第4話:出発
名前を聞いた瞬間、クオンは咄嗟に立ち上がってミズヤから距離を取った。
ミズヤ・シュテルロードが何をしたのか、知っているから――。
「……2年前に家族を殺し、死刑判決を受けるも拘置所から逃げ出した、7色の魔法使い。まさか……貴方がそうでしたとはね」
「…………」
ミズヤの経歴を思い出しながら呟くクオン。
言われた言葉に、ミズヤは悲しみの目をした。
そう、ミズヤには家族殺しの烙印が押されたのだ。
崩れた屋敷からミズヤは王都に向かい、一連の事件を報告した。
父親と戦ったこと、人骸鬼に家族を殺されたこと、魔王が現れたこと。
だが、それからミズヤは牢獄暮らしになった。
偶然ミズヤが耳にした、王政がシュテルロード家の財産没収を正当化するために、ミズヤは家族殺しの犯人に仕立て上げられた。
だが、それに激憤した魔王によりミズヤは脱走した。
それからは森暮らしになり、このバスレノス領の治安を少しでもよくするために、彼は力を使っていた。
しかし、そんな出来事を知らないクオンにとって、ミズヤは犯罪者に他ならなかったし、何より自分からそう言ったのだ。
「……ごめんね。僕みたいな犯罪者が君を送り届けるなんて……笑い話だったね」
「…………」
クオンは魔法がいつでも使えるように構えるが、ミズヤの低い声と、今にも泣きそうな目元を見てやめた。
距離を取ったまま、ミズヤの顔を見下ろしている。
「……でも、1つだけ聞いて欲しい。僕は家族殺しなんかじゃない。あれは人骸鬼が襲ってきて起きたんだ。そして僕だけが生き残って……王政がシュテルロード家の財産を奪うために、僕を犯人にした。……でも――僕は悪い奴だから……一緒が嫌なら、出て行っていいよ……」
「…………」
切実な思いの感じられる言葉に、クオンは肩の力が抜けてしまった。
ミズヤはサラを離し、ゆっくりとした動作で自分を抱くようにして、顔を膝に埋めてすすり泣き始めた。
サラはそんなミズヤを慰めるように、彼の背中にずりずりとする。
クオンは、1日だけ一緒に居た少年の行動を思い起こす。
どこか挙動不審ながらも笑うと少し可愛くて、家事もするし、人への気配りもできる。
そして何より、彼はまだ子供だった。
クオンの歳は13であり、歳は1つしか変わらない。
そんな少年が2年も1人で暮らしているのを想像し、なんとも言えない気持ちになっていった。
「……はぁ。やっと名前で呼べるというのに、こんな風になるとは……」
ため息まじりに、クオンは前へ歩き出した。
裸足の足でカーペットを踏み、ミズヤの側まで歩み寄った。
「……ミズヤ、私は貴方を信じますよ。貴方は自分を悪い人だと言った。ですが、私はそうじゃないことを知っています。だって貴方は、私を助けてくれたじゃないですか」
「っ……でも……うぅ……」
「……魔法は強いのに、弱いのですね、ミズヤ」
「ううっ……ごめん、なさい……」
「謝らなくてもいいですよ。ですから、ほら、顔をあげてください」
「……すん……うっ……」
ゴシゴシと服の裾で顔を拭き、ミズヤは真っ赤になった顔を上げた。
クオンはその顔を見てクスクスと笑いだし、ミズヤはぷーっと頬を膨らませる。
一件落着の様子に、やれやれと言うように猫がため息を吐いていた――。
◇
「あーあー、何が北大陸の皇女よ。私だって南大陸の姫なのよ?」
「サラさん……それとこれとは話が別ですよ」
ぶりぶり怒るアルトリーユ王国の王女様はベッドに寝そべり、そのそばで控える年若い少年になだめられる。
その少年も自由律司神同様にミズヤと同じ顔を持つが、自由律司神ではない。
その息子の少年であった。
「ユウキ、アンタはこんなとこに居ていいの?」
「いいんですよ。お父様から言われて来たんだし、お母様もここを監視していますから」
「……まだ12になったばかりの子供を、12歳の可愛い女の子の元に送るなんてどうかしてるわ」
「あはは……。ですが、きっと僕はサラさんよりも良い人を見つけないと、結婚できないでしょうね。親が高望みするものですから……」
「そりゃ31億年も夫婦喧嘩してた奴らが漸く産んだ子供ですもんね。能力だってなんでもできるし、当然じゃない?」
「……親の目のないところで、真面目にひっそりと暮らしたいものです」
なんじゃそりゃ、とサラは首を傾げるも、向こうの家族事情はそれ以上聞く気にならなかった。
それよりも自分の事に集中することが、サラにも最近多くなってきたからだ。
「はぁ……明日も貴族と面会、明後日は領地の視察……。いい顔するのも疲れるわ」
「2年前にミズヤ様と会う機会が潰れて、それからが大変でしたね。一応開いたパーティで貴方がいろんな貴族のご子息に見初められて……」
「全員その場でフりたかったわ。しかもそいつら、自分じゃ何もできない子供ばかりよ? ユウキ、そこらの貴族よりアンタの方が凄いんじゃない?」
「そうですかね……? まぁ、僕は神、特に律司神の息子ですから。これから凄い男になってみせますよ」
「…………」
(男らしい版のミズヤって、こんな感じだろうなぁ)
失礼な事を思いながら、今日もアルトリーユにてサラの日常が過ぎていく。
「いぃっ!!?!?」
「えっ!? サラさん、どうしました?」
「いっ、今猫の方が、ミズヤに胸やお腹な、撫でられてて……あっ……!」
「…………」
離れ離れでも幸せそうだと、苦笑するユウキなのであった。
◇
一方、東大陸北側。
「よーし、出発ですにゃ〜っ」
「……ええ。これからよろしくお願いします」
「うん。僕の方こそよろしくね〜っ」
ニコニコと笑うミズヤとクオン、そしてサラは地上に出た。
ミズヤの荷物は神楽器のみだが、他に必要な物資は全て影にしまってある。
それはクオンも同じで、万が一はぐれたときのために少量のお金と食料をミズヤから託されていた。
しかし基本は手ぶらで、ときたまサラを抱えるぐらいである。
当初の予定通り、2人で乗れるものが欲しいのだが、そんなものは作って仕舞えばいいと、森の中でミズヤは魔法を使う。
「【黒魔法】、【物体形成】」
【黒魔法】の物体を生み出す能力を使い、彼は想像したものを黒い物質として具現化する。
彼が生み出したのは、小さな龍であった。
なんとか2人が背中に乗れるサイズの龍、しかし実際にその龍は生きておらず、全身が黒くて強い印象を与える。
「【無色魔法】、【着色】」
しかし、そんな怖いものをミズヤが許すわけもなく、目が黒い点で、子供の落書きみたいなドラゴンの色に変わった。
色が付くと、もとのドラゴンがどれだけ雑な作りかも伺える。
「可愛いでしょ〜?」
「……そ、そうですね」
ツッコもうにも純真な笑顔を前には何も言えないクオンであった。
よいせよいせと2人と1匹は龍|(みたいな何か)に乗った。
「行くよーっ? せーのっ……にゃーっ!」
ミズヤの合図で龍が飛び上がる。
みすぼらしい龍はぷかぷかと浮かび上がり、そのまま北の方へと飛んで行った。