第15話:ファースト・コンタクト①
城下町より下方の街、カルヘール。
そこは夜も灯りがつき、大人達が遊び歩く区画であった。
レンガ造りの街並みでは白魔法による光が色とりどりに映える。
貴族や豪商たちの賭博場として盛んな区域でもあり――この1の賭博場が今、火の海に包まれていた――。
「良いか!? 博打などする貴族は心に悪魔を飼っている! 迷うことはない、殺し尽くせ!」
死体の転がる4階、賭博場最上部のこの場所で、ラベンダー色の髪を持つ男が配下のレジスタンスに指示を下す。
指示を受けて甲冑に身を包んだ男女が杖と剣を持ち、階下へと下っていった。
その中で2人の人物は指導者の脇に残る。
右手には青いボブカットの髪を持つ少女、フィサ。
ゴシックドレスに身を包み――腰の左右には“ドライブ・イグソーブ”が携えられていた。
左手には金色の長髪を縦ロールに巻いた女性。
白く薄い装甲で身を包み、両腰にはトンファーのような、鉄の筒があった。
「フィサ、お前は仲間に続け。ミュベスは俺と上に来い」
『了解』
ラベンダー色の髪をくねらせ、男は2人に指示を下す。
ゴシックドレスを着た少女は即座に下の階へと走り出し、2人は飛んで空に出る。
空には彼らを囲うように灰色の煙が浮かび上がっていた。
建物から聞こえるパチパチという火の音、揺れる煙の影がこの静けさを彩っている。
「……お兄様。私はここに居てよろしいんですの?」
ふと、ミュベスと呼ばれた金色の髪を持つ女性が尋ねる。
男は横目で彼女を見て、答えた。
「こういう月の綺麗な夜には、何かが起こるものさ。敵が一斉に戦力を投下して、俺達を倒そうとするかもしれんし、な……」
「……お兄様の結界があれば、不要と存じますが?」
「念には念を入れる。それに、トメスタスが現れればわからないからな」
「…………」
トメスタス――その名を聞いて、ミュベスは口を閉ざす。
神楽器を持ち、大魔力と強力な魔法を使う皇子はレジスタンスの最大の敵であるからだった。
「来たぞ――」
男が呟くと、ミュベスも顔を上げる。
煙のその向こう――そこには、【無色魔法】で浮かぶ人の群れが飛んできていた――。
◇
ミズヤは出撃前、こんなことをラナに言われていた。
「奴らは毎夜どこかを襲い、我々を引きつける。徐々にこちらの戦力を削るのが目的だろうな。だが、城が手薄になるのが一番厄介だ。この城の最高戦力は私、トメス、そして大将の2人。他にも兵はいるが、基本的にはこの4人だ。そのうち2人は必ず城に残るんだ。今宵は私と大将の1人、ヴァムテルが出る。奴は面白い男だ、楽しみにしておけ」
(って言ってたけどなぁ……)
空を飛びながら、ミズヤは苦笑を浮かべていた。
それは――
「にゃーっ、重いよ〜……」
「すまぬな新人。なにぶん我は【無色魔法】を使えんのだ。許せ」
ミズヤは眼帯を付けた黒髪の男、ヴァムテルを背負っていたからだ。
大男が子供の背中に乗る構図はあまり観れたものではない。
「しかし、お主も神楽器を持っているのだと聞いたが? その若さで背負わされた強大な力……我が教団にふさわしい人物だ」
「……別に、背負わされて背負ってるんじゃないですけどね」
ボソリと呟いた言葉は置いてきぼりにされて消えていく。
ヒュンと風を切りながら進む彼らは一番速く向かっていた。
「あのラナ様すら後ろに見えんぞ」
「結構な距離があるから、ちょっと本気で飛んでます。先に着いたら何かやっときましょうか」
「御意」
ヴァムテルは頷いてみせ、ミズヤは火事の起きた建物を見つけると、すぐに地上に降りた。
