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第四章 純愛と裏切りと歓送迎会

 東京ファンタジーランドで働くキャストたちは曜日の感覚を失ってしまう。年間を通して無休のパークだから、勤務に曜日は関係ない。

 パーキングエリア周辺には春を知らせる花の彩りも、秋の紅葉も見られないので季節感さえも薄れてしまう。梅雨の長雨と、夏の暑さと入道雲と、冬の厳しい寒さが一年の流れを体感させる。

 

 その日は秋晴れの朝礼だった。リーダーの表情も晴々として、身だしなみの確認もそこそこに、指示連絡の声も弾んでいた。


「園内ではハロウィーンのイベントで賑わっています。色んな仮装を楽しんでいるゲストがたくさんいます。パーキングエリアでも仮装のゲストを見かけたら、可愛いねとか、素敵ですねとか、大きな声をかけてあげて下さいよ。イベントを楽しみに遠くから来ているゲストもたくさんいます。幼い子供にも恋人たちにも、夢と魔法のみなぎる笑顔を忘れずに。ホテルの駐車場と間違えて入って来る車両もいますから、丁寧に誘導をお願いしますよ」

 リーダーからの指示が終わるとサブリードの本郷が、二人の女性を正面に連れ出した。


「えー、今日から現場研修を始めることになりました、朝倉桃子あさくらももこさんと花山絹江はなやまきぬえさんです。今日と明日は夢エリアで、明後日は魔法のエリアで研修の予定ですから、現場で実習の際には迷惑をかけますが、よろしくお願いします。ごらんの通りの可愛いお嬢さまたちですから、いやらしい目付きでセクハラなんかしないように。分かったか江川」


「ええっ、なんで俺なんですかあぁ。新人さんに誤解されるじゃないですかぁ。勘弁して下さいよ、本郷さん」

 妙子のきつい眼差しを気にしながらも、おどける江川が失笑を買って場がなごみ、朝礼を終えるとみんなはそそくさと持ち場に向かった。

 

 殿岡は研修の二人が気になった。なにしろ初めて迎える後輩だから。年の頃は二十歳をそこそこ過ぎたくらいで、山内明子よりは年下だろう。美人かどうかに興味はないが、気立ての良し悪しは気にかかる。

 平日での研修だから、学生ではない事に間違いはない。真剣に仕事を覚えないから学生は駄目だと猪熊は嘆いたが、殿岡にとっては学問を鼻にかける小賢しさが苦手で不満だった。


 高校時代の担任に、耳にタコができて岩になるほど繰り返し諭された。お前の卒業した学歴で、人間の価値が決められるのだと。一流の大学か三流の下か、一生その看板を背負って社会を生きていくことになるのだと。

 そんな看板なんかいるものかと反発し、学問なんて義務教育だけで充分だとうそぶいて、勉強もしないで怠けたくせに、北海道の小さな町から抜け出したくて本土への憧れだけは強かった。


 東京へ行けば何かが輝けるかもしれないと他力本願に夢を描いて、親の脛をかじって三流の下の大学にすべり込んだ。大学で何を学んだかなんて記憶の欠片もありはしない。漫然と四年間を過ごしてトコロテンのように押し出された。一流の価値も大学の目的も殿岡は知らない。


「殿岡さん、今度の新人の二人、気になりますね」

 バスポジションで一緒になった江川が話しかけてきた。


「どこが気になるんだよ?」

「デブはおしゃべりで、のっぽは一言もしゃべらない。でも二人とも二十二歳ですよ」


「なんで知ってるんだ?」

「朝礼の前に、ちょっと話しかけたんですよ」


「お前、そんな事をするから、妙子にひっぱたかれるんだろう」

「大丈夫ですよ。それより、気付きましたか、のっぽの頬に傷痕があるのを。やばい女かもですよ」


「大げさだろ」

「バイクの免許を持ってるってデブが教えてくれたから、暴走族とタイマン張って、ナイフか刃物で切り付けられたとか」


「ふーん。そんな傷痕でよく面接で受かったな」

「噂をすれば来ましたよ」


 サブリードの本郷の姿を見つけて、江川はすっと離れて持ち場に戻った。駐車エリアをゆっくり歩いてバスポジションに着いた本郷は、ここでの役割やルールについて、二人の新人に説明しながら誘導の動作を示して教えている。


 殿岡はわずかに身を引いて、本郷に持ち場を譲って様子を見守っていた。改めて新人の女性を観察すると、江川の言う通りにのっぽとデブで、活発に質問をしているのはデブだった。しかし殿岡の位置からは、のっぽの頬の傷痕まで見定めることはできなかった。

 

 新人を連れて別のポジションへと本郷が移動して行くと、江川がまた近付いてささやいた。

「のっぽが朝倉で、デブが花山ですよ。殿岡さんの好みはどっちですか。俺はデブの方かなあ」


「デブというほどのデブじゃないよ。ちょっとぽっちゃりって感じじゃないか。顔が丸いから余計デブに見えるけど、むっちり感が可愛いじゃないか」

「ですよね、色気もあるし。のっぽの目を見ましたか。何を考えているのか分からないって目ですよ。興味はあるけどな」


「お前なあ、新人よりも妙子とちゃんとやっているのか。ゲーセンばっかり行っていると、そのうち妙子に捨てられちまうぞ」

「分かっていますって。殿岡さん、ほら、あっちのゲスト。みんなハロウィーンを楽しんでいますよ」


 派手な色彩の帽子や仮面を被って全身を仮装したゲストたちが、ベネチアの華やかなカーニバルの舞台ようにバスエリアの通路を横切って行く。太陽の化身もいれば黄金仮面の貴婦人がいる。

 無表情な仮面の裏に、何かを隠さなければいけないのだろうかと殿岡は思った。何かから逃れるために、何かを発散するために、己の全てを隠して仮装するのか。


 自分ならばどんな仮面を被れば似合うのだろうかと考えた。思い当たる仮面などありはしない。隠すものは何も無いから。価値あるものは何も無いから。価値あるものも醜さも、すべてを隠した仮面の仮装に唾を吐きかけたくなった。



 ー夢エリアのファースト・ポジションー


 殿岡が新人の朝倉桃子と一緒の勤務になったのは、それから一週間後の月曜日だった。


 朝から小雨が降り続き、午後になっても晴れる予報はないので夢エリアの駐車場は閑散として、Aエリアの後半を埋めている具合だった。

 出勤すると事務室のホワイトボードには、朝倉と殿岡の名札の横にA出口と記されていた。

 

 雨の日には自転車の使用が禁止されている。朝礼が終わると殿岡は、制服の上に黄色いカッパの上下を着こんで倉庫を出た。すると、すでに朝倉は、スタスタとA出口へ向かって歩き出していた。


 一見すると駐車場は平坦に思えるが、園側から外周に向けて微妙に傾斜している。それでも随所に窪みがあって、雨水が流れ込んで水たまりとなる。

 その中をビシャビシャと朝倉は、長靴でしぶきを飛ばしながら真っ直ぐに歩く。


 殿岡が水たまりを避けながらヨタヨタ歩いているうちに、先にポジションに着いた朝倉は、カッパの上着のボタンをはだけて、濡れないように無線機を前任者から受け取っていた。

 新人のくせに挨拶もなく自分を差し置いて、こましゃくれた態度にムカついてがらにもなく怒りを込み上げた。

 不快な気持ちでポジションに着いた殿岡に、彼女はカッパのフードから顔を覗かせてぺこりと頭を下げた。

「よろしくお願いします」

「あ、うん、あ、こちらこそ」

 不意を突かれてお辞儀をされて、あっけなく怒りが解けてしまった殿岡は、所在なく料金所の方を見つめた。

 

 パークの入場者数は、その日の天候にはっきりと左右される。天気予報で雨と報じられれば、きっぱりとゲストは途絶えて駐車場も閑散となる。料金所から入場して来るゲスト車両はほとんど無くて、たまに送迎のバスが横切るだけだ。


 朝倉の頬に傷痕があるから、やばい女だと決めつけていた江川の言葉が気になって、ちらりと横顔を覗き見ようとするのだが、彼女はそっぽを向いて顔を見せない。

 無理にあざとい会話を押し付けて、ぶざまに恥をさらすのは嫌だから、適度な距離を保ちながら車両が横切る拍子に目を据える。彼女のカッパのフードが小雨に揺れて、顔を覆い隠して表情さえうかがえない。

 

 遠くに閃光が煌めいて雷鳴が聞こえる。雨雲の動きが早足になる。カッパのフードに手をかざして空を見上げていると、いきなり彼女が大声で話しかけてきた。


「リーダーから無線で指示が出ました。雷雲がこちらに向かって近付いているそうです。ゲストを車の中に避難させて、私たちも雷が激しくなったら避難するようにとの事です」


 ふざけたことを抜かすなと、腹の内で殿岡は罵った。アスファルトしかないこの広い駐車場の、どこに避難できる安全な場所があるというのか。いっそ雷に打たれて百万ボルトの電気を浴びれば、自分の人生が転変するかもしれないと考えてみた。

 

 ぱらついていた小雨が瞬く間に大粒の雨に変わる。肩を丸めたカッパの背中を、小石のような雨粒がバチバチと叩き付けてくる。空は見る見るうちに暗くなり、厚い黒雲に雷雲がかぶさって、切り裂くような轟音がバリバリと地面を突き刺し閃光が走る。


「恐い」

 フードの上から耳を塞いで慄く乙女が、暴走族とタイマンを張るような女とは思えない。新人を気遣って殿岡が声をかける。


「大丈夫だよ。雷がひどくて危険だと判断されたら、撤退の指示が出てキャラバンが迎えに来るから、無線をしっかり聴いていろ」


 朝倉桃子が肩をすぼめて身を寄せてくる。左手で肩を抱き寄せ右の手の平で、拳に丸めた朝倉の手をそっと握る。

 雨に濡れた朝倉の手は冷たく華奢だったが、その手の甲に温もりを感じた。恐いのは殿岡も同様だったが、抜け目なく意地汚い下心が、雷の轟音を凌駕して身を奮い立たせた。雷よ鳴れ、雨よ降れ。真っ白い閃光で俺たちを包めと刹那のヒーローとなって、殿岡は心の内で叫びながら彼女の拳を握り締めていた。

 

 やがて雷雲は流れ去り、雲間から陽光がきらめくと、朝倉はさっと身を退けて殿岡に礼を言った。

「ごめんなさい。こんな近くで雷が落ちたのは初めてだから」

「うん、怖かったな。だけど、ここにはたくさん避雷針があるらしいから心配はないよ」


 彼女の手の温もりが残っているうちに、言葉を紡がなければ会話が途絶えてしまう。瞬間の時間が運も縁も切り裂いてしまう。この瞬間を見逃して、いく度も後悔の人生を送ってきた。

 頭の中がチャンポンの具材のように混乱し、どれでもいいから摘まんで言葉にしなければと、今までに経験のない、なま温かい焦りが胃壁をなめる。

 モルモットが車輪の中をグルグルと駆け回り、瞬時の躊躇で転がり落ちてしまいそうな焦りがつのる。とっさに江川から聞いた話を思い出して口にした。


「バイクの免許、持っているんだって?」

「はい」

 あっけない返答に戸惑って、つい、気になる疑問を口にした。

「その頬の傷痕、どうしたんだい?」


 禁断の過去に触れるかもしれない質問だったと、ハッとして悔やんで己を咎めた。だから思いやりが無くて、空気を読めない愚か者だと、これまで幾度も疎まれてきたのではないか。

 取り返しのつかない会話のけじめを、なんとか取り繕おうと眉をひそめた殿岡だったが、即座な彼女の返答に意表を突かれた。


「わたし、桃から生まれたんです。そのとき切られた包丁の傷痕だって母から聞きました」

「だ、だから桃子なのか?」

「はい」


 彼女はあっけらかんとして無表情だった。白痴なのか理知的なのか、馬鹿なのか天才なのか、自分の愚かな脳味噌をもってして、簡単には推し量れない女だと殿岡はゴクリと生唾なまつばを飲んだ。


