宇宙駆け第二世界歴史年表 1900-1950
宇宙駆け第二世界側の歴史年表です。
長いので、斜め読みでOK!
宇宙駆け第2世界歴史年表 1900-1950
1900 義和団事件(北清事変)
1901 第1回ノーベル賞
1903 ロシアが満州を占領
アメリカのライト兄弟が飛行機を発明
1904 日露戦争(~1905)
1905 ロシアで血の日曜日事件
孫文らが中国革命同盟会を結成
ポーツマス条約
ベンガル分割令
1907 イギリス・フランス・ロシアの三国協商が成立
アメリカで日本移民制限法が成立
1911 辛亥革命
ノルウェーのアムンゼンが南極を探検
1912 中華民国、成立
イギリスのスコットが南極に到達
1914 サラエボ事件
第一次世界大戦が始まる(~1918)
パナマ運河が開通
1915 日本が中国に二十一か条要求
ドイツのアインシュタインが一般相対性理論を完成
1917 ロシア革命(三月革命・十一月革命)
文学革命
1919 中国で五・四運動
中国国民党が発足
パリでベルサイユ条約
ドイツがワイマール憲法制定
1920 国際連盟、成立
ドイツにナチスができる
1921 中国共産党、成立
イタリアにファシスト党が結成される
1922 ワシントン条約
ムッソリーニがイタリアのファシスト政権を樹立
ソビエト社会主義共和国連邦、成立
1923 ケマル・パシャがトルコ共和国を建国
ミュンヘン一揆失敗、首謀者のヒトラーは流れ弾を浴び死亡。
1925 五・三○事件
1927 蒋介石の上海クーデター
1928 蒋介石が国民政府主席に
パリ不戦条約
スターリンによる第1次5か年計画開始
1929 世界経済恐慌はじまる
1930 ロンドン軍縮会議
1931 満州事変
1932 「満州国」建国宣言
1933 ドイツにナチス指導者ヘルベルト・ハイデマンによる政権が成立
ニュー・ディール政策はじまる
1934 ドイツに総統ヘルベルト・ハイデマンが就任。
同時に共産主義者でもあった彼の名において、ドイツ社会主義連邦共和国が発足。
1935 エチオピア戦争(~1936)
1936 西安事件
1937 盧溝橋事件
1938 ミュンヘン会談
1939 独ソ軍事同盟、大陸同盟が結成。
ソ連、フィンランド侵攻。冬戦争勃発。
ノモンハン事件勃発……日ソ両軍による武力衝突。
同9月、停戦協定締結。
ドイツ、フランス・イギリスの両国へ宣戦布告。
第二次世界大戦が始まる
1940 フランス敗退、ドイツ軍がパリに無血入城
大陸同盟にイタリアが参加。
日本への同盟打診は、ソ連の強い反対で立ち消え。
冬戦争終結、フィンランドの敗北に終わるもソ連軍の被害甚大。
投入兵力100万のうち半数の50万もの損害を被る。
中華民国国、親日派の汪兆銘政権樹立。
蒋介石派国民党軍は日本への徹底抗戦を宣言。
中華民国、正規軍と国民党&共産党連合との内戦始まる。
1941 大西洋憲章成立により、アメリカ参戦。
ドイツ、イギリス本土上陸。
ロンドン攻防戦始まる。
イギリス首都ロンドンより、グラスゴーへ遷都。
イギリス、アメリカ北部プリンスエドワード島を租借。
第三次ノモンハン事件勃発。
前回の対ソ連戦の戦訓を得て投入されたチハ改の活躍で今度は勝てた。
さりげなく、日本軍T34を鹵獲。
勝因としては、ドイツから亡命してきたユダヤ人技術者からもたらされた成形炸薬弾と
徹底したアンブッシュ戦術。
6月、フィンランドが突如、ソ連に宣戦布告。
これ以上のソ連の西進を望まないドイツと米英の支援を受け、北欧諸国からの増援派遣を受け、
装備増強されたフィンランド軍の猛襲の前に、
冬戦争の痛手が癒えていない上に、第三次ノモンハンの勝利で勢いに乗った日本軍の侵攻に備えて、
主力を東進させていた事が仇となり、ソ連軍は敗退を重ね、レニングラードが陥落。
