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連奏恋歌〜求愛する贖罪者〜  作者: 川島 晴斗
第一章:バスレノス帝国へ
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第14話:夜

 やがて夜が訪れ、空は黒に染まる。

 唯一光る満月はただ静かに在り、地表を眺めている。

 しかし地表からも、月を眺め返す者が居た。


 その少年は黒い軽装備と背中に横へ差した大剣が特徴的だった。

 ラベンダーのような紫色の髪が月に照らされ、純真な瞳が月を見ている。

 四角い建物の上から1人で見上げ、彼はため息を吐く。


「殿下、ため息を吐いてもいい事ありませんよ」


 と、その背後より凛々しい女性の声がし、殿下と呼ばれた男は振り返る。

 彼の瞳に映るのは月から青髪の少女に変わった。


 ボブカットの少女はゴシックドレスに身を包んでいて、白い手袋をはめていた。

 首からぶら下げた懐中時計は胸の前でカチリ、カチリと音を鳴らしている。


「……フィサ。どうした、こんな所に来て」

「殿下はいつもここに居るじゃないですか。バスレノスの連中に、レジスタンスの拠点がここだって……バレても知りませんよ?」

「その時はその時だ。そんな争いは終わればいい。そう長い時間をかけず、すぐに……な」

「…………」


 少年の言葉に、フィサと呼ばれる少女は口を閉ざした。

 少年は争いなど起こしたいとは思っていない。

 しかし、奪われた国を奪い返すぐらいのことは理に適うことだと、争いを起こしていた。


「……そろそろ出よう。今夜も行くぞ、フィサ」

「……いくら“5色の結界王”と呼ばれるからって、長の貴方が出陣するのはやめて欲しいのですがね」

「うるさい。本当はこの国の何もかも破壊したいんだ。毎夜一件で済ませてるだけいいと思えよ」

「……左様ですか」


 言い捨てるような殿下の物言いに、フィサも投げやりに答えた。

 殿下はカツカツと歩いて彼女を通り過ぎ、ふと振り返る。


「それに……お前も同じだろう――?」


 ――バスレノスに、復讐したいのは――


「…………」

「フィサ、お前も来い。今までと同じ手順で行動する」

「……承知いたしました」


 階段を降りる音が2つ、月明かりはその少年少女を照らしていた――。




 ◇




「あーあ、ねこさんになっちゃった! クオンなんてにゃーだよ!」

「……貴方、【黄魔法】使えるじゃないですか。タンコブぐらい自分で治せばいいのに」


 バスレノス城、内部。

 3階の第3会議室にはクオン、ミズヤ、ラナの3人がテーブルの前に座って居た。

 ミズヤは昼頃の鍛錬でクオンにボコボコにされ、帽子を取った頭にはコブが乗っていた。


 ミズヤの本来の実力なら、ボコボコになる事もない。

 だが悪いことをしてしまったために、打ちのめされたのだ。

 もっとも、全力で竹刀をぶつけて気を失うとは思ってなかったのだが――。


「起きたら会議室だし、帽子ないし……むぅ〜っ!」

「貴様の自業自得だ。姉として私も貴様をボコボコにしたいが、勘弁してやる」

「ふーん! もう知らないもんね! なんなのさ、女の子の胸って。触ったってなにも思わないのに、触ったら怒って……。あーあ、ねこさんになりたい。サラ〜、どこ〜?」


 訳の分からぬことを言ってガサゴソと影の中に手を突っ込むミズヤだが、全く出てこずに首を傾げる。


「あれー? 外に出ちゃったかなー?」

「寝てるんじゃないですか?」

「影の中で? えー、影の中って時間止まってるんだけどなー……」

「なら外に出られないでしょう……。陰にいないなら外にいるんですよ」

「あ、そっか」


 ハッと気付き、ミズヤはぷくぷくと頬を膨らませた。

 サラがいないために、癒しがないからだった。


「あー、もー、なんなのさー!」

「……そんなに怒らないでくださいよ。私もその、悪かったですから。その傷も治しますから、ね?」

「……怒ってないもん。ねこさんだもん」

「…………」


 ミズヤはテーブルにあごをくっつけ、ぷーぷーと息を吐き出す。

 “ねこさん”という言葉を聞いて、クオンは即座にサラを思い浮かべた。


「……では、サラを探してきますよ。だからそれで許してください」

「別に、サラは帰ってくるもん……むにゅう」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」


 クオンは席を立ち、綺麗な立ち振る舞いで会議室を後にした。

 それでもミズヤは、ぐでーんとテーブルに張り付いていた。


 そんな中ラナは立ち上がり、テーブルを叩く。


 ドォン!!


