらの果物も…魔力を含んでいますね。たとえ光属性で鑑定しても、命属性を使わないと鑑定できないので…怪しまれると思います。」
こっちには果物が無い?そういえば、魔力濃度が多いと果物が出来ると聞いた。
人間側は、魔力濃度が薄いようだから…そうか、無いのか…。
時計の花も生える場所が限られるって言ってたな。これもこっちで生えないのかもしれないが…時計が聖堂のシンボルってことは、存在はしてるんだよな?誰が持ち込んだのだろう。
それにしても、手のひらサイズの時計がシンボルって、小さ過ぎると思うんだが…。
「そうでしたか。果物、美味しいですよ。時計もまだ持っているので、必要ならどうぞ。」
「いいんですか!?果物が食べられるなんて嬉しいです!それに時計…何かに使えるかも。」
甘味に喜ぶ美少女。可愛い。
時計はぜひとも、聖女作戦に使ってくれ。
「聖堂という所に、これと同じ時計があるのですよね?見てみたいのですが、普通に行って大丈夫な場所ですか?怪しまれませんか?」
「普段なら大丈夫だと思いますが、あの…今はその髪色が怪しまれると思うので、明日一緒に行きませんか?」
「いいのですか?」
「もちろんです。こんな珍しいものもいただきましたし、聞きたいことが沢山あるんですよ?ぜひ、家に泊まってください。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
魔族側レア植物で聖女の買収に成功した。
いくらレアでも怪しまれるばかりで換金できないようだし、泊めてもらえるのは非常に助かる。