日ソ不可侵条約成立
フィンランド戦で苦戦の上に、ドイツとの関係悪化、ノモンハンでのまさかの敗退。
すっかり、弱気になったスターリンが、大幅譲歩。
満州国の承認と中国共産党への援助打ち切りを余儀なくされる。
中国共産党終了のお知らせ。
これを受けて、かねてより行われていた大陸利権をめぐる日米交渉が決裂。
太平洋戦争勃発。
12月6日 日本、英米に宣戦布告。
12/8時点で開戦する旨の詔書が発せられる。
第一次攻撃目標、米領オアフ島真珠湾軍港。
なお、この声明は陽動と判断される。
12/08 日本軍、英領マレー半島のコタバル、タイ南部のパタニとシンゴラ(ソンクラ)に上陸。
広東省から英領香港攻撃開始。
同日、真珠湾攻撃
戦艦大和、武蔵、長門、陸奥の4隻で、米軍真珠湾駐留の戦艦群へ挑戦状を突きつける。
挑発に乗った米戦艦群が大和らの元へと向かった隙に、機動部隊によるパールハーバー軍港への大規模空襲。
戦艦同士の対決も双方、被害甚大なるも撃沈なし。
パールハーバー軍港は、燃料備蓄施設を重点的に破壊され、事実上の機能停止状態。
米領フィリピン上空で航空戦。
12月10日 マレー沖海戦、POW、レパルス轟沈
12月13日 日本軍、ウェーク島占領、損傷艦ゼロ。
1942 イギリス、エディンバラにドイツ軍上陸。
本土防衛戦の敗退は時間の問題と悟り、英軍主力はアメリカ本土へ脱出。
イギリス、プリンスエドワード島にて、亡命政府発足を宣言。
2月20日 シンガポール陥落。
日本軍フィリピンを占拠
カリマンタン、セレベス両島を占拠。
マレー半島、スマトラ、ジャワ島を占拠。
1942 6月5日-7日 ミッドウェー海戦で日本軍、米軍共に痛み分け。
米軍空母、サラトガ以外全滅、日本軍も赤城、加賀を失い、蒼龍、飛龍も大破。
一航戦、二航戦が壊滅。
日本軍、唐突にニューギニア島から一斉撤退を開始。
以降、インドネシア周辺の島々を巡って、取って取られてのグダグダな島嶼攻防戦始まる。
アメリカも対ドイツ戦、アラスカにちまちまちょっかいかけてくるソ連が気になって、本気出せない。
イギリス、グラスゴー防衛戦。
イギリス艦隊の支援砲撃やアメリカ空母群による制空権奪取により、防衛成功。
まさかのホームガード大活躍。
勢いに乗って、エディンバラ奪回作戦を開始するも、今度はドイツ艦隊の支援の前に敗退。
英米連合軍、トーチ作戦を実施。
ロンメルアフリカ軍団敗退。
1943 ムッソリーニ暗殺により、唐突にイタリアが降伏。
ファシスト党が解体。
ドイツ・イタリアへ宣戦布告、同時に北アフリカ戦線へ大規模増援を派遣。
イギリス本土攻防戦は米国の支援でイギリス本土各地で決起したホームガード150万の活躍で
膠着状態。
その間に、イギリスの非戦闘員はどんどんアメリカへ避難。
ドイツUボート軍団VSイギリス対潜駆逐艦隊の熾烈な争い。
マリアナ沖海戦勃発、日本軍敗退。
空母大鳳、翔鶴、蒼龍を失い、航空隊も壊滅。
米軍もエセックスとバンカーヒル轟沈。
米軍、グアムへ上陸、グアム攻防戦開始。
1944 3月1日 重巡利根がビバール号を撃沈、捕虜80名を得るも民間人と言う理由で、艦長の独断であっさり釈放。
ドイツ軍じゃあるまいしと言うことで、黛艦長もお咎めなし。
5月9日サイパン陥落。
と言うか日本軍も撤退済みでほとんどもぬけの殻。
イギリス、グラスゴーついに陥落。
イギリスは赤く染まった。
もっとも、山岳部は相変わらず、ホームガードを中心とする組織的抵抗が続き、
割と手に負えない状況に……。
フランス製空母を主幹とするドイツ機動艦隊による米国ボストン空襲。
アメリカ世論が日本の相手してる場合じゃない、さっさと終わらせて、ドイツをなんとかしろと言う方向へ傾く。
色々すっ飛ばして、横須賀、呉への空襲と合わせて、予定大幅前倒し、
