迷子の進撃ー1
夢から覚めたような感覚だった。
今見ていた少女と、この魔法と呼ばれるものは全て微睡みの中の出来事だったのかもしれないと思える。
だが、この右手に宿る黒い力はひしとして、それが夢ではないと伝えていた。
洗脳魔法を使う条件はもう理解している。
あとは使用してみてなにか欠点がないかを探るのみだ。
取り敢えず、使う為には人を探さなければならない。
俺は鬱蒼とした森を突き進む。
先程までは通りすがる人すらも甚だ嫌であったのに、今ではいまに誰か通らないかと期待している。
そんな心の変化に俺は一抹の不安を拭い切れなかった。
もしも心がコミュ障を直したとしても、身体はそれについていけるのかというーー
その時、爆音が大地に響いた。
辺りを警戒するとここから少しのところから煙が上がっている。
これが人間(または魔物)の仕業でなければなんなのだ。
俺は走り出した。その間に何が起こったのかを推測する。
考えられる可能性は三つだ。
一つはここが国境付近で諍いが起こった。
可能性としてはあるだろうが、こんなタイミングがいいのは確率的に低い。
二つ目は国境付近でなくとも侵入してゲリラ戦を展開している場合だが、その場合的に己の位置を露呈する様な爆音を発生させるのはあり得ないだろう。何しろ、ゲリラ戦の強みを捨てる様なものだ。
そして三つ目は国内での諍いだ。
例えば政府要人の護送中を狙って暗殺するなどというーー
これが可能性としては一番高いだろう。
なら、その政府要人を洗脳していろいろと有益に使役させてもらおう。
木々が開けると、全容が明らかになった。
血飛沫とともに倒れる甲冑を纏った兵士。
そいつが庇おうとしていたのは赤い御旗を掲げた馬車だ。
そして、それを取り囲むのは先程倒れた兵士と同じ甲冑を纏った者たちだ。
だが、その者たちによって掲げられた旗は青い。
どうやら、予想は的中していた様だ。
だが、この状況はどうするか、要人が生きていたとしてもいま不用意に近付いたら間違いなく殺される。
ならーー
俺は背後から兵士の一人に飛びかかった。
なけなしの力で押さえ込み兜を外すと露出した後頭部を鷲掴みにした。
「洗脳!【兵士】+リミットブレイク!」
後頭部を掴んだ右手から闇色の煙の様なものが迸ると、男の頭に絡みつく様にして同化した。
男は次の瞬間呻き声を上げたと思うと、俺を庇うようにして立ち上がった。
そして落としていた剣を拾い上げると、次の瞬間にはポカンとしていた他の兵士たちに斬りかかった。
ただの人間が出来るはずのない速度で敵を斬り伏せていく。
だが、できて当然だ。
もうただの人間ではない。
人間は常に100%の力は出せない様にできている。骨がその力に耐えきらないからだ。
だがそれは非常時に『火事場の馬鹿力』として発現する。
それを人為的に発生させたのだ。
脳の運動神経系のリミッターを洗脳と同時に破壊した。
これで使い捨ての駒ながらも最強の手駒となる。
最後の敵を倒し終わると、男はぐらりと倒れた。
どうやら足の骨を粉々にしたらしい。
こうしてまた森に静けさが戻った。