「その桃は、お母さんが食べたのかな?」

「さあ」

 自分ながら愚かな質問だと呆れたが、彼女は首をかしげてあっさり答えた。


「じゃあ、君の家の近くには、桃が流れるような川があるのか?」

 殿岡はやけくそだった。どうしても会話を繋ぎたかった。カッパのフードを脱いで露わになった彼女の瞼は、にわかに明るい日差しを受けて眩しそうに瞬いていた。

「川は無いけど、池があります。蛙もいます。時々停電するんです」


「停電するって、一体どんな僻地に住んでいるんだ。近くの道路に信号はあるのか。裏山にツチノコとか出たりするのか?」

「町ですよ。住宅地だからコンビニは無いけどスーパーがあります」


「スーパーで桃を売ってるのか?」

「柿も売ってます」


「じゃあ、魚も売っているよな?」

「はい、肉も。この前、肉売り場の後ろの壁にゴキブリが這っていました」


「掴んだのか?」

「無理です、ゴキブリだけは」


「ゴキブリだけはって、蜘蛛なら掴めるのか?」

「蜘蛛も無理です。セミなら掴めます。油蝉は無理です。羽がゴキブリに似ているから」


「セミは動物だからな」

「昆虫です」

 彼女との会話が噛み合っているのか、ちぐはぐなのか、殿岡にはまるで判断がつかなかった。それでも楽しかった。女性との会話の記憶が皆無の殿岡にとって、会話そのものが新鮮だった。

 

 これまで殿岡は逃げていた。男と違って女は面倒だから、若者たちの話題のネタや情報を溜め込むことが煩わしいから、機智を働かせて間を持たせるセンスが無いから、若者だったと胸を張れる時代が自分には無かったから、だから尻込みして逃げていた。


 しかし、ここでは逃げられない。逃げれば白けた空気を淀ませて、いつまでも見知らぬ他人の振りを装い続けなければならない。親しく口を利くことも、協力して仕事を進める上でも支障をきたすことになりかねない。


 採用の際に面接官から問われた。若い人たちとも協調しながら、驕ることなく勤めることができますかと。殿岡はきっぱり答えた。もちろんですと。覚悟のうえでやって来ましたと。

 

 のっぽの朝倉は殿岡と同じくらいの背丈があった。正面に立てば目と目が向き合う。白磁の肌に二重瞼が左右に切れる。小舟のような涙袋をまつ毛が支える。瓜実の顔に哀楽の表情が見えない。


「危ないですよ、よそ見してちゃあ」

 殿岡の傍を白いベンツが走り抜けた。朝倉桃子は空を見上げて大きな欠伸あくびを一つした。不思議な女の子だと殿岡は思った。



 ー夢エリアのセカンド・ポジションー


 休憩時間を終えて、殿岡の次のポジションはパーカーだった。ゲスト車両の誘導場所はAからBエリアへと移っていた。


 再び小雨が降り始め、自転車は使用できないので六人がぞろぞろと歩いてBエリアへと向かった。その中に新人の花山絹江がいた。


 持ち場に着くと花山は、上目づかいに殿岡を見詰めた。

「よろしくお願いします」


 二十二歳の新人にとって殿岡は、高齢という見かけだけでベテランの先輩格に思えたのかもしれない。しかしその声に卑屈さはなく、必要以上に溌剌としていた。その溌剌さが殿岡にとって不安を募らせる苦々しさだった。

 

 中小企業の町工場に定年まで勤務した殿岡は、何人もの新人たちを迎えてきた。そのたびに彼らは一人の例外もなく、敬意を見せて溌剌としていた。

 希望を抱いて入社してきた者もいるし、甘んじて町工場に就職した奴もいたかもしれない。そのどちらもが、節操を失った蝙蝠のようにあざとく生きる殿岡を、不利益な疫病神(やくびょうがみ)だと黙視して前に進む。そしていつの間にか、上から自分を見下ろしていた。その忌々しい苦々しさが忘れられない。


「ああ」

 と、うやむやな返事で殿岡は無視したつもりだったが、何にでも興味を持ちたがる性格なのか、それともただのおしゃべりなのか、花山は殿岡に食らいついた。


「今日は夜まで雨ですね」

「うん」


「殿岡さんって、おいくつなんですか?」

「六十だけど」


「私の父は五十五歳ですよ。静岡の浜松でみかん畑をやっています。私も高校卒業してからお手伝いしていたんですけどね、どうしてもファンタジーランドに憧れて来たんですよ。父は反対だって不機嫌でしたけど」

「そう」


「去年、車の免許取ったから車通勤したいけど買えないし、そのうち原チャリでも買って、舞浜駅の駐輪場を利用しようかなって。でも、浦安のアパートにはチャリ置き場も無いんですよね。新しいアパートは家賃が高いし」

「ふん」


「ここは東京湾の上だから、冬は吹きさらしで寒いんでしょうね。この広い駐車場に北風吹いたら避ける場所ないですよね。ヒートテックの下着と毛糸のパンツ穿いて来ようかな」

「えっ」


 おしゃべりの相手は誰でも良かったのかもしれない。新人だから、父親ほどに年の離れた気弱そうな殿岡が、無難に気安い餌食だったのかもしれない。

 そう勘ぐるだけでやっぱり殿岡は、花山の溌剌な若さに気圧されて、気の利いたおしゃべりの相手にはなれなかった。朝倉と花山と、どこがどう違うのか、殿岡には理解も判断もできなかった。

 

 小雨は降り続けてカッパに滲み込み、手の冷たさと長靴越しの足裏の冷えが身を縮こませる。メガネに雨滴が重なり視界が遮られ、人差し指の先でレンズを拭う。


 タイヤのしぶきを飛ばして車道から通路へと車両が入る。花山のおしゃべりをさえぎって駐車場所に誘導する。車から出て来る男女のゲストは、雨を覚悟で微笑んでいる。空を見上げると勾玉まがたまのような雨の粒がはっきり見えて、殿岡のメガネを直撃してくる。


「東京ファンタジーランドへ、ようこそ。お客さまの駐車位置はBエリアの第六通路です。入園口は右前方になります。行ってらっしゃい」


 赤と緑の傘を開いたゲストに向けて、花山が笑顔で声かけをする。ゲストは頷いて歩道に向かう。

 黄色いカッパのフードにはじける雨滴の音が、心なしか大きくなったような気がする。花山は立ち位置を変えて、若いキャストとおしゃべりを始めていた。


 

 ーロッカールームの女ー


 その日はランチ休憩の後も、ずっと夜まで雨だった。午後の十時を過ぎてもゲスト車両の退出は緩やかで、終礼後の歩道にすれ違うゲストも少なかった。


 東棟のロッカールームに戻った殿岡は、濡れたカッパをタオルでぬぐい、狭苦しい通路で私服に着替えをしていた。すると、右隣の若い女性がいきなり丸首のシャツを脱いで殿岡は目をむいた。

 見てはいけないと思いながらもチラリと横目を走らせると、白いキャミソールの背中に紺色のブラジャーの紐が透けて見えた。

 

 あせった殿岡は思わず首をひねって左方に視線を向けた。ひねった視線の先のロッカーの前では、制服のロングスカートを脱いで、黒いスパッツに太股を剥き出しで着替える女性の姿が目に飛び込んだ。

 慌てて正面に視線を戻した殿岡の額が、半開きのロッカーの扉にガツンと打ちつけられて、老眼入りのメガネがはじけて飛んだ。


 白いキャミソールの女性が心配して、殿岡の顔を覗き込みながら、通路に転がったメガネを拾ってくれた。

「ケガしてませんか?」

「あ、ありがとう。だ、大丈夫」


 殿岡は目のやり場もなくたじたじとして、彼女からメガネを受け取ったのだが、キャミソールから覗き見えるブラの谷間や、スパッツから剥き出しの太股が眩し過ぎる。

 


 団塊世代の若い頃には、シュミーズとかスリップと呼ばれる白い肌着姿を見られることに女性は恥じらい、男はドキリと興奮を覚えて目をそらしたものだが、今の若い女性にとって下着はすでに見られて楽しいオシャレ着という感覚なのであろうか。時代の流れをひしひしと痛感して戸惑ってしまう。


 ロッカーで着替えるキャストの職種はまちまちだから、アトラクションやレストランやインフォメーションなど職場に合わせて制服も色とりどりに異なる。


「わたし、ようやく研修が終わって、初勤務から今日で三日目なんです。よろしくお願いします」

 殿岡のメガネを拾ってくれた女性が、殊勝に丁寧な挨拶をしてくれた。


 あらためて見合わせた彼女の顔つきを良く見ると、白毛のスピッツのようにすらりと鼻筋の通った美人顔にたじろいだ。

「あ、そう、あの、アトラクションかい?」

「はい」


 頷いて答えた彼女はジーパンを穿き、しゃがみ込んでバッグを開いて、化粧道具やらなにやら、ごそごそとやり始めた。それをきっかけに殿岡はロッカーの扉をバタンと閉じた。

「じゃあ」

 殿岡が声をかけて背を向けると、

「はーい、お疲れさまです」と言って、笑顔を見せた。

 

 それから一週間に二、三度くらいの頻度で彼女と顔を合わせた。出勤の時もあったし、仕事を終えてロッカーに戻って来た時もあったが、隣同士のロッカーだから、相手が誰であろうが挨拶はする。

「こんにちは」

「お疲れさま」

 それだけのことだった。ところが一か月を過ぎた頃から、彼女の態度に変化が現れ始めた。


「あのう、その制服はパーキングエリアですよね?」

 仕事を終えてロッカーに戻って挨拶を交わし、着替えを始めようとしたところで彼女から話しかけられた。


「そうだけど」

「パーキングのこと、お尋ねしてもいいですか?」


「何でも」

「今日、ゲストから訊かれたんですけど、駐車場が閉まる時間って何時ですか?」


「十一時だけど」

「良かったあ。わたし、分からなくて、閉園の一時間後ですって答えたんですけど、嘘ついたかなって心配だったんです。それからもう一つ、ゲスト車両の留め置きってできるんですか?」


「できないよ。台風とかの非常時なら、例外的に留め置きを認めることもあるけど、車中泊は絶対にできないよ」

「ですよねー、良かったー」

 

 園内で勤務するキャストたちは、パーキングエリアのルールを意外と知らないのだと殿岡は知った。だから、さらに付け加えて情報を与えた。


「十一時に駐車場を閉めるのがルールなんだけどね、週末なんかに車両がいっぱいになった時なんかは、時間を過ぎても退出が終わらないから、最後の一台が出るまでずっと開けているんだよ」

「へえ、そうなんですか。そんな日は残業ですか?」


「たまにね。でも、リーダーとサブリードが最後まで残るから」

「わたし、夢の国エリアのアドベンチャーハウス勤務なんですけどね、ハロウィーンのイベントも大詰めだから、今日もゲストの待ち時間は一時間以上でしたよ。仮装した子供たちやカップルがいっぱいでした。建屋の中はエアコンが利いているから快適だけど、一日中ゲストへのリピートコールが厳しくて、喉が痛くて声が嗄れてしまうんですよ。だから、喉が弱い人はアトラクションやインフォメーションでは勤まらなくて、仕方なく辞めて行くキャストもいるって聞きました」