現場の反対を押し切る形で、沖縄上陸戦を強行することが決定。
7月13日
アメリカ軍、沖縄上陸作戦を実施。
日本軍、呉から脱出し、佐世保にて隠蔽していた戦艦大和の出撃を決断。
台風直撃と言う僥倖と、伊勢、日向、榛名、飛龍による陽動作戦が功を制し、
護衛艦隊の活躍もあって、戦艦大和の沖縄への進出自体は成功するも、
集中攻撃を浴びて敢え無く轟沈。
もっとも、アメリカ軍も大和特攻に散々かき回された上に、
どさくさに紛れて空母も沈められるわで、割と被害甚大。
されに、予め台湾、フィリピンに残されていた兵力を呼び寄せて、
沖縄に配置してあったこともあって、日本軍、沖縄戦で米軍を圧倒し勝利を果たす。
米側の敗因……明らかな戦力不足と準備不足。
あともう一手の所で、想定以上のしぶとさを見せる日本軍と、
のっぴきならぬ状況となってしまった欧州情勢。
更に米国内の厭戦ムードに押される形で、日米和平交渉が水面下でスタート。
9月6日
ソ連、フィンランド戦終結。
レニングラード奪還ならず。
フィンランドがレニングラードを返還し、冬戦争以前の国境に戻すことを条件に和平が成立。
領土もがっぽり持って行かれて、ソ連涙目。
割とコテンパンに負けたソ連の次なる野望は極東進出!
同時期、ウラジオストクにソ連軍大艦隊が集結開始。
満州国境にもフィンランド戦線から引き抜かれた大兵力が展開。
日本側も、南方に取り残されていた帝国海軍残存艦艇がありったけの輸送艦隊と共に呉、佐世保、横須賀へ帰還。
燃料枯渇で放置されていた艦や、空襲で着底した修復できそうな艦艇群も大急ぎで修復。
南方戦線からも、陸軍が続々と内地へ帰還、東北、北海道方面へ配置。
米英軍は、公式には交戦状態であったにも関わらず、これら日本軍の行動をスルー。
日本近海に展開した艦隊も日本側へは一切攻撃せず、日本軍もまた同様。
思い出したかのように砲戦や空戦が行われるも、双方損害ゼロのやる気のないもので、事実上の休戦状態が発生。
国籍不明のタンカーや資源や物資を満載した謎の輸送船が続々と日本各地へ入港。
帝国陸海軍の戦力回復が急速に進む。
1945 1月20日 ソ連、日ソ不可侵条約の破棄を宣言。
同日、ソ連、日本へ宣戦布告。
樺太、満州へソ連侵攻。
佐渡ヶ島、北海道各地への上陸作戦を開始。
同時に、日本海沿岸各都市へ一斉空襲。
宮津湾空襲、駆逐艦雪風と初霜、軽巡酒匂の応戦により、ソ連機撃退に成功。
駆逐艦初霜、触雷座礁するも即座に回収、修復を施される。
1月30日
佐渡ヶ島完全占拠、北海道も30万のソ連軍の前に旭川陥落。
日本軍主力は大雪山山系へと撤退。
深追いしたソ連軍二個師団が消滅し、追撃を断念。
同時期、アラスカへソ連軍侵攻。
米ソ戦開戦。
2月8日
対馬沖海戦……ソ連艦隊と日本軍残存艦艇群との交戦。
日本軍勝利。
同日、釧路へアメリカ軍6個師団が上陸。
根室より上陸したソ連軍がアメリカ軍の奇襲を受けて壊滅。
さらなる南進を意図したソ連軍主力も、
神居古潭で、石狩川を堰き止められた事により旭川市内が水に浸かった事に加え、豪雪で進軍停止。
対馬沖の前哨戦で勝利した連合艦隊に、日本海各地へ分散配置していた各艦が合流。
2月16日
津軽海峡経由で日本海へ侵攻してきたアメリカ艦隊と呼応し、佐渡ヶ島沖にてソ連軍艦隊との決戦が勃発。
激戦の末、これを打ち破るも連合艦隊は主力艦艇の殆どを失い事実上の壊滅。
2月 北海道旭川で氷漬けにされて、身動きが取れなくなったソ連軍へ日本軍の猛反撃が開始。
佐渡ヶ島は艦隊に包囲されたまま、放置……補給を絶たれた20万のソ連軍、飢餓地獄が発生。
3月 旭川にて包囲されたソ連軍降伏。
5月 佐渡ヶ島のソ連軍降伏。
一連の戦闘でソ連軍が失った兵力約50万。