4階建ての大きな建物の中からは人が散り散りになって吐き出されていく。
その中には傷を負って足を引きずっていたり、肩を組んで出てくる者もいた。
「……酷いなぁ」
それがミズヤの率直な感想であった。
燃え盛り、煙の上がった建物。
そこは賭博場であっても笑顔があったはずなのだ。
だから――その笑顔を奪う“悪”の行為が、許せない――。
「【青魔法】――」
「待て、ミズヤ殿」
即座に【青魔法】で火を消そうとするミズヤをヴァムテルが止めた。
手で遮られ、ミズヤは顔を上げてムッとした。
感情のない瞳でヴァムテルを睨むも、ヴァムテルはあくまで冷静にミズヤに説明した。
「ミズヤ殿、我々はまだレジスタンスに存在を気付かれてないだろう。ならばみすみす存在を知らせる真似を避け、隙を見て首謀者を捕らえるべきだ。もうこんな事が起こらないように、な?」
「……今建物の中にいる人を見捨てろってことですか?」
「そうだ。バスレノスにとって、今の少数を救うよりも未来の多数を救うべきだ。我の言うことを聞け」
「…………」
「…………」
睨み合う2人。
ミズヤは感情の無い瞳で、ヴァムテルは意志のこもった瞳で。
体格差からヴァムテルの威圧のある視線など、ミズヤは気にも止めずに睨んでいた。
しかし、やがて少年は目を伏せる。
「……僕は新参者ですから、貴方の言うことに従います。さっさと侵入しましょう」
「うむ。わかってくれて結構! 行くぞ!」
「はい……」
ミズヤは“ドライブ・イグソーブ”を左手に、ヴァムテルはトンファーのような武器を両手に持ち、賭博場に侵入した――。
◇
「ガァッ――!」
賭博場内、オーナーの男が断末魔を上げて倒れる。
その体には刃物で切られたような傷が幾つもあり、全身から血が飛び出ていた。
死体の前に立つのはボブカットの青髪を持った少女。
ゴシックドレスを身につけながらも、その両腕には巨体の武器、“ドライブ・イグソーブ”が携えられていた。
レジスタンスの持つイグソーブ武具は、彼らの手によって殺傷能力を有しているのだ――。
「……終わりましたか」
死体を踏み潰し、彼女の声とグチャリという音が重なる。
少女は辺りを見渡すと、既に仲間達がこの場所の金品を集めていた。
これで任務も終わり――ではあったが、すぐに次の任務があった。
物資を持った班はこの場を離れ、残った班はバスレノス軍と戦う。
そして出来る限り敵を殺す、それが今日の任務であったのだ。
「フィサ様! 作業班はこれより撤退します!」
「ん……私が付いてく。他の対戦班に伝えて」
「ハッ!」
報告を知らせにきた男はすぐに走り去り、上へ向かって行った。
フィサはその男を見送り、作業班の人間を集めるため、まず3階へと向かった。
「…………」
トン、トンと階段を上る。
その時――
ドンッ
「…………?」
見えない何かに、フィサはぶつかった。
見えないモノ――がそこにある。
それがわかるとすぐさまフィサは階段を飛び降り、“ドライブ・イグソーブ”を階段に向け――
ドシュッ!!!
横長の魔力弾を撃ち出した。
だが、その魔力弾は階段を砕くことは無い。
それよりも前に、ギィン!という音と共に弾かれたから――
「……あーあっ」
ヒュッ、ヒュンと刀を振るう音がする。
もう片方の手には“ドライブ・イグソーブ”を持つ。
未だに黄緑色の和服に白い軽杉を履いて――緑の帽子に付いた鈴をリリンと鳴らし、少年はクスリと笑ってこう呟いた。
「見つかっちゃったっ」
にこやかに返す少年に、フィサは困惑した。
(子供――?)
軍人のジャージも着ずに武器を持った少年に、違和感を覚えたのだから――。