「のど飴あげようか」

「トローチ舐めてます。パーキングって車の誘導が仕事ですよね。ゲストと接する機会って多いんですか?」


「最初に料金所の窓口で顔を合わせるし、駐車位置が遠いから何とかしろとか言ってごねる奴もいる」

「そうかあ。わがままなゲストは園内だけかと思っていたけど、駐車場も大変ですね。パーキングエリアにも女性のキャストっているんですか?」

「いるよ。若い女の子もたくさん」


 彼女の会話に引きずられるように、殿岡は稀に饒舌になっていた。それ以来、ロッカーで顔を合わせるたびに、彼女は必ず話しかけてくるようになった。

 今日は電圧が上がり過ぎたせいで、アトラクションが三十分も停止してしまったとか、刺青が露わなゲストは入園禁止のはずなのに、子供を連れた父親が割り込んで困った事だとか、園内の出来事や天候の予想やプライベートな事までも、とめどなく殿岡に話しかけてくる。

 そして、彼女の名前が霧島愛子きりしまあいこだと名乗り、メルアドを交換して欲しいと言う。

 


 殿岡は町工場での勤務を思い出した。総務という役職をまっとうするために、いくばくかの女性たちと口を利いたことがある。しかし、女性から話しかけられることは決してなかった。あるとすれば、実務的な質問と作業の依頼に限られていた。笑顔もなければ感情すらもなかった。

 やっぱりここは、夢と魔法の国だったのかもしれないと、かたくなだった殿岡の心が疼いた。心の中の鏡に投影される己の姿は、禿げて醜い老いぼれの顔つきではなく、眉毛こそ垂れ下がっているかもしれないが、若々しく頼もしい三十代の若者だった。

 

 三枝妙子はタメ口で奔放だけど、自分を人間として仲間として扱ってくれる。山内明子は自分を父親に見立てているのかもしれないけれど、優しくいたわってくれる。

 新人の朝倉桃子は、どこか不思議な女の子だけど、物怖じのない会話に新鮮な刺激を感じる。そして今、霧島愛子という存在が、殿岡の心を揺さぶり始めた。

 


 勤務が始まって一か月余りは、出勤することが苦痛だった。週に二日の休日が待ち遠しかった。三か月を過ぎてようやく仕事にも慣れて、人間関係の疎通も晴れた。

 ところが今は、出勤すれば事務室のボードを確かめて、明子や妙子や新人の朝倉の名札を見つけて心の頬を緩ませている。ロッカーで霧島愛子に会えることが楽しみになっている。このような感情が、心の内に潜んでいたことが奇跡だった。


 いや、幼いころに一度あった。その子はアイヌの血を引いていたのかもしれないと勝手に決めつけていた。濃い眉の下に窪んだ大きな瞳が眩しくて、ほんわりと、こそばゆいようなときめきを覚えて憧れた。その子は自分に見向きもしなかったけれど、キュンと高鳴る密かなほのぼの感を思い出す。



 それから二週間後のことだった。殿岡が勤務を終えてロッカールームに戻ると、霧島愛子がロッカーを開いて着替えをしていたのだが、彼女は制服を脱いで白いキャミソールとスパッツだけだった。

 絶対的な色気を顕示させるように、薄透明の肌を透かした太腿と、肩と腕を剥き出しのままスマホをいじくっていた。


「お疲れさま」

「あ、お疲れさまです」


 いつものように挨拶を交わしたのだが、殿岡はきっちりと目をそらし、彼女に背を向けた格好で着替えを始めた。殿岡が制服を脱ぎ終えて、私服のズボンに足を通して身を整えると、彼女も衣服を身に着け始め、スマホを閉じて声をかけてきた。


「今日もパーキングは忙しかったですか?」

「先週でハロウィーンが終わったから、そうでもなかった」


「でも来週から、クリスマスのイベントが始まりますね」

「そうだけど、十一月に入ったばかりでメリークリスマスなんて、何となく恥ずかしくてリピートコールなんかできないよ」


「そうですよね。だけどゲストはリピーターがほとんどだから、新しいクリスマスのイベントを楽しみに来るんですよ」


 殿岡が着替えを終えてロッカーの扉をバタンと閉じると、タイミングを見計らっていたかのように、彼女も同時にロッカーを閉じて顔を見合わせた。


「あの、駅までバスですよね。パーキングの方と一緒ですか?」

「いつも一人だから」


「良かったら一緒に帰りませんか?」

「あ、ああ、いいけど」


 殿岡は思いがけない成り行きに、正気を失う程にたじろいだ。若い女性と肩を並べて二人で帰る。その行為そのものが奇異に思えた。しかもその女性は園内勤務だから職場が違う。

 信じられないくらい嬉しいけれど、もしもパーキングのキャストに見つかれば、老いぼれの破廉恥な軟派行為だとひんしゅくを買うに違いない。


 その時ふっと考えた。今日に限ってなぜ彼女は、制服を脱ぎながら私服に着替えずに佇んでいたのか。スマホをいじくる風を装って、まさか自分を待っていたのではなかろうか。

 そんな事など絶対にあり得ない。あり得なくとも現実に、彼女は自分を誘ってくれた。一生に二度とはあり得ない、夢と魔法と未知の世界に、身を委ねようと殿岡は決めるしかなかった。

 

 舞浜駅まで向かう従業員専用バス乗り場には、パーキングキャストの姿が見当たらなくてホッとした。

 バスが到着すると中扉が開き、殿岡が奥の座席の端に座ると、霧島が寄り添うように並んで腰を下ろした。


 この前は、明子と妙子の三人で後部座席を占領し、湾上の長い橋梁の上から窓越しに広がる東京ファンタジーランドのイルミネーションを眺めた。

 状況は似ている。しかし今日は、心臓から噴き出す血流の勢いがまるで違う。これほど動悸が乱れるのは、若きサラリーマンだった時代に、隠蔽していた過失がばれて、上司の叱責を覚悟して観念したとき以来かもしれない。


「殿岡さん、メロンパン好きですか?」

「あ、ああ」


「駅前のコンビニのメロンパンは美味しいんですよ。イチゴ味とか抹茶メロンとかもあって。良かったら、コンビニ横のテーブル席で食べていきませんか?」

「ああ、俺、おごるよ」


「本当ですか、嬉しい」

 これはデートではないかと殿岡は上気した。三文小説で読み、映画で見ても、すべて他人事だと思って感情移入ができなかった男と女の逢瀬の姿。思い切って手を伸ばせば、霧島愛子の指でも腕でも触れられる。たとえどこかが間違っていたとしても、恋に芽生えるヒーローへの幻影を、殿岡の不毛な過去が虚妄の執念となって燃え上がらせた。

 

 バスのターミナルで降りて階段を上ると、正面のコンビニに人影は疎らだった。売れ残りのメロンパンと缶ビールを買って、コンビニ横のテーブル席で乾杯をした。


 鼻筋の通った美人顔は、はたから見ればツンと澄まして小生意気に映るかもしれない。今までの自分が常にそうであったように、埒外(らちがい)の傍観者としてツンと澄まされ無視されてきたから理解できる。だからこそ、仮にでも今のこの姿こそが、恋人同士なのだと実感できた。


「ううっ、ビールが冷える」

 缶のビールを口に含んで霧島愛子が肩をすくめる。大きく見開いた瞳が殿岡の瞳を捉えて唇をすぼめる。白いタートルネックにかかる黒髪を耳の後ろに小指で流し、意味ありげな口ぶりで語りかけてきた。


「殿岡さんにはいつもロッカールームでお世話になっているから、お話ししなくちゃいけないと思っていました」

「えっ、何を?」


「実は、わたし、今月で辞めるんです」

 意表を突かれて殿岡は目がくらんだ。

「なんで、どうして辞めるの?」


「喉を痛めちゃったんです。アトラクションでは一日中ゲスト相手にリピートコールをしているから、みんな声を嗄らしてしまうんです。わたし、特に喉が弱いみたいで、リーダーに言われちゃったんです、ここでは無理じゃないかって」


「だったら、職種を変わればいいじゃないか。レストランとかお土産ショップのキャストとかに」


「そうなんです。でもね、リーダーからリピートコールの駄目出しを食らったら簡単に横滑りはできないし、紹介が無いと駄目なんですよ。喉の治療にも半月くらいかかるし」


 目を見開いたまま殿岡は、返す言葉を失っていた。初めてのデートが、お別れの逢瀬になるなんて、やっぱり自分は輝けないのだと、呆けて口を半分開けていた。


「パーキングって、リピートコールありますか?」

「あるけど、アトラクションなんかとは比較にならないほど少ないよ」


「あのう、わたし、パーキングに紹介して頂けないでしょうか?」

 殿岡はメロンパンを喉に詰まらせて死ぬとこだった。一瞬、頭の中が混乱したが、彼女の狙いがようやく読めた。

 

 この数日間、ロッカーで顔を合わせるたびに彼女は話しかけてくるようになり、互いのメルアドまでも交換して親しくなっていた。それが下準備だったのだと、いくら勘の鈍い殿岡といえども察しがついた。


 その瞬間に、浮かれた気持ちが腑抜けになって、恋の妄想がビールの泡となって喉越しに消えた。その代わりに現実の脳細胞が、つと覚醒し、やっかいな依頼を受けてしまったと頭を抱えた。

 自分のような新参者が、いったい誰にどうやって、手筈を整えて紹介すれば良いというのか。


 さりげなく無視をして、逃げ出したいと思ったが逃げられない。彼女は缶ビールを口に当て、じっと殿岡の表情を見据えている。その粘つくような視線に殿岡は魅せられた。逃げ出したいと苦慮する一方で、この女を手放したくないと願う邪欲がかすめた。


 彼女がパーキングに入れば、遠慮なしに職場で会えるではないか。今日のように二人でバスに乗り、缶ビールで乾杯しながらメロンパンをかじれるかもしれない。

 彼女の瞳を見詰めているだけで、これまでの過去が報われるかもしれない。醜い無能な老いぼれに不倫の度胸は無いけれど、一炊の夢を味わえるかもしれない。


 面倒に巻き込まれたくない生来の逃げ腰と、人生に一度限りの恋をはぐくむきっかけが、きっすいの|天秤にかけられてぐらりと邪念に傾いた。

 

 そういえば一週間後の勤務後に、パーキングの歓送迎会が催される。その時に、猪熊にでも相談してみよう。彼ならリーダーに紹介してくれるかもしれない。

 殿岡はゴホッと咳き込んで、彼女の真意を確かめてみた。


「本気でパーキングなんかでいいのかい? 若い女の子たちは、みんな園内の勤務に憧れているんじゃないのかい? しかも何で老いぼれの俺なんかに」


「老いぼれだなんて、とんでもありませんよ。初めてロッカーでお会いした時、とっても優しい言葉をかけていただいたこと、憶えていますか? わたし新人だったから、いつもわたしの愚痴を聞いていただいて、とても癒されて頼りになって嬉しかったんですよ。だから、パーキングエリアの人たちってみんな優しいのかなって」


「ふーん、じゃあちょっと、相談してみるかな。期待に添えればいいんだけど。段取りがついたらメールで連絡するよ」

「わあ、ありがとうございます。嬉しいなあ」


 霧島愛子は缶ビールを一気に飲みほして、マスカラの瞼を閉じて湾上の夜空を仰いでみせた。駅舎のライトに照らされて薄紅色の頬がふくらかに、いじらしくも艶めかしくも爽やかで、その笑顔には、いじけた弱々しさなど微塵もなかった。



 ー歓送迎会の日ー


 秋の新人研修から二か月後の十一月に、新人たちの歓迎と、来年三月に辞めていく学生たちの送別と、さらに忘年会を兼ねて合わせた飲み会が開催される。

 午後勤務のキャストの終業時間は夜の十一時だから、定例の飲み会といえば、夜を徹して始発電車が走り始める早朝までの飲み放題が習わしとなっている。

 