今更のように日米英和平宣言と日米英軍事同盟が正式に締結された事が発表される。
ソ連軍「よくも騙したなぁああああっ!」
6月 満州方面軍ソ連軍に敗退。
連合艦隊の壊滅を受け、日本軍大陸からの総撤退を開始。
南方からも総撤収。
1947 後方の憂いがなくなったアメリカの本気発動。
アホみたいな数の空母と雲霞のような航空戦力を頼みに、ドイツ大西洋艦隊と決戦。
これを打ち破る。
地味だけど、長門、雪風なんかもこっそり参戦。
米英連合軍、イングランド上陸作戦を決行。
ソ連、ここぞとばかりに、今度は中国へ侵攻するも泥沼化。
日本、完全に蚊帳の外ながら、定期的にウラジオストクや樺太各地への攻撃をネチネチ続行。
ウラジオストクは、艦艇を作ろうとした矢先に砲撃や爆撃を浴び、近づく艦隊は片っ端から沈められることで、
完全に機能停止。
ソ連、日米へ和平の申し出。
10万もの捕虜の返還と引き換えに、樺太全土及び北方四島の返還で話が付く。
ついでに、ウラジオストクも放棄を強要。
日本軍「嫌なら、定期爆撃します」
ソ連「もううちのHPはゼロよ!」
1950 朝鮮半島にて、反乱勃発。
もう大陸と関わるのはごめんとばかりに、日本軍は朝鮮半島からも完全撤退。
対馬と隠岐島を要塞化して、長距離砲を山ほど置いて、対馬海峡を完全に閉鎖。
日本軍の撤退後、グッダグダの朝鮮半島内戦勃発。
以降、10年以上に渡って、この地は修羅の国と化す。
ベルリン郊外で謎の大爆発……その余波でベルリン消滅。
ナチス総統ヘルベルト・ハイデマン博士、及びナチス・ドイツの幹部が全員死亡。
アインシュタイン博士を亡き者にし、独自研究中だった核兵器(水素爆弾)の暴走が原因と言われているが詳細は不明。
総統の死亡と、首都の消滅で各地のドイツ軍が無条件降伏。
欧州各地も元鞘に戻り、第二次世界大戦終結。
なお、某大佐殿は、赤いドイツなど滅びろとばかりに、大西洋戦線で大活躍。
F4U コルセアで急降下しまくってたら、ベルリン吹っ飛んじゃった……。
雑に設定しただけなので、まとまり悪いです。
概要としては、
1923 ミュンヘン一揆失敗、首謀者のヒトラーは流れ弾を浴び死亡。
ここが歴史のターニングポイントとなってます。
その結果。
1934 ドイツに総統ヘルベルト・ハイデマンが就任。
このイベントに繋がってます。
これにより、独ソ戦の可能性が潰えて、どちらも史実以上にパワーアップ。
イギリス陥落という事態を受けて、日米の早期講和が実現。
フリーになったソ連は、フィンランドに返り討ちに合い、
ならばとばかりに、日本侵攻。
日本軍が史実より逃げ腰で戦力温存していた関係で、第二次日本海海戦に勝利。
ソ連の野望粉砕で、日本大勝利!
更に、ヘルベルト・ハイデマン博士の手の込んだ自殺で、ナチス・ドイツ終了。
ちなみに、重巡利根のダークサイドエピソード、ビハール号事件も起きてません。
大戦中の日本軍の捕虜虐殺とかの蛮行は、大体ヒトラーのせいなんですよね……。
ヒトラーが捕虜は殺すのが当たり前とか、要らない圧力をかけたそうな。
日独同盟は、成立すらしておらず、接点ないからぶつかってないだけ。
ちなみに、ドイツ系の技術も、相当数ユダヤ人亡命者からもたらされてます。
原爆についても、仁科博士の研究が成功して、試作品まで完成しちゃってます。
この辺も日米早期講和実現の理由の一つ。
一方、ハイデマン博士は、ならもっとすげーの作ってやると、
自分の研究所で水爆なんか作ろうとして、自☆爆。
南京事件とかは、でっち上げですからね、アレ。
とりあえず、架空戦史くらい書けそうなくらい歴史ですが、書かないよそんなもん。(笑)
ちなみに、これら年表のエピソードは、セカンド側の示現体たちの記憶など、
少なからず本編でも触れる機会はありますが、掘り下げたりはしません。
ほぼ下敷きと言う扱いです。悪しからず。