「にやぁぁあ〜っ!!?」

「クソガキ、不貞腐れるのもいい加減にしろ」

「むにゅー……もう力入らないよぅ……」

「戯言を言うな。それより、少し話を聞け」

「話?」


 改まったラナの態度に、ミズヤは顔を上げた。


「レジスタンスについて、少し話とこうと思ってな。クオンから聞いているか?」

「いえ、何も……」

「そうか。ならば少し付き合え」


 ラナは椅子にどっかりと坐り直し、ミズヤの瞳を見ながら話し出す。


「……2年前、バスレノスに強制的に併合させられた国がある。キュール共和国といってな、あそこは自治をしているからとバスレノスとの併合を拒んでいた。……が、バスレノスは大軍を使ってキュールの首都を占領した。それに今でも反発する市民や共和国の有識者、キュールに亡命していた貴族の子孫達、取り逃がした数人の王族が団体を作っている。それがレジスタンスだ」

「…………」


 レジスタンスの生まれた理由……それを聞かされたミズヤの顔は引き締まり、真摯な瞳でラナを見つめた。

 ラナは睨みにも似た少年の視線を逸らさず、彼を直視して話を続ける。


「レジスタンスに組織名はない。国を取り戻せば名は戻ると言ってな。奴等は毎晩のようにバスレノスの施設を襲う。数十人殺し、金品を巻き上げたら撤退だ。私達が何人も捕らえているが、奴等の頭を叩かない限り、暴動は止みそうにない」

「……でも、最初にキュールを攻撃したのは、バスレノスなんですよね?」

「そうだな。悪いのはバスレノスだ」

「…………」


 あっさりと自国の悪を認めると、ミズヤの目はさらに細まる。

 怒りの灯った瞳を見て、ラナは静止するように手を出した。


「落ち着け。確かに私達は悪かった。これで良いのかと迷いながらも、父の暴挙に手を貸し、私達は北大陸を統一した。しかし、レジスタンスが最後まで抵抗し、力による統一の無価値に、みんな気付いた。


 私達は事を起こした責任がある。


 そして国を守る責任もある。


 だから、全てを守るための最善を、今、尽くしているのだ」


 熱い言葉、しかし冷静な態度でラナはその胸中をミズヤに明かす。

 そして――ミズヤには見えた。

 それが彼女の贖罪であると、罪を償うための戦いを続けているのだと。


「最近だが、バスレノスは独自の技術で、痛覚には作用するが殺傷能力を無効化する“イグソーブ武具”という魔法道具を開発した。真剣や実物の攻撃を食らえば死ぬが、それ以外で死者は出ないだろう」

「……なるほど。死なないのは……それは、いいですね」

「ああ。だが、私達もレジスタンスも、凶器は使う。争いで何人か死ぬのは、否めないがな……」


 失笑するラナは目を伏せ、空を仰ぐ。

 脱力した様子で、続けざまにこう言った。


「……貴様、クオンのお()りだけでは暇だろう。城の警備は充実しているしな。時間が空いてるなら、襲撃された時に出ろ」

「でも僕は……殺してしまうかもしれませんよ? 貴方の言う“イグソーブ武具”を持ってませんし……」

「わかっている。だからこれを持っておけ」


 ドンッと足を踏み鳴らして前のめりになり、ラナは自身の影に手を入れる。

 その中から取り出したのは、金属でできた鈍色のハンドルのようなもの。

 Dの形を取っており、ミズヤは受け取って掴んで見ると、内側に幾つかボタンがあるのを確認した。


「これは……?」

「“ドライブ・イグソーブ”。内側にあるボタンの押し方で効果が変わる。貴様が強者であるなら、魔法を使わずともそれ1つで戦えるさ。あぁ、練習するなら外でやれ」

「そんな、急に言われても……」


 刀よりも重く、両手で持つのがやっとなミズヤの顔は引きつるのだった。

 重い武器、Dの形を取っただけの物は、まるで武器に見えなかった。


「防具は、ジャージならいくらでもあるぞ」

「え? あれ防具だったんですか?」

「甲冑より軽くて良いだろう。着脱も容易だしな」

「……でも、刺されたら死にますよ?」

「確かにそうだが、基本は魔法戦だ。遠距離の魔法攻撃ばかりであり、斬殺や刺殺というのは滅多にないさ」

「はぁ……」


 そういうものなのかと半ば納得し、自分もジャージを着るか悩むミズヤはであった。

 今彼が来ている和服は実家でも良く着ていたものであり、それなりの愛着があるが、捨てるわけでもないのでジャージになる事にした。


「なら僕もジャージ着ますっ」

「そうか。なら……」


 ラナがジャージのある場所を言いかけたその時、会議室の扉が勢い良く開かれた。

 全開になった扉からは今話していたジャージ姿の青年が1人立っており、ピシッと敬礼をして口を開く。


「失礼します! ラナ皇女、緊急事態です!」

「む? ……あぁ、今夜もか。すぐに行く。“ラージ・イグソーブ”と“ドライブ・イグソーブ”を用意しておいてくれ」

「ハッ! ではこれにて失礼致します!」


 用件だけ告げると、すぐに男は部屋立ち去った。

 静かになった部屋にて、ラナが立ち上がる。


「出撃だ。クオンの事はいい、貴様も来い」


 ミズヤを指差して決め付け、2人の顔つきはキュッと引き締まるのであった――。

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