 殿岡が夢のパーキングエリアに出勤すると、休憩室で山内明子が一人ひとりに声をかけていた。

「駅前のいつもの店ですよ。予約は十二時からですから、忘れずに必ず来てくださいね。残業になっても待っていますよ」


「いよいよ今夜だな。アキ、何人くらい集まりそうだ?」

 会を取り仕切る猪熊が気になる風に、幹事を任せた明子に確認していた。


「六十人で予約したけど、もっと増えるかもしれませんね。新人さんは全員出席するそうですから。リーダーも顔だけ出すよって言ってくれたし、私と妙子は早上がりですから、先に行って受付していますよ」


「おう、よろしく頼むな。おい江川、お前の親父がメキシコの土産に貰ったって言ってたブランデー、持って来てくれただろうなあ」


「もちろんですよ。だけど、酒の持ち込み、大丈夫ですかね」


「当たり前だろう。飲み放題の予約だぜ。何を持ち込もうが構やしねえよ」


 その日の勤務は誰もがみんな、浮足立っているように思えた。カラオケやボーリングなど、親しい仲間同士の個々の集いは日常的だが、パーキング全体の飲み会は年に三度しかない。新年会と歓送迎会、それに夏の暑気払いくらいだから、誰彼となく酒を酌み交わして酔っぱらい、互いの酔いを言い訳にして、憂さを晴らして裸になれるのが希求の楽しみだったのだ。


「殿岡さん、今夜、行かれますか?」

 Dエリアで一緒にパーカーをしていた林田高志が、入場してくる車両の勢いが引けたところで殿岡に声をかけてきた。

「はい、行きますよ。林田さんも行くんでしょう?」


「ええ、新人を歓迎しなくちゃいけませんからねえ。男性の新人はどうでもいいんですけどね、女の子の二人が気になりますよね。二人とも二十二歳だって江川が言っていましたよ。朝倉桃子は分からないけど、花山絹江はけっこう飲めるらしいですよ」

「へえ」


「この前、バスポジションで花山と一緒になったんですよ。静岡のミカン畑の箱入り娘だそうですよ。ミカン食べ過ぎておっぱいがミカンみたいにプルプルになったそうです。剥いてやろうかって言ったら、両手で胸を隠しましたよ。あの太っちょ感が堪らないですねえ、お腹も太股もプリプリに美味しそうで」

「林田さんは、花山タイプが好みですか?」


「顔で選ぶなら花山より朝倉ですけどね、ちょっとあの子は難しくて分からない」

「無口だからですか?」


「いえ、無口と言うよりも無駄口をきかないというか、話しかければきちんと応じてくれるんだけど、あれっ、と思ってよくよく考えてみたら、なんだか虚仮にされているような、いないような。不愛想ではないんだけれど、顔つきにも身体つきにも色気が無さ過ぎる。正体不明って感じでしょうか。だから今日こそ彼女をつかまえて、本気で飲んでみたいと思っているんですよ」

「頬に傷痕がありますね」


「殿岡さんも気付きましたか。そうなんですよ。しかも自動二輪の免許を持っていて、四百CCのバイクを乗りこなすって噂ですよ。聞いてみたいですよねえ、彼女の過去を」


 そのとき殿岡は、林田に軽い嫉妬を覚えた。朝倉桃子と林田が、直接向かい合って目を合わせ、彼女の素性について語り合っている。その姿が気に入らなかった。

 朝倉の過去などどうでも良かった。彼女との初めての会話はちぐはぐだったし、不思議な女の子だと思った。しかし殿岡は、朝倉との稚拙な会話に新鮮な温もりを感じていた。雷雨に慄いた朝倉が肩をすぼめて身を寄せてきて、雨に濡れた手は冷たかったが温もりを感じた。その温もりが、生まれて初めて感じる澄み切ったプラトニックの風だった。

 

 これまでの人生で殿岡は、同僚や後輩の才能を羨み嫉妬したことは幾度もあったが、女にこだわって惨めに虚しく焦慮に駆られるのは異質で初めてだった。

 恋する男女の嫉妬は理屈と言葉だけで理解していたつもりだったが、恋の体験がないから真の嫉妬の感情を知らない。だのになぜ、林田に嫉妬の念を抱いたのか。不倫をもいとわない林田だから怖かったのか。

 それは嫉妬ではなく、ただの普遍的な独占欲に過ぎなかったのかもしれない。これまで卑下され続けていた環境が、ここでは対等の立場になれたから、清らかで神聖な偶像を土足の牙で汚される事が許せなくて、殿岡の中に小さく灯された炎がメラメラと燃え、何かが変わり始めたのかもしれない。


「殿岡さんは、明日も勤務ですか?」

「いえ、たまたま休日になっていましたから、明日はゆっくり休めます」


「それは良かった。今夜は始発電車が走るまで、朝の四時まで飲み続けですからね」

「私はパーキングの飲み会に参加するのは初めてなので、よろしくお願いしますよ」

「ああ、そうでしたね。一緒に行きましょうよ、着替えたらロッカーの通路で待っていますから」

 

 園内からはクリスマスイベントの喧騒が、バンドの演奏や賑やかな音楽と混じり合って伝わってくる。茜色の太陽が西に沈むと、いきなり冷気が肌を突く。気の早いキャストはマフラーを首に巻き付けて手袋をする。


 休憩室のキャストはヒートテックのシャツを着こんで深夜までの寒さに備える。寒くなれば毛糸のパンツを穿いて来ると花山絹江が言っていた。その姿を思い浮かべてほのぼのとする。


 最後のポジションを終わると、徒歩や自転車やキャラバンで皆が戻って来る。終礼を待つ休憩室の雰囲気がいつもより昂っている。その昂ぶりがそのまま歓送迎会へと延長されるようだ。

 


 殿岡は急いで着替えを済ませ、ロッカーの通路に出ると林田が待っていた。他のキャストたちとも一緒になって、舞浜駅に向かう従業員専用バスに乗った。

 歓送迎会の会場は、駅前の雑居ビルの地下にある居酒屋だった。


 林田に従って暖簾(のれん)をくぐると入口横に長テーブルが置かれ、明子が一人ひとりの会費を受け取り、それを確かめて妙子が名簿にチェックを入れていた。


「はい、林田さんと殿岡さんですよ」

 明子の声で妙子が顔を上げた。

「おっ、来たかジジイ、飲み過ぎて死ぬんじゃないよ」


 妙子に促され、下足を脱いで畳敷きの宴会場に入ったが、若者がかたまるテーブル席を横目に避けて、中年の顔ぶれが目立つ席を選んで林田と並んで腰を下ろした。


 みんなが揃った頃合いを見計らって、猪熊が簡単に開会の挨拶をする。リーダーが音頭を取って乾杯すると、酒宴は一気に盛り上がり、中年のベテランに向けて若者たちのタメ口が飛び交った。

 幹事の明子が追加の酒の注文を集めて回り、妙子は数本のビールを盆にのせて走り回っていた。

 

 殿岡が酎ハイをちびりちびりと飲んでいると、猪熊がビール瓶を持って隣に座り込み、殿岡のコップに注ごうとする。

 殿岡は慌てて酎ハイを飲み干して、差し出されたビール瓶の口にグラスを合わせた。


「まあ、ゆっくり飲みましょうや。ところで殿岡さんは、なんでまた、こんな所で働こうなんて考えたんですか? 年金だけで優雅に生活できるでしょうに」

「いや、そうはいきませんよ。私ら団塊世代にとって、働くことが目的みたいなところがありましてねえ。このまま家に引きこもっていたら、アル中かアルツハイマーになって廃棄処分ですよ」


「うーむ、奥様は健在ですか?」

「健在過ぎて困っていますよ」


「それは結構ですなあ。健康が一番ですよ」

「そういえば猪熊さんは、十五年前に奥様を亡くされたとか?」


「ええ。殿岡さん、人間万事塞翁が馬って話をご存知ですか。中国の古い思想書に書かれたものなんですがね」

「どんな話ですか?」


「突然不幸に陥ればそれが因となって福に転ずる。福に満喫して喜んでいればたちまちどん底に突き落とされる。まあ、良い事と悪い事の繰り返しが人生だと説いているんですがね、俺はそれを人生訓にしているんですよ」

「はあ……」


「殿岡さんは北海道の生まれだそうだから、数十年前の伊勢湾台風なんて知らないでしょうね。俺はまだ小学生にもならないガキだったけど、しっかり目に焼き付いているんですよ。親父とお袋が濁流に呑まれて消えていくのを。なんで自分だけ生き残ったのか記憶にないんですがね」

「へえ……」


「親父は日雇いの労働者だったから、自分も中学を出たらそうなるのかなと決めつけていた。ところが台風のせいでバラック建ての家が流され、親父もお袋も死んでしまった。気の毒に思った親戚が俺を養子にしてくれましてね。ところがね、養子といえども他人の家に居候すれば遊んで怠ける訳にはいかないから、仕方なく勉強するしかなかった。勉強に励んで結果を見せなければ、子供なりに居辛かったんですよ」

「それで大学に合格できた?」


「はい。総合商社に就職して妻とも巡り合えて、子供はできなかったけど、まあ、幸せの絶頂でしたね」

「どこから狂い始めたんですか?」


「十七年くらい前に、俺がエチオピアのアジスアベバに駐在していた時、妻の様子がおかしくなりましてね、微熱が続いて元気がないんですよ。まあ、場所がアフリカですからねえ。そんな事もあるだろうくらいに考えて放っておいたら、食欲はなくなり急激に体重が減ってきたもので、とにかく病院へ行かせたら癌だと診断されました。俺は東京の本社に連絡して、返事も待たずに妻を連れて帰国しました。一緒に病院へ行って、医者から結果を聞いて絶望しました。もっても二年の命だと。数か月かもしれないとね。妻には言えなかったが、きっと気付いていたでしょう」

「すぐに亡くなったんですか?」


「いいえ。妻の実家が群馬でしてね、妻の希望で群馬の病院に入院しました。俺は商社を辞めて病院の近くにアパートを借りてバイトをしました。妻は遠くに浅間山の見渡せる自然の風が好きだったから、毎朝、病院から妻を連れ出して、近くを流れる川の土手を散歩しました。妻の寿命を知って辛かったけど、妻はもっと苦しく悔しかったことでしょう。俺はそのとき思ったんですよ、人間の天敵は神だってね。神は人間の運命を勝手に決めやがる」


 ふっと息を継いで猪熊は続けた。

「俺たちが土手の上を歩いていたら、土手の下からうずくまって見上げる老人がいました。俺たちが幸せそうに見えたでしょうねえ。人間は、はたから見ても真実は分からない。その老人は、妻が死んだ後も土手の下にうずくまって空を見上げていた」

「そうですか。それからここへ?」


「ええ。しばらくは何もする気がしなかった。妻には妹が二人いましてね、よほど落ち込んで見えたんでしょうねえ、無理やり俺をここへ、東京ファンタジーランドへ遊びに連れて来たんですよ。それがきっかけでしたねえ、ここで働けば気が紛れるかもしれないと思った」

「紛れましたか?」


「いやあ、全ての別れは時間が解決してくれると言いますがねえ、全てがみんな同じじゃない。それでもね、妻の死が禍とすれば、今は転じて福ですよ。若い女の子たちがたくさんいる中で、楽しく仕事をしていられる」

 

 殿岡には、別れの重みを判別できなかった。死という現実が実感できなかった。いつも誰もが挨拶をしている、さようならの言葉が別れの意味だと理解していた。

 町工場の総務にいた頃、たくさんの葬儀や告別式にも参列したが、死や別れにどれ程の違いがあって、時間がどのように解決してくれるのか、ジグソーパズルの一片を、どこにも当てはめられないようなもどかしさだった。


「まあ、どうぞ」

 隣に座っていた林田が割り込んで、猪熊のグラスにビールを注いで話に加わった。


「再婚する気はないんですか?」

「もう無理だぜ。出会いなんてものはなあ、人生に何度もあるもんじゃあないからな」


「猪熊さんはカリスマ的な魅力があるから、熟女どころか、若い女の子にだってもてるでしょうに」

「俺はなあ、お前みたいにやたら若い娘をひっかけて、やりまくるほど軟派じゃあないんだよ。女房がいるくせにしやがって」


「女房は別ですよ。私だって苦労してるんですから。ちょっとした見返りですよ」

「なにが見返りだ。立派な不倫じゃねえか。そのうち阿部定(あべさだ)みたいにちょんぎられるぞ」

「俺は阿部定ほど愛されちゃいませんから。まあ、今日は新人の歓迎会ですから。若い女の子も入って来たじゃありませんか。パーキングも楽しくなりますよ」

 

 林田の浮ついた話をきっかけに、殿岡は二人の会話をさえぎって、ずっと気にかけていた霧島愛子の件を切り出した。


「あのう、猪熊さん、相談があるんですがね」

「ほう、殿岡さんの相談なら何でも聞きますよ。遠慮なくどうぞ」


「私のロッカーの隣に、アドベンチャーハウスで勤務している女性がいましてね、連日のリピートコールに耐えられなくて、喉を壊してしまったらしいんですよ。なにしろアトラクションですからねえ。パーキングエリアなら喉を傷める程ではないから、移動できるように紹介してもらえないかと頼まれたんですよ」


 興味ありげに林田が問いかけてきた。

「へえ、いくつぐらいの女性ですか。パーキングなんかを希望するとは、もしや顔とか年齢とかに訳アリですか」

「とんでもない。二十五歳の美人系ですよ。素直で明るい性格です。来月には辞めて、半月くらい喉の治療をするそうです」


「それならいい話じゃありませんか。パーキングだって人手不足だし、美人で若い女の子だったら、是非リーダーに紹介してあげて下さいよ、猪熊さん」


「よし、殿岡さん、俺に任せて下さいよ。リーダーに話してその子を面接させましょう。アトラクションでの実績があるのなら問題ない、大丈夫ですよ」

「すみませんねえ、やっかいなお願いで」


 ようやく肩の荷を下ろして安堵した殿岡が、グラスのビールをグイット呷ったところで林田は立ち上がり、新人たちで賑わっているテーブル席へと移動して行った。

 入れ替わりに妙子がやって来て、殿岡と猪熊の間に割り込んだ。


「可愛い女の子がお酌をしに来てやったんだからね、ありがたく思えよ、オヤジ」

 持っていた瓶のビールを、猪熊のグラスに注ぎ足した。


「おう妙子、めずらしく気が利くじゃあねえか」

「アキが幹事だから、お手伝いしてんだよ。あたしにも返杯しろよ」


「おう、飲め。注いでやる。お前やっぱりミニスカートが似合ってるなあ。おっ、ストッキング履いてないのか、寒くないのか」

「触んじゃないよ、太股を。こぼすなよ、ビールをスカートに」


 妙子は一息にビールを喉に流し込み、プハーと泡粒をはじき飛ばすと、空になった殿岡のグラスにビールを注いだ。


「飲み過ぎてないかジジイ? よだれ垂らしてどうしたんだ。死ぬんじゃないよ」

 妙子のタメ口には優しさがあった。立て膝にビールを注いでくれる小柄な色気に、やるせないほど可愛さを感じる。

 明子はテーブル席を交互に回り、会話を交わしながらお酒やビールを注ぎ足して、如才なく幹事の役目を果たしている。


「わー、鍋がひっくり返ったぞー、醤油が倒れた、ビールがこぼれた」

「誰だー、灰皿を投げるのは」

「酒だ、酎ハイだ、ビールの追加だー」

「うるさいねー! 幹事は忙しいんだから、おとなしく待ってろ! 投げんじゃないよ、ビールの瓶を」

「わー、わー」

 

 そうして和やかに歓送迎会は盛り上がり、やがて始発電車が走り始めた。動き始めた電車の中で、殿岡は携帯を開いてメール作成のボタンを押した。

 一文字ごとに人差し指で突きながら、かねて考えていた文面を送信メールの本文に書き綴った。


「おはよう。喉の治療は順調かい? ようやくリーダーに紹介できる目途がついたから、段取りが決まったら連絡する。アトラクションほど華やかな職場ではないけど、パーキングのキャストはみんな、若いあなたを喜んで迎えるから、一緒に頑張ろうね」

 

 たどたどしく時間をかけて書き終えて、アドレス帳から霧島愛子の宛先を見つけ出したが、そのまま指が固まって動かなかった。


 生まれて初めて女性にメールを送る。正確に言えば、女房と娘以外の他人の女にメールをすることが、許されるのかどうかの迷いが生じて決断できずに指が止まった。


 わざわざメールを送らなくても、次にロッカーで会えた時に伝えられれば、何気ない自然の成り行きではなかろうか。あえてメールの交信を選択するのは、いかがわしくも卑猥な下心だと、勘繰られはしないだろうかと決意の出端をくじかれた。


 だけど自分は、あの日に約束して言った。メールで連絡すると確かに言った。殿岡は胸に手を当てて、何度も繰り返して自問した。

 もうすぐ電車が駅に着く。その焦りが殿岡の覚悟を決めさせた。まだ彼女は眠っているかもしれないけれど、どうにでもなれと目をつぶって発信のボタンを押した。

 

 意外にも早く返信が届いた。家に着いた六時半頃に着信音がポロロンと鳴り、女房に気付かれないようにと、そっと携帯を開いてメールを読んだ。


「やったー! おはようございます。本当にありがとうございます。わたし、もうすぐ喉の治療が終わります。東京ファンタジーランドで働けることが夢でしたから、夢を捨てずに続けられることが嬉しいです。殿岡さんにお願いして良かったです。殿岡さんと一緒に、パーキングエリアで働ける日が楽しみですよ。連絡をお待ちしています。またメロンパンで乾杯して下さいね。ではでは、よろしくお願いします」


 霧島愛子からの返信メールには、ガラパゴス携帯の小さな画面に動く絵文字が飛び跳ねていた。小さなハートの絵文字一つだけで、殿岡の胃袋は引きつるように痺れて揺らぐ。メールを送って良かったと安堵して慢心し、愚かにも醜い己の姿を見失っていく。


 霧島愛子と自分とは、職場の違いでロッカールームだけの空間に閉じ込められていたにすぎない。その障壁を彼女が乗り越え、飛び込んで来て、未知の扉が開かれ夢の世界が一つに繋がった。

 それ以来、殿岡の胸の内では彼女を愛子と呼び捨てにしていた。



 ーパーキングへ移籍ー


 師走から新年にかけての一か月余りは、一年で最も多忙なシーズンとなる。だから、どこの職場でも人手が欲しい。パーキングエリアでも例外なく多忙を極める。従ってこの時期での欠勤や遅刻は厳しく咎められて減点となる。


 そんな状況での愛子からの依頼だったから、猪熊からリーダーを通してとんとん拍子に移籍の話は進行し、二週間後の十一月下旬にはパーキングエリアのキャストとして迎えられ、四日間の現場研修を終えて勤務につくことになった。


 勤務場所が変われば改めて新しいロッカーを指定されるので、愛子のロッカーの位置は遠くに離れてしまい、殿岡と顔を合わせる機会は少なくなった。


 彼女のデビューは夢のパーキングエリアだとメールで知らされていた。たまたま同じ勤務だった殿岡が出勤して休憩室に入ると、すでに彼女は親しげに、数人の若い男女と談笑していた。

 アトラクションでのキャストを経験した愛子にとって、新人という意識は希薄なのであろう。それでも殿岡は気配りのつもりで、朝礼が始まってからも彼女の一挙一動を注視していた。

 殿岡の最初のポジションはA出口で、愛子はバスポジションとなっていた。

 

 殿岡はA出口に立って落ち着かなかった。そこからバスポジションの様子が良く見渡せる。顔の見分けまではつかないが、キャストの動きくらいははっきりつかめる。

 定位置に立ってゲストを見送っているのは愛子で、バスに合図を送りながら誘導しているのは男性のようだった。


 そのうち男が愛子に寄り添うように、顔を近づけて親し気に会話をする様子が遠目に見える。会話の内容などどうでも良かったが、ともすれば重なり合う二人の姿に波紋が生じた。

 白絹が泥水に汚されるような、憎々しい胸騒ぎを覚えて殿岡は目を閉じた。


「殿岡さん、危ないですよ!」

 出口へ向かってスピードを増したゲスト車両が、殿岡を避けるようにハンドルを切って走り去り、A出口に立つ相方の男性が慌てて注意を促したのだ。

 殿岡は苦笑いをして頭を下げる。


 メロンパンをかじりながら彼女の視線に魅入られて、その視線が策略だったと見破ってさえも、この女を手放したくないと邪念がかすめた。

 すでに愛子の存在は獅子身中(しししんちゅう)の蛆虫のごとく、単純素朴に安穏な老いぼれの無防備な思考を支配していた。

 


 せっかくの初日に同じ勤務となったにも拘らず、ポジションも休憩もランチも全てすれ違いになり、悶々としながら消化不良にしこりを残して一日を終えてしまった。

 彼女はというと、終礼前の帰り支度でも、若い連中とメルアドを交換し合ってすっかり職場に溶け込んでいる。


 不貞腐(ふてくさ)れてもいじけても、自然の流れに任せて諦めるしかない殿岡は、タイムカードをそそくさと切ってさっさと事務所を出て行こうとしたら、ツンツンと誰かに背中を突かれた。

 振り向くと愛子がニッコリ笑って身分証のカードを指に挟んで振りかざしている。


「一緒に帰りましょう」

 その一言にすべてが吹っ切れ飛んで目が覚めた。彼女がタイムカードを切り終えるのを確かめて、二人は一緒に事務所を出た。


「ロッカーの場所、離れちゃいましたね」

「うん、残念だけど仕方ないな」


「今日、初勤務だったけど、とっても楽しかったですよ」

「そうか、誰にも意地悪されなかったかい?」


「みんな親切でしたよ。ランチを済ませた後のパーカーでね、Cエリアで車を誘導していたんですよ。そしたらね、車の窓からゲストが顔を出して、ここは魔法の国の駐車場ですかって聞かれちゃったんです。わたし、違います、夢の国の駐車場ですって答えたけど、その後どうして案内をしたらいいのか分かんなくて、困っていたら江川さんが来てくれて、ゲストの車を夢の国の駐車場に行けるように無線で手配してくれて助かったんですよ」

「江川か……、彼はメキシコの混血なんだ」


「そうそう、ラテン系の血が入っているから、性格が明るくて奔放なんだって山内アキさんが言っていた。お父さんが宝石商でお金持ちなんですって。彼ってイケメンだし、そんなお嫁さんも悪くはないのかな」

「はっ……」


「山内アキさんも親切で、いろんな事を教えてくれましたよ。園内の無線機と型が違うからって電池の交換の仕方とか。車のバッテリーが上がって困っているゲストへの対応の方法とか。サブリードの本郷さんは頼りになるとか、猪熊さんの事だとかも」


「彼女は若いけどベテランだからね。猪熊さんは俺たちキャストのリーダー格だから、口は乱暴だけど女の子には優しいよ。君のことをリーダーに紹介してくれたのも猪熊さんだから」


「へえ、そうなんだ。親分肌か」

「ああ」


「三枝妙子ってどんな人?」

「何かあったのかい、妙子と?」


「何もないけど、ちょっときつい目で見られているみたいで、気になっちゃった」

「彼女は君より年下の二十二歳でね、少し気が荒くて癖のある子だけど、別に気にすることなんかないよ。意地の悪い子じゃないから」


「わたし、アドベンチャーハウスにいたでしょう。キャストのメンバーは五十人くらいだけど、その中にヒステリックなお局さんがいてね、新人はみんないたぶられちゃって、人間関係にやたら神経質になってしまったから、ここの人たちも、つい気になっちゃうんですよ」

「ここにも変な奴らはたくさんいるけど、君をいじめる奴なんかいないから、心配しなくても大丈夫だよ」


「うん。わたし、殿岡さんに会えて本当に良かった。あの、今日は初めてのパーキング勤務だったから、もし良かったら、缶ビールで乾杯しませんか? 私のおごりで」


 殿岡の胸はにわかに膨らんだ。この前メロンパンを誘われたのは、自分を利用するという明解な理由があった。今日はどうだ。自分に会えて良かったと、彼女の声は弾んでいる。たとえ束の間の終電待ちでも、男と女がデートをするとは、まさにこのような情景ではなかろうか。

 


 殿岡はロッカールームで着替える間、周囲のいっさいが目に入らなかった。早く着替えてバス停で待つ、愛子の面影だけを見据えていた。


「ジジイ! ズボンのチャックが開いてるぞ。そんなに慌ててどうした?」

 斜め後ろで着替える妙子が、いぶかし気に声をかけた。

「早い電車に間に合いそうだから……」

 見透かされないようにと普段の声で、「じゃあ」と言ってロッカールームを後にした。

 

 駅に向かう専用バスはぎゅうぎゅう詰めの満員で、殿岡と愛子は声を交わすこともできずにロータリーに着いて、真っ直ぐコンビニに向かって缶ビールを買った。


「お疲れさまです。乾杯!」

 愛子が差し出すビールの缶に、殿岡もコツンと合わせて引きつる頬をにやけて笑った。


「今日は忙しかったなあ。やっぱりクリスマスのイベントは特別だから、パーキングも退出時は半端なく大変ですね。アトラクションだと札止めを延長して、閉園時間を延ばすこともあるんですよ」

「うん、そんな日はパーキングの退出車両もスローになって残業だな」


「そうかあ。園内でキャストしていた時なんて、パーキングの様子なんか気にしたこともなかったわ」

「まあそうだろうな」


「山内アキさんって、誰にでも親切なんですか?」

「うん。彼女はね、生まれつき親父さんがいないんだよ。気丈なお袋さんが苦労して育てたそうだから、優しい性格になれたのかもしれないね。彼氏はいないって自分で言ってるよ」


「ふーん、朝倉さんは?」

「彼女と花山は新人だから、まだよく分からないけど。太っちょの花山はおしゃべりだから、ちょっとウザいかもしれないよ」

 自分のウザさを棚に上げて、したり顔で殿岡は缶ビールを飲む。


「本郷さんはサブリードでしょう?」

「そう。彼はリーダーよりもエリア事情に詳しいから、誰よりも頼りになる。独身だし、親しくなっていた方がいいかもな」


「そうなんだあ。尾車さんは?」

「仕事のやり方が強引で自己中だから、特に学生たちには嫌われている。女性の好き嫌いが激しくて、中年のくせに好きだと思った若い女の子には強引だから、前科もあるから気をつけなよ」


「前科って?」

「ラブレターを女の子に出しちゃって、それが見つかって一悶着あったんだよ」

「いまどきラブレターか」


 すぼめた口にピーナッツを放り込み、カリカリ噛み砕きながら愛子の質問には途切れがない。それが嬉しくて神経がゆるむ。

 これこそが男女の会話だと浮ついているから、知っている事をすべて吐き出して気を引こうと考える。そもそも節操などという概念を持たない殿岡だから、他人のプライバシーをふるいにかける気遣いなど一切ない。


「江川くんって、メキシコ生まれ?」

「そうだよ。お袋さんがメキシコ人だから、家ではスペイン語でも話しているらしい。餃子が好物なんだ。タコスというメキシコ料理があって、似ているけど餃子の方が美味いからだって」


「ふーん、餃子かあ」

「あいつはね、三枝妙子と付き合っている。半年前から同棲しているんだ」

「うっそー、マジで?」


 絶句して目を剥いている愛子を見て、江川に興味を持ったのだろうかと察して問い返す。

「妙子の実家は親父さんが倒れて大変みたいだし、江川に結婚の意思があるのかどうか分からないね。彼みたいなハーフのイケメンタイプが好みなのかい?」


「わたし、草食系の男性は苦手かな」

「肉食系だから?」


「違いますよ。わたし、兄貴がいないから憧れがあって。草食系って何となく命令されなきゃ何もできないっぽいでしょう。ちょっと強引に引っ張ってくれるって感じの男性がいいな。でもわたし、わがままだからな」

「女はちょっとわがままな方が魅力なんだってさ。優しくて真面目だけじゃあ物足りないんだって猪熊さんが言ってたよ。俺は食べたことないけど、ふぐ料理はね、少し毒を混ぜた方が微妙に刺激があって癖になるらしい。女だってそうらしい」


「わたしはふぐ?」

「ふぐの毒だよ。思い当たるところがあるみたいだな」


 愛子は怒ったふりをして、殿岡の胸を叩こうとする。殿岡の胸は張り裂け、彼女のしなやかな手をしっかと握りしめて好きだよと言いたかった。ふぐよりもっと可愛いから、大好きだよと言いたかった。一度でも良いからそんなせりふを口にしてみたいと夢に描いた時代もあった。


 とっくの昔に夢を失い、恋を知らない無垢な男が恋に目覚めた。朽ちて枯れて死にかけていた脳味噌の一部がザクリとえぐられ、うずき始めた欲情の炎が夢と魔法と未知の世界を信じてほとばしる。

 

 愛子を武蔵野線の最終電車に見送って、京葉線の電車を待つ間のホームにたたずみ、なおもときめく余韻を弄んで止まない殿岡は、彼女との会話に不備はなかっただろうかと反芻してみた。

 彼女の表情は、マリーゴールドの花弁のように明るく快活だった。好奇心に満ちた瞳は雌豹のごとく輝いていた。彼女との会話に不備はなかった。あったとすればただ一つ、禿げて醜いぶざまな老人の顔だった。

 

 電車に乗ってつり革を掴んで窓を見つめた。この前は、そこに映し出された己の姿に目をそむけたが、その醜さをしっかりと確かめる為にじっと見つめた。

 目尻や皮膚や唇が年齢相応に弛んで醜いのは仕方がない。断じて許せないのは、車内のライトをはね返すほど、額から頭頂までが水晶玉のように光って反射している醜く禿げた顔つきだった。悔しくて悲しくて恥ずかしくて、歯ぎしりするほど涙がにじむ。


 これまで殿岡は、誰に揶揄されても禿げた頭を気にしたことなど一度もなかった。気にする必要がなかったから、開き直る惨めさもない。

 窓に映し出された自分の禿げ姿の向こうに明子や朝倉の笑顔が見えた。そこに愛子の眩い瞳が重なって、激しい羞恥心にとどめを刺された。


 馬鹿でも惚けでも危機に瀕すれば底知恵が働く。はっとして、殿岡は思いついた。テレビのコマーシャルで製薬会社の売り文句が、育毛ではなく発毛ですよと断言していた。

 無縁だからと無視を決めつけていたその発毛剤で、たとえ一ミリでも十本でも薄毛でも、禿げた頭に黒髪が生えてくれるのならば、羞恥の代償として、新たな青春の代価として、決して高価だとは考えない。


「あんた、何を血迷ったの?」

 と、呆れた顔で女房にとがめられた。

「そんな金があるのなら、トイレの脱臭剤でも買って来な」


 吐き捨てるように罵られたが、殿岡の決意に揺るぎはなかった。薬局に行って発毛剤を三本買って、丁寧にシャンプーをしてから液を振りかけた。夢を見るための魔法だと信じて振りかけた。


 人間の身体は都合の良いことに、鏡面さえ無ければ自分の顔つきや表情を見ることができない。それが殿岡にとって幸せだった。発毛剤に望みを託し、臆面のない苦笑いに愚かさを隠蔽して愛子と同等になれた。

 

 ランチの時間には一緒のテーブルで弁当を食べ、終礼が終われば後ろから愛子に声をかけられ、彼女のおしゃべりを楽しみながらロッカールームまで戻って行くこともある。

 彼女との勤務や出会いが楽しみだったから、二人はとても仲良しなのだと思い込めた。その思い込みが嫉妬を生んだ。


 そもそもロッカールームで彼女と出会い、殿岡の計らいでパーキングに移籍できたのだから、彼女と親しくできるのは自分だけの特権だと思い上がった。

 だから、彼女が勤務中のポジションで、若い男と楽し気に戯れている姿を目にしただけで、胸が痛んで吐き気をもよおす。たかが二十五歳の小娘なのに、己が嫉妬に気付かれないようにと薄目でにらみ、生唾を飲み込んでやり過ごす。



 ー夢エリアに欠勤が出てー


 一月中旬から二月にかけての厳しい寒気と比べれば、十二月の風はまだ緩やかに感じる。それでも海中は寒いであろうに、人工島を支える巨大なバージと支柱の安全点検が続けられている。たくさんの工事用タグボートから、潜水服を着た作業員たちが浮き沈みしている。


 主に園内施設の土台となっているバージ群の接合点検から始まって、四月にはすべての作業が終わる予定だというが、いまだにパーキングエリアの周囲には作業船の姿は一艘も見えない。

 

 その日、殿岡は魔法エリアでの勤務だった。夢エリアへの出勤はロッカールームのある東棟から事務所まで歩きになるが、魔法エリアへは従業員専用のバスが出る。


 アトラクションなどのキャストたちに混じってバスを待っていると、東棟の角から猪熊と明子が姿を現した。二人に軽く会釈を交わしたその後ろから、楽し気な表情の愛子が現れた。


 ロッカーの場所が離れて勤務もすれ違いが続いていたので、殿岡は久々の出会いが嬉しくなって笑顔を向けて、一緒に行こうよと声をかけようとした。

 ところが彼女はハッとしたように表情をこわばらせ、殿岡の顔を避けるように身をよじらせて後ろを向いた。その視線の先に現れたのは江川だった。その瞬間に殿岡の笑顔は凍りついた。

 

 彼女の態度に後ろめたさを露わに感じたから、邪魔者の存在を疎ましく拒絶して、目の前から消えて欲しいと願う邪険なやましさを感じたから、殿岡は思わず一歩あとずさりした。

 そんな筈はないと否定してみたが、若い彼女の一時の気まぐれならば、そっと身を引いて見守るしかないと気後れするだけだ。


 殿岡は改めて、新人として勤務を始めた際に決意した誓いを思い起こした。自分のような愚鈍の老いぼれは、常に影であらねばならないと。

 若者たちが親しく睦み合っている場に接したら、必ず一歩も二歩も下がって謙虚であることが、自分を守るたしなみであると肝に銘じた。若者たちの熱気に触れるだけで、苦渋の疎外感に突き落とされるから、踏み越えてはならない結界だからと戒めた。

 

 今まさに、愛子の後ろめたく氷のように冷たい視線から、越えてはならない若者だけの苦々しい毒気をはっきりと感じた。

 バスが到着すると中扉が開き、乗っていたキャストが降りるのを待って愛子と江川は前方の座席に並んで座った。殿岡は最後に乗り込んで、中扉のそばの手すりを掴んで外を眺めた。

 


 夢の国と魔法の国のエリアに挟まれた広大な敷地には、アトラクションのメンテを行う巨大な建屋やゴミ処理場や自家発電設備などが建設されている。その通路をくねるように抜けて、バスは後続車両に抜かれることもなくゆっくりと走る。


 数か所の停留所に停車して中扉が開くと、カラフルなデザインの制服を纏ったキャストたちが入れ替わり乗り降りする。バスの中そのものが、お伽の国の花が咲いたように色とりどりの華やかさだから、ピエロのような自分の制服の派手さを奇異に思う者はいない。

 

 雑然とした建屋の並びを抜けると、道路はY字に分岐する。左手にカーブしたバスは、樹林と藪にさえぎられた外周道路に並行して、魔法のエリアの終点に向かって一直線に加速する。


 停留所に着くと、運転席側の出口から愛子が降りて江川が続いた。中扉から降りた殿岡は、二人の後姿を妬ましく見つめながら歩いた。

 二人の楽し気な会話が手振りとともに聞こえてくる。事務所までは二百メートルほどある。殿岡は地面の小石を蹴飛ばしながら考えた。自分の女を目の前で寝取られる、負け犬の屈辱感とはこんなものだろうかと。


 しかし江川は妙子と同棲しているのだから、愛子に恋愛の情など抱けるはずがない。愛子は多情多感な女だから、気まぐれの出会いを弄んでいるだけに違いないのだ。

 己の醜さを忘れて殿岡は、疎ましくも不可思議な嫉妬感を棚上げにして、愛子への慕情を繋ぎ止めて未練を残した。ところが殿岡の苦悶は、これで終わりではなかった。

 

 ようやく事務室に入ってボードを確認すると、殿岡と愛子はともにバスポジションで、江川はパーカーと記されていた。そして料金所勤務の欄に妙子の名札があった。

 駐車場の入場口は午後の十時半に閉じられるので、料金所勤務のキャストは三十分ほど出退勤が早いから、出勤時や朝礼で顔を合わせることはない。

 

 倉庫にバッグを置いて戻って来ると、なぜか休憩室がざわついていた。いつもは午後三時きっかりに朝礼が始まるのだが、全員が出勤してきたのを見届けたリーダーが、五分前にも拘らず苦虫をつぶした表情で休憩室にやって来た。


「えー、みんな聞いてくれ。朝礼の前に申し訳ないんだけど、二名ほど夢エリアに移動してもらいたい。この繁忙期で人手が足らないというのに、あっちで三名も欠勤が出たんだよ。誰か希望者はいないかね」


 わざわざ出勤してからの移動は面倒だから、大概みんなはそっぽを向いてしまうのだが、そんな時こそ高齢の自分が犠牲となって、率先して申し出るのが当然の役割だろうと殿岡は覚悟していた。


 ところが今日は事情が違う。事務室に掲げられたホワイトボードの名札の横には、愛子と殿岡が同じバスポジションと記されている。先程までの妬みを捨てて、二人だけの時間と会話を取り戻すことのできる、願ってもない機会を潰したくない。

 とっさにリーダーの視線を避けてうつむいたその時に、


「俺、行ってもいいですよ」

 と、嫌な顔も見せずに江川が申し出た。

「よし江川で決まりだ。もう一人いないかな」


「私も行きます」

 江川が移動を申し出ると、間髪を容れずに愛子が挙手をして声を上げた。

「よし、決まりだ。朝礼の前に移動してもらうから支度をしてくれ。サブリードの本郷さんがキャラバンで送るから」


 江川を見つめてスキップしている喜色満面の愛子を見つめ、殿岡は考える気力を失っていた。江川が申し出た時には、邪魔者が消えてくれたと密かに喜んだ。ところが、瞬時に愛子までが同行すると手を挙げて、あっけに取られて心臓が止まって目眩を覚えた。

 

 遠くへ旅立つ友人を見送りに来たはずの駅で、汽笛が鳴って列車が動き始めたら突然恋人が飛び乗って、自分一人がプラットホームに取り残された。怒りと失望を鼻先で嘲笑されて、手にしていた婚約指輪を床に叩き付ける。そんな姿を目に浮かべ、立ち眩みによろめいてテーブルの脚に蹴つまずいた。


 そこに妙子が料金所の交代を終えて休憩室に戻って来て、よろめく殿岡を支えて言った。


「ジジイ、どうした? みんな何を騒いでるんだよ」

「夢エリアに欠員が出たから、二人に移動してもらうことになったんだよ」

 妙子の問いかけにリーダーが応じて、江川に向けて顎で示した。


「俊介が行くなら、あたしも行くよ」

 リーダーは首を横に振って妙子に言った。

「お前は料金所勤務なんだから、今日は移動なんかできないよ」


「じゃあ、もう一人は誰が行くの?」

「霧島さんが希望してくれて、行ってもらうことになった」


「なんだって。なんで新人が俊介と一緒に行くんだよ」

 妙子は嫉妬の炎を露わに燃やし、愛子を睨みつけた。愛子は妙子の眼差しに背を向けて、救いを求めるように江川とリーダーを見比べて首をかしげた。

「他に希望者がいないんだから仕方がないだろう。二人とも急いで支度してくれ、すぐにキャラバンで移動するからな」


 リーダーの言葉でその場は決着して朝礼が始まったが、休憩室に残された妙子の不機嫌な嫉妬は収まり切れず、いそいそと支度を整える愛子を粘りつくような眼差しで睨み続けた。

 江川は何も気にする風もなく、さっさとキャラバンの助手席に乗って本郷と会話を交わしながら愛子が来るのを待っていた。

 

 その日の殿岡は悶々として仕事に集中できず、ゲストを案内するリピートコールや笑顔さえも忘れていた。

 愛子が江川と仲良く会話を楽しむことに不服はない。ここでは普通のことだから。それにしても、自分を避けて邪険にしたのは何故なのか。

 これまでの自分に不備はないはずだ。それなのに彼女は自分を避けて、薄笑いさえ浮かべたような眼差しを向けて拒絶した。

 さらに、同じポジションになることを知りながら、逃げるように夢エリアへと移動して行った。理由が分からないから妬みと恥辱が空回りして、いじけて自分を見失う。

 


 そうして一日の勤務を終えてロッカールームに戻って来たら、すでに着替えを済ませた愛子が通路の向こうから歩いて来るのが見えた。

 殿岡は逡巡も躊躇もなく、彼女が近くに来るのを待った。そして、今日一日の答えを求めたくて、精一杯の期待を込めて誘いをかけた。


「あの、駅まで一緒に帰ろうか?」

「ごめんなさい。江川くんがバス停で待っているから、お先に失礼します。お疲れさま」

 彼女は即座に言い捨てて、さっさと通路を抜けて出て行った。その時ようやく答えが見えた。凡庸な殿岡の頭でも、己の朽ち果てた純情に、ぐさりと冷たいくさびが打ち込まれ、とどめを刺されたことを知った。

 

 彼女は新しい職場でのキャストたちの情報が欲しかったから、老いて頭脳の緩そうな殿岡が情報の蛇口に選ばれただけなのだ。

 利用され、虚仮にされつつ見せていた、愚かな笑顔が忸怩たる思いに凍り付く。信頼だとか特権だとか(らち)もなく、これこそ本物の恋なのだとおこがましくも、のぼせ上がっていた自分が惨めで恥ずかしい。

 キリギリスが土手から突き落とされて背骨が折れて、足蹴にされて苦笑いする。今まさに殿岡には、追い打ちという悲愴な言葉がふさわしかった。



 ークリスマスー


 翌日は気温も上がり快晴で、舞浜駅に到着した電車の扉口からファンタジーランドに向かう人たちがどっと降り立ちホームに溢れる。改札口を出るとモノレール乗り場に向かって列ができる。


 彼らを横目に見ながら殿岡は、階段を下りてロータリーに停車しているキャスト専用のバスに乗った。ちらりと奥を覗くと花山絹江が一人座ってちょこんと頭を下げた。

 殿岡は少し迷ったが、花山がもう一度頭を下げてにやりと笑顔を見せるので、奥へ進んで隣に座った。


「殿岡さん、今日はどっちですか?」

「夢エリアだよ」


「残念。私とモモちゃんは魔法エリアですよ」

「そう、残念だな」


「本当に残念って思ってますう? わたし、殿岡さんと一緒の勤務になったら聞きたい事いっぱいあるんですよ。モモちゃんもそう言ってた」

「モモちゃん……」


「私と一緒に入った朝倉桃子ちゃんですよ」

「そういえば、彼女とはすれ違いが続いて、しばらく顔を見ていないなあ」


「わたしとモモちゃんは勤務がかぶっているから」

 そう言って花山はバッグから手帳を取り出して、勤務予定の頁を開いて見せた。


「ほら、今月のスケジュールですよ。殿岡さんとかぶってる日ってありますか?」

「うん、二十四日から一週間」


「わあ、クリスマスイブじゃないですか。楽しみだなあ。モモちゃんにも伝えておきますからね」

「うん。もうすぐ今年も終わってしまうな」


「ほんと、早いですね。大晦日の仕事が終わったら、新年のカウントダウンの花火を絶対見ようってモモちゃんと約束してるんですよ」

「そうか」


「殿岡さんは見ないんですか?」

「どうせ花火だろ」


「どうせって、スケールが全然違いますよ。感動ですよ、感動」

 花山のおしゃべりは時間を殺す。あっという間にバスは人工島に着いて、東棟のロッカールームで二人は別れた。

 


 ロッカーで着替えをして、夢エリアの事務所まで歩いて行く時に、今日はどんなメンバーと一緒になるのだろうかと思いを巡らす。

 午後のキャストだけで百人もいる中で、顔も見たくない苦手な人間が必ず何人か存在している。傲慢であったり、生真面目であったり、薄情であったり、無視されたり、そんな顔ぶれを思い浮かべて身震いがする。


 猪熊のようなベテランや、江川や明子のように社交にたけて快活な性格ならば悩むことなどないのかもしれないが、殿岡のように臆病で不器用な無能さを繊細に気にする男にとって、チームのメンバー編成がその日の居心地の生死を分ける。

 

 事務室に着いてホワイトボードに並べられた名札を見れば、その日の出勤者とチームのメンバーが確認できる。そして其々の名札の横に、最初に勤務するポジションが記されている。


 ボードの中に愛子の名札を見つけた。昨日までならば、一日を一緒に仕事ができる喜びに、有頂天な嬉しさで舞い上がっていたかもしれない。それが今、目の前の名札を見つめて無常を感じる。

 殿岡を捉えて離さなかった鋭い眼差しの瞳が、まだ完全には諦めきれないよと脳裏に刻まれている。

 

 朝礼を終えてキャラバンに乗り、殿岡は他のメンバーと一緒に最奥に位置するEエリア駐車場へと運ばれた。キャラバンが停車すると六人のパーカーはバラバラと散らばり、すみやかに午前のキャストと入れ替わる。

 

 クリスマスのイベントは大詰めを迎えて盛り上がり、ゲスト車両はすでにAエリアからDまでを埋め尽くし、最奥のEの半分を入れ込んでいた。

 恐らく朝の入場開始から数時間のうちに、Dエリアまで達したのかもしれない。だからこの時間になれば、入場してくる車の勢いは緩くなる。


「のんびりやりましょうよ。こんな天気のいい日に、こんな所で仕事をしているなんて、何かもったいない気分ですよねえ」

 パーカーの中継で誘導していた林田が近付いてきて、小さな声で殿岡に話しかけてきた。

「だけど、雨よりもましですよ」


「確かに。ところで殿岡さん、霧島愛子ってアトラクションから移って来た女の子、明るくて活発でなかなかいい子じゃありませんか」

「はあ……」


「たまたまロッカーが私の並びになりましてね」

「へえ」


「彼女はいつもロッカーの前で着替えをしていましてね、制服のズボンに穿き替えないで、ジーパンの上からそのままオーバーパンツを穿いているんですよ。まあ、この寒さですからねえ、だけどリーダーに見つかったらヤバイよって、一応忠告だけはしてやったんですよ。それ以来はきちんとズボンに穿き替えるようになったんですけどね、黒いスパッツに白い脚を剥き出しにして、それを横目でちらちら見るのが楽しみになっちゃって、思わず抱きしめてキスしたくなっちゃいますよ」

「いい女にはとげがあるって言いますよ」


「いやいや、棘こそが魅力ですよ。可愛いだけじゃ退屈でつまらない。料理もけっこう得意だって言ってましたよ。アボカドの炒飯とか卵焼きとか」

「へーえ」


「そういえば猪熊さんが、胃がんの手術を受けたらしいですよ」

「えっ、胃がんですか。糖尿がひどいとは聞いていましたが。危険なんですか?」


「いや、早期発見で命に別状はないそうですよ。あの人は定期的に病院に通っていますからねえ、主治医に言われて検査したら、小さな腫瘍が見つかってすぐに切り取ったから問題ないそうですよ」

「外見だけは丈夫そうだけど、身体の中までは見えないから怖いですね」


「そうですね。だけど一月の新年会には出席するって言ってるそうですから、まったく元気なもんですよ」

「猪熊さんらしいですね」


「殿岡さんは、失礼ですけどそのお年で、なにか持病とかは無いんですか?」

「私は首から上が全滅なんですよ。虫歯だらけで奥歯は入れ歯で前歯は差し歯になっているし、目は近視に乱視に老眼も入っています。鼻は蓄膿で二度も手術をしましたし耳も遠くなって頭も禿げた」


 さすがに脳味噌も腐っているから、三流の下ですとまでは言えなかった。同じ三流と決めつけている林田に、そこまで卑下するほどの連帯感はない。


「まあ、人間みんな年を取れば歯も抜けるし老眼にもなりますよ。殿岡さんは足腰が丈夫で羨ましいですよ」

「林田さんは腰痛で長距離トラックを辞めたんでしたね。だけど、私の年齢で腰が痛いなんて弱音を吐いたら、すぐにクビになってしまいますから」


 通路の入口をカーブして入って来る車高アップのランドクルーザーを認めた林田が、正面に立って両手を広げて停車させ、窓から顔を出した運転手に声をかけた。


「恐れ入りますがお客さまのお車は大きいので、白線をまたいで二台分の駐車スペースをお使い下さい」

 ゲストは当然のように頷いて、ゆったりと車を駐車させた。そこにキャラバンがやって来て、交代のキャストが散らばった。

 


 休憩室に戻ってトイレを済ませる。早々とホッカイロをシャツの上から貼り付ける者もいる。

 事務室のボードを見ると、殿岡の名札の横にバイクPと記してある。バイク専用の駐輪場に一人で立哨するポジションで、外周の道路を通って自転車で交代に行く。


 殿岡が交代に行くと、前任のキャストから小さなメモ切れを渡された。

「引き継ぎがあります。このナンバーのバイクのゲストが、キーを付けっぱなしで行ったそうです。キーは忘れ物センターで保管されていますので、ゲストが戻って質問されたら対応をお願いします。ハンドルにはセキュリティーからの案内のメモ書きが貼り付けてありますから。あの青色のバイクです」


「了解しました。お疲れさまです」

 殿岡は応えて一人になった。バイクは四十台余り駐車しているが、まだゆとりはあるので懸念はない。

 

 料金所から入って来たバイクは、Aエリアの駐車場の脇を抜けて駐輪場へと誘導される。それをバイクPのキャストが入口で待ち受けて、駐輪場の停止位置まで誘導する。そして退出するバイクは出口へと案内する。

 たまに間違って歩行者が通路に迷い込んで来ることもあるが、それ以外には退屈で暇な時間となる。そんな時にふと考える。

 

 仕事を終えて古びた公団住宅の自宅に帰ると、部屋の明かりはすべて消されて冷蔵庫のかすかな唸りだけがひっそりと出迎える。

 ぬるくなった湯船にそのままつかり、ブルブルと身体が震えて慌てて上がる。冷えた焼き魚をつまみに焼酎のお湯割りをゆっくりあおる。


 殿岡なりに血の出る思いで働き続けた町工場の企業年金と、女房のわずかなパート収入だけでは月に一度の焼き肉も食えない。

 六十歳から六十五歳にまで延長されてしまった団塊世代の老齢年金が支給されるまであと五年、背中を突かれるように東京ファンタジーランドのキャストになった。


 親父から見合いの写真を突き付けられて式を挙げ、娘が生まれた頃には一家団欒の笑顔もあった。いつからみんなが寡黙になったのだろうか。

 突きつめれば最初に愛とか恋とかの意味さえ知らなかったから、仮面の素顔を見せ合っていたのだろうか。今更のように女房と娘が笑顔を見せるのは、契約更改の際にキャストの特典として支給される二枚の無料入園券を渡す時だけだ。


 あんたは毎日遊びに行っているようなものだから、必要ないでしょうとか言われ、確かに行ってはいるが園外だし仕事だから、その言い草にムカついて腹が立つ。しかし、あながち的外れでもないかと思い直す。


 企業という社会の中だからこそ人間関係に疲弊が生じる。常に一流から見下されていたからというよりも、三流という型に嵌め込んで繕うことに神経が麻痺してしまっていた。

 たとえ町工場といえども正社員として、日々の仕事を自分で考え、戦う義務と責任を負わねばならなかった。

 ここへ来てキャストになって数か月を経て、視界が変わって重い鱗がボロリと剥がれた。


 自分の動作は誰よりも愚図かもしれないが、誰もが親切で平等だった。パワハラ、セクハラ、苛めに喧嘩は厳しいルールでご法度だから。明子によって優しさを知り、猪熊や林田によって人間を知り、愛子によって恋を知った。たとえすべてが勘違いだったとしても、初めて知り得た感情だった。


「バイクが行きます。二台行きますのでお願いします」

 無線機のイヤホンにエントランスからの連絡が入った。

「了解です」


 二台のバイクを駐輪場に誘導したところで交代の自転車が来た。殿岡は先程の引き継ぎをしてメモ切れを渡し、よろしくと言って自転車のペダルを漕いだ。



 ー夢エリアでのランチタイムー

 

 休憩室に戻るとすでに、チームのみんなはランチタイムの食事を始めていた。殿岡はテーブルの隅っこに座り、コンビニの弁当のふたを開いて向かいのテーブルを見ると、愛子と江川が寄り添うように箸を動かしていた。


「ほら見て」

 江川の眼前にスマホの画面を愛子が差し出す。

「おー、可愛いー。笑ってるじゃん。猫って笑うんだあ。愛ちゃんちで飼ってるの?」


「そうだよ」

「子猫ってさあ、マジ癒されるよね」


「メキシコにも猫っているの?」

「いるいる、世界中にいるよ」


「そっか。ねえ、カラオケ、いつ行こうか」

「いつでもいいよ」


「いつでもじゃダメでしょう。わたし、ギター弾けるよ」

「オレ、オカリナの方がいいな」


「どうしてそんな意地悪言うの?」

「子供の頃に、親父が聞かせてくれたんだ。アンデスの曲をたくさんね。コンドルは飛んでいくとかって知ってるかい?」


「知らない。それより俊介さん、餃子が好きなんでしょう? わたし作ってきたんだよ」

 江川がズルズルと麵をすするカップの中に、愛子は餃子を一つ放り込んだ。

「へー、愛ちゃんが作ったの?」


「そうだよ、手作りだよ。もっと食べて」

「おいしい。本当においしいね」


「わたしね、料理けっこう得意だから。卵焼きも食べて」

 愛子は自分の弁当箱から卵焼きを箸でつまんで江川のカップ麺に放り込む。誘い込むようなウルウルの眼差しで、卵焼きを頬張る江川の瞳を凝視している。


 この場に誰もいなければ、キスでもしてしまうのではないかとさえ思えるほどに、挑むような妖艶さだった。それをわざわざ見せつけるような、ねばねばと振る舞う愛子に殿岡は激しい憎しみを増す。

 馬鹿をだまして良い気になるなよと、悔し紛れの唾液が胃液を溶かして堪忍袋が音を上げる。


 それにしても悔しいのは、あだ名にイケメンと呼ばれるほどに彫りの深い江川の顔立ちと、愛子の美貌が似合い過ぎて近寄りがたい。脳裏の鏡に刻まれた、己の姿が浮かんで身がすくむ。

 


 ーランチ後のサード・ポジションー


 ランチの後のポジションは、愛子と同じバスポジションだった。


 殿岡は首にマフラーを巻き付けて、誘導ライトを自転車のカゴに放り込んで漕ぎ出した。年相応に脚力の衰えた殿岡は、若いみんなに次々と追い越され、並ぶ間もなく愛子の後ろ姿も遠のいて行く。


 バスポジションで交代を済まして周囲を見渡すと、団体バスが駐車している通路のはるか向こうに愛子の姿がポツンと見える。近付いてくる気配もないし、完全に無視をつらぬいている。

 耳に挟んだイヤホンにエントランスからの無線が入る。


「送迎バスが五台口です。駐車バスが一台だけ間に入りますのでお願いします」

「了解です。霧島さん、駐車バスは第二通路に送るのでよろしく」

 エントランスからの指示に応じて殿岡は愛子に連絡するが応答がない。通路に入って来たバスはどんどん迫って来る。


「霧島さん、第二通路で大丈夫ですか?」

「はい」

 気のない返事がイヤホンに入る。殿岡は一列に連なるバスを見分けながらそれぞれのエリアへとターンさせて誘導する。


 長距離を走る送迎のバスが増えてきて、無造作に通路を横切ろうとするゲストの誘導に振り回される。一人で走り回っているうちに、ニット帽を被った額にベトリと汗が滲み出る。それでも愛子は遠くの黒いシルエットのまま動かない。


 ようやく交代の自転車が二台来て、その一台にまたがっているキャストに向かって殿岡は、もう一人は通路の奥にいるよと言って指を差す。


 休憩室に戻ってトイレから出てくると、すでに愛子も戻っており、男子学生を相手にスマホのゲームを話題に盛り上がっていた。アンドロイドとかアプリだとか、殿岡にとっては聞いたこともない未知の外国語の世界だった。

 その学生は朝倉桃子や花山絹江と一緒に研修を受けた伊達直樹(だてなおき)という男性で、一流私大の三年生だということを愛子は知っている。

 


 ーラスト・ポジションー


 最後のポジションで殿岡は、林田と二人で立体駐車場出口に立った。駐車場から出て行く車両を赤灯の誘導ライトでさえぎって、歩道を走る自転車や歩行者の安全を守るのが役割だ。

 歩道を気にしながら林田が話しかけてくる。


「霧島愛子ちゃんですけどね、彼女は律儀な子ですねえ。猪熊さんに、パーキングに紹介して頂いてありがとうございましたと、丁寧にお礼の挨拶をしていましたよ」


 殿岡は返す言葉を失った。彼女は愚図な自分から親分肌の猪熊に乗り換えたのだ。配慮すべき要所はしっかり押さえ、若い男たちを手玉に取って奔放に、目移りさせながら付き合う相手を選り好みする。


 はなから自分は無能な脇役だった。それでも騙されたとは信じたくない男が、恋した相手に無視されるのは許せないと軌道をはずし、罪におちいるストーカーの気持ちが分からぬでもない。


「ランチの時間に雑談していましたらね、彼女はビールが好きだと言うんですよ。だったら仕事が終わったら、駅前のカフェバーに行きませんかって誘ったんですよ」

「はあ」


「終電までだったら喜んでと言われましてね、殿岡さんもどうですか。良かったら一緒に行きませんか?」

「いいえ、私なんかお邪魔虫になりますから」


 自慢半分に、心にもない林田の誘いを大仰な手振りで断った殿岡だが、不倫もいとわない自由な生き方の林田と、弱者を踏み台にして傲慢奔放な愛子が二人で飲んで、何か結果が生まれるのだろうかと、妬ましく淫靡な感情に触れて戦慄が走った。

 

 林田との勤務を終えて一人になって、今日一日が楽しかったのだろうかと振り返ってみた。花山のおしゃべりから始まって林田の自慢話でピリオドが打たれたが、真ん中に愛子の塩辛(しょっぱ)餡子(あんこ)がくるまっていた